1-5

 とうとう一週間毎の恒例になってしまったテキ屋のバイト。

本意ではないが、今回はタケさんに報告もあったので率先して手伝いに来ている。

今日の出勤場所はF市の花火大会で、昼過ぎに原チャリで事務所に乗り付け、

「アイツには光り物をやらせるから、お前にテコを頼む」

と告げられた俺は、ヒサトさんと食材の積み込みから手伝い現地へ。

光り物とは、直径1㎝弱、長さ20㎝の代物をパキパキと音を鳴らして曲げた後に手首にまるめて付けるブレスレット。

『仕入れ単価の三十倍以上で売れて、しかも腐らない光り物はだ』

と聞かされながら到着した本日の出店箇所は、打ち上げ会場よりもどちらかと言えば駅寄りの辺りに陣取っていた。

店先にトラックを横付けすると荷物を下ろし、光り物担当とタケさんが別の場所へ、俺は段取りへと事を進める。


 沸騰した寸胴内で麵が茹で上がる頃合いにタケさんが現れ、第一陣に備えての調理が始まる。

出来上がりを待つ助手は、店長が焼きそばのパック詰めに取り掛かるまでの間は小休止。

この場所はソコソコの客足が見込める。

会場近くは人が込み合い、立ち止まる隙が無いから返って売り上げが伸びない。

ソレを事前に察知している客が早めに買ってくれるから花火が上がるまでが書き入れ時だ。

トッピングをし、包装紙を被せ、輪ゴムで止めて積み上げる流れ作業を繰り返し、(あと三つ位で一休みかな)と店長の手元を眺めていると、

「おい、久しぶり」と話しかけられた。

声がした店頭の人影に反応してそちらを向くと、日曜日の夕方に流れる前髪ギザギザおかっぱ頭の女の子が主人公のアニメでたまに登場する根暗な子に似ている娘さんと、防虫剤のCMで自転車に乗り“もっと端っこ歩きなさいよォ”と通り過ぎる歌手が衣装で着てたかも知れない程の派手な服を身に纏う奥さんを連れた前野という中学時代の体育教師が立っていて、この先公で覚えてる記憶は(質が悪く、いけ好かない奴)だった。

「ちぃっす」

俺があの頃の恨みをガン飛ばしに込めるか、はたまた知り合いの年配者への配慮として頭を下げるか、で躊躇した気持ちだけ顔を下に振った半端な態度と挨拶をするとタケさんは、手伝いに来てから初めて俺目当ての来訪者が現れたのが相当珍しかったらしく、驚くほど丁寧な口調で「どちら様?」と聞いてきた。

「中学時代の体育教師っす」

そう答えた助手の返事を受けた店長は、これまたビックリするほどの笑顔で、

「そうか、じゃ、一つサービスで持って行ってもらえ」

と左の掌を上に向け積み上げられた焼きそばを指し示した。

中学生活でお世話になったお礼があるだろう、の意味でタケさんはそう言ってくれたのだろうが、あの頃のコイツの指導が腹立たしかった俺は、もろ手を挙げて恩返しする気にはならない。

とはいえ、店長のご好意を無下にする訳にもいかなく、

「スイマセン、じゃ」とタケさんに頭を下げ、1パックを前野に差し出した。

「いいのか?何だか悪いな」

そういう恩師気取りの男は、「いや払うよ」「お代は要りません」「いや、払うって」的な遠慮のやり取りを一切することなく焼きそばを掴んだ。

イラっと来た俺が「店長にお礼言ってくださいや」と、怒りを最小限に抑えて歯を食いしばり促すと、前野は「ごちそうさま」とだけ言って少し離れた所に居た女房と娘に振り向き、合流した親子は人混みに消えていく。

ソレを見送る最中に舌打ちをしたが、被さる様にタケさんの舌打ちも聞こえた。


「客も減って来たし、腹も減って来たからメシ喰って来る」

そう言って前掛けを外した店長が持ち場を離れた行きかう人が疎らな閉店間際の店番をしている俺が、パイプ椅子に腰掛けて残り僅かな商品を完売するべく呼び込みをしていると、エプロンの前ポケットに右手を突っ込んだヒサトさんが男女混成グループ音楽バンドが歌う航空会社のCMソングを口ずさみながら後幕をかき分け現れた。

「あれ?まだ閉めてねぇんだ」

「おつかれっす」

このバイトを後輩に押し付けて逃げ倒している相手に一応の礼儀で労いの言葉を返した俺だが、この人を一ミリも信頼してない。

タケさんはよくこんな人間に店を任せたな……と心中で首を傾げた自分の脇に立ったヒサトさんは、右手をポケットから引き抜いて売り上げの入ったポーチをうちの釣り銭の脇に置きながら「タケさんはメシだろ」と聞いてきたが「俺も行ってこよ」と後輩の返事を待たずに裏から店を出ていった。

