第4話 レイコ

 躍斗は事故があったという地下鉄の改札を通りホームへと続く階段を降りていた。

 入口は封鎖されていたが気配を断てば素通りできる。

 気配を消す事は初めて自覚した能力だが、昔から存在感がないと言われていたので、もっと前から知らずに使っていたのかもしれない。

 狭間というこの世とあの世の境のような空間に意識をスライドさせ、自分の存在を曖昧なものにさせる。

 姿が消えるわけではないが、普通の人には透明人間と変わりはない。

 透明と違うのは音を立てようが何をしようが気付かれない事だ。

 世界を陰から見守る観測者の能力としては基本なんだと思っている。

 もっともあまりに不自然な事をしたりするとさすがに気付かれる。

 だから人のいる入口では怪しい事はせずさっさと下に降りた。


 ◇


 地震にしては局所的だと言っていたが、確かに改札や階段は散らかってはいるものの、事故現場とは程遠い。

 血痕も怪我人を運んだ時に付いたもののようだった。

 そしてエスカレーターの止まった階段を降りて現場を目の当たりにする。

 そこは瓦礫の山。

 夥しい破壊の跡。

 柱は壊れ、一部天井が落ちている。

 確かに地震規模の被害だが、それにしては不自然だ。

 まるでホームの中だけで地震が起きたかのような、周りから地殻が押し寄せてプラットホームという地面の隙間を押し潰そうとしたような。

 そんな地震の起き方があるのかは分からないが、そうでないならば何か凄い力を持った怪物が中で暴れ回ったとしか思えない。そんな破壊のされ方だった。

 まだ生存者がいないか捜索をしているようで奥の方では非常灯の明かりと声がする。

 一応、空間を認識して気配を探ってみたが、瓦礫に埋まった人はもういないようだった。

 細かい石も転がって足場も危うい為、さっさと戻るかと踵を返した所で視界に白い物が映る。

 ギョッとして見直してみたがそこにあったのは割れた鏡。

 一瞬自分の姿が映ったとかではない。視界の端に見えたのは確かに女性。

 ストレートの長い髪に、目から口から赤い液体を流した白い顔だった。

 気のせいかとも思い、鏡の正面に移動して自分の姿を映してみる。

 やはり違う。

 先程目の端に映った白い女性は、暗闇の中でもぼうっと光るようにその輪郭をハッキリと見せていた。

 だがもうどんなに鏡を覗き込んでも人影はない。

 躍斗は思わず唾を飲み込む。

 あの白い肌に血を流したような全裸のゾンビ。能力に目覚めた者を狭間に引き込んでその存在を消す死神。

 先に狭間に落ちたキュオ達は、その死神をレイコと呼んでいた。

 世界を崩壊させた躍斗も例に漏れず最後はレイコに喰われたのだが、当のレイコによって別の宇宙へと飛ばされた。

 この宇宙にレイコはいないと思っていたのだが……。

 躍斗は鏡に映った自分をじっと見つめた。

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