7-4

 健気な女性三人と別れた後、俺は的屋の事務所と言っても長い方の辺が道路に面した250㎡程のそこに建つ35坪の外見が日本家屋風の住宅が事務所も兼ねていて、半分強がトラックの保管場所になっているJ町の飯野興行に出向いた。


原チャリを停めようと事務所を通り越したその向こうの未舗装だが両奥角に一本づつ街灯が設置された敷地に差し掛かると、2tパネルバンの荷台を全開にして屋台道具を出し

50×50のスチールアングルで箱の中をコの字で三層に仕切られた棚を庭箒にわぼうきで掃除している滝沢寿人の姿があった。

「お疲れっす」

作業の邪魔にならない所でスタンドを立てエンジンを切った後輩の挨拶に、

「大変だよ。朝から一人でやってんだぜ」

と聞いてもいない内から泣きを入れて来た先輩に早速探りを入れる。

「タケさん居ないんですか」

「あぁ、あの人はここんとこ来ねぇし、その理由を誰に聞いても判らねぇってはぐらかされるし」

ほうきで棚を軽く叩きながら答えたヒサトさんは事情を知らなかった。

「今事務所には……」

「おぅ、おやっさんなら所場しょば割りの世話焼から帰ってきてるから家の中に居るぜ」

今度は最後まで聞いていないのにこちらの用事を察知してくれた先輩にそれ以上の会話を続けさせないスピードで小腰を曲げ、手助けする気配もさせずに山積みになった荷物の前から離れ去る。

ここの組織では、親分の事を若い衆やバイトからは[おやっさん]と親しみを込めて呼ぶように、と躾けられていた。


 玄関ポーチから霧除けの下に立ち、

「失礼します」と声を掛けてから万本格子横目の引き戸を開け、タイル目地にも汚れが無い三和土たたきに入って、

「お邪魔します」

と発してから靴を脱ぎ、欅の木目が美しい上がり框を跨いで上がる。

メーターモジュールで設計された天然木の無垢素材で貼られた廊下を左側の麻雀卓に布が被されて中央にある日本間の分歩いて左に折れ、階段を右手にしながら進んだ先に見えた組織の長が日頃から愛用している洋室のドアは内側に開かれていた。

入口で正座をして部屋内に向けて、

「お疲れ様です」

慇懃いんぎん三つ指で頭を下げてからおもてを上げると、英国トラッド風にデザインされ黒革がボタン留めされた二人掛けソファーのこちら側に体をうずめていた飯野光将が「お前とは珍しいな」と顎を少し引いた。

「今日はどうした、金になる話でも持ってきたか」

スラブ糸を格子柄に仕上げた生地で灰色の作務衣さむえ姿のおやっさんが右腕を下げてショートコンチネンタルに揃えた髭を指の腹で撫で出す。

「いえ、お訊きしたいことがあります」

俺は脹脛ふくらはぎに尻を乗せたままで応え、

「それはなんだ」

の問いに自身の要望を述べた。

「タケさんに関わる事です」

この返答に組織の長がこちらに視線を置いたまま手を止める。


暫しの後、飯野光将が背もたれと同じ高さのアームに腕を乗せ換えた。


(真意を測っているとも思えるし、何かを謀る手前にも感じるこの間は何故だ)


十秒が過ぎ、二十秒が経ち、三十秒を越えた辺りで相手が動いた。

「おい、そこ閉めてここへ座れ」

正座する自分に向けた右手首から先を二度振ってからのテーブルを挟んだソファーを指し示す動作に従い、立ち上がって中へ入り後ろ手でドアを閉じて言われた席に腰を下ろす。


「てめぇが知りたい事を言え」

「タケさんと最後に会ったのは何時ですか」

「先週の夜だ……火曜日だったかな」


(夜……真夜中から朝方まで夜と表現するだろうか)


「どこで、ですか」

「ここだ。次の祭りについて話した」


(待て、だったら柴原は来ていないのか)


「それが訊きたかったことか」

「はい」

「剛が行方をくらました理由は知らないんだな」

「はい」

「家族共々ともども消えちまった訳も」

「はい」


(この連続した質疑の意図はどっちだ)

俺を騙している撹乱なのか、訪問者を探りたい詮索なのか。


「どうして此処に来れば奴の居場所が分かると思った」

「手当たり次第に聞き回ってる内の一つでした」

「それでお前が得られた情報は」


この遣り取りはお互いが不信感を持つせいで不審点を洗っているのか。

(時間の浪費にしかならない。現状を打開する)


「あります。一つだけですが」

「ほう、聞かせてくれ」

「ライターが発見されました」

「何処で」

「或る女の墓です」

「それは」

「タケさんの持ち物でした」

これにおやっさんが胸元に光る金で太めの六面カット喜平ネックレスを揺らしてゆっくりと身を乗り出した。

「何時の事だ」

「それも含めて調べている最中です」


ここに来ても自分の手の内を明かす真似はしない。

(揺さ振りをかけるのはこっちだ)


的屋の長がアーム部分に二の腕を乗せる格好に戻り、又時間を使い出すのかと思ったが案外すんなりと話し出す。

「そう言えばだが、この近辺で密かに動いていたやくの売人が姿を見せないって小耳に挟んでな」

(単語の選択が怪しい。死んだ、若しくは殺されたでもいい筈)

真実を知った上で吐いた言葉なのか、それとも曖昧な風の噂が届いたのか。

「その詳細を知りたいなら適任者がいるんだよ」

(情報収集に俺が使えると踏んだか)

おやっさんが短い前髪が立つ程度で総白髪の頭を掻きながら話を続ける。

「そいつの名前と風采ふうさい、仕事場を教えてやる。何か分かるかもな」

(なるほど、ある程度までは聞こえ及んでいるって事が証明された。だが、まだアンタが悲劇に共謀したのかは潔白に至ってない)


「ありがとうございます。明日にでも当たって見ます」


一か八かの大勝負で収穫を得た俺は、翌日のターゲットに関する事をキッチリと記憶してから深々と礼を欠かさぬお辞儀をして事務所を後した。

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