タケさんにしろ、ヒサトさんにしろ、飯を食いに行くとはいえ、他の屋台の顔見知りの所に行ってその店の売り物の余りをいただくのだ。


ま、店長はタダで貰えるだろうが、光り物担当は金を払わせられるのだろう。


気を取り直し客寄せを再開しようと店前を向いたすぐさまに、家路に向かう人の流れに逆らって、たすき掛けした白のロング特攻服が駅側から近寄って来た。

瞬時に警戒を強めてその面に睨みをきかせたが、そいつはニグロパンチにトレードマークを際立たせた昔よく連れだって悪さをしていたY町の奴だった。

「よっ」

久々に顔を見たソリコミが軽快に上げた左の上腕部には〔特攻一番機〕と金糸で刺繡されている。

「おまえ、テキヤに就職したのか?」

「違ぇよ、コレはバイト」

俺が立ち上がってエプロンを胸元をつまみ二度軽く引っ張った仕草を見たソリコミは、ケタケタと笑った。

「そうだよな、お前、型枠大工だろ」

「おぅ。え?何で知ってんの?」

コイツとは中坊の時の以来会っていないし、他の当時つるんでいた奴らも転校以来顔を合わしていなかった。

「聞かれたんだよ、O町の森山智志に。覚えてんだろ、ニキビ面の」

またあの町の輩を思い出す場面に出くわした。

「おまえが引っ越した後にO町の奴等がお礼参りに来やがってさ、逆に返り討ちにしてやったんだけど、一昨日I町の鬼畜龍との抗争でまたヤツに会ったんだよ。そしたらお前の事を持ち出して来て、何処にいるんだとか呼んで来いとか騒ぎやがってよぉ。そん時に『型枠大工やってんのは知ってるんだ、その場所教えろや』って吠えてたぜ。ま、マジでお前のこと知らなかったから知らねぇって言っといたけど。

あ、で、抗争は途中でおまわりが来やがって全員してバックレたから決着してねぇんだわ」

左瞼上の腫れたコイツの顔を見れば最近の出来事だったと解る。

建設現場でキツネ面に遭遇した日から嫌な予感がしていた。

不良の情報共有速度は速く、田舎なら尚更だ。

そのうちに俺の居場所もバレるだろう。

「相当ヤツに恨まれてんな、おまえ」

面構えから察するに心配してるの半分、楽しんでるの半分のソリコミの指摘に、

「めんどくせぇ」と地べたにツバを吐き、ため息をついた。

「何なら俺等と一緒に鬼畜龍ヤるか」

その言葉に対して俺は即座に「それは無ぇ」と答える。


何せ自分は縄張りだとか体裁だとかに振り回される不自由さが嫌で族に入らずにここまで来た。

この一件をきっかけにして生半可にチーム同士のいざこざに加担すれば、今までの自由が失われる羽目になる。

あっちがどう思っていようが、こっちは揉めるつもりどころか眼中にない。

例え俺がシカトし倒したとしても、何時かのように誰かを巻き込む事態を招く事にはならない。その為にあの日から群れない生き方をしてきたのだから。


「ならほっとくけど、何かあったら呼べよ」

そういう過去の友人は柄にもなく真剣な眼差しだった。

「おい、油売ってんじゃねぇぞ」

昔の連れとダベッていた俺の後頭部側からどすの効いたタケさんの声がして、咄嗟に振り返る勢いに併せて「すいません」と頭を下げた。

帰りの途中で合流したのか、ヒサトさんと並んで店の脇に立つ店長の顔はわざと脅した様に見える表情で、隣にいる片手に喰いかけのたこ焼きを持った男の顔はにやけている。

ホッとした俺が愛想笑いをしてヤツに向き直ると、襷が交差し結ばれた下に黒糸で縫われた悪羅漢というチーム名を背負ったソリコミが去って行きながら、

【五代目特攻隊長 井出弘】

と刺繡された右腕を挙げていた。きっと『じゃあな』の合図だろう。

「お、今のヤツお前の仲間か」

その声に振り向き目が合ったヒサトさんは、売台上でたこ焼きの輪ゴムを外し一つ口に頬張った。

「いや、知り合いだけど仲間じゃないっす」

この返答に先パイが「むぅん、ほっはぁ」と発した。まだ熱々だったモノを食いながら喋った言葉はきっと『ふぅん、そっかぁ』なのだろう。

「今のあいつ深刻なツラしてたな」

前掛けを付け直しているタケさんの一言に(もう店は暇になっているし、無駄話でもすっか)と考えた俺は、

「えぇ、まぁ。実はっすね……」

と自分が族の奴に狙われている経緯と今し方得た情報を掻いつまんで話して聞かせた。

話の冒頭で先輩二人は揃ってパイプ椅子に腰掛け、話し終える間際にはヒサトさんが食事を終え、店長は煙草を一本吸い終えていた。


既に夏の風物詩の賑わいが無くなり、周りの屋台が店じまいを進める中で、過去の火種が今尚燻っている自分の現状をまとめた無駄話を腕組みをして耳を傾けていたタケさんが、最後に呟いた「……そうかぁ」がこの夜の俺の耳に残った。

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