物語未満の物語

黒乃

まほうつかいはすぐ隣に

 いつからこの子といたのか、実のところあまり覚えてない。気付いたら一緒にいた、としか言えない。多分付き合いは長いと思う。今日もいるなーって意識し始めたのは多分、仕事を辞めて転職活動に疲れ果てたある日のことだった、かもしれない。


 就職氷河期の今、面接落ちの連絡に項垂れる時間なんて勿体ない。落ちた、わかった、はい次! と意識を切り替えないとやってらんない。逐一落ち込んでなんていられない。

 とはいえやっぱり心の何処かでショックを受けているのは事実。今日も届いた面接落ちの結果をくしゃくしゃにしてから、ゴミ箱に投げ入れる。何が悪かったかな、あまりに面接やりすぎて慣れてるように見えたのがダメだったのかな、今時資格もなけりゃ正社員にもなれないなんてあまりにもシビアじゃなかろうか。あーもう考えるのやーめた。


 今日は面接も何もない。ベッドの中でうだうだ寝返りを打ちながら、SNSを眺めるのが最近の私の毎日。もちろん、この子も一緒。仕事が嫌いなわけじゃないし、やらなきゃとは思うけども。この子と一緒にいると、そんなことどうでもよく感じてくるんだよね。


 前の職場のようなパワハラセクハラが横行してるような場所が、沢山あるんでしょ?

 そんなの自分が苦しみに行くためなんて、嫌じゃない?


 その子は私にまとわりつきながら、そう言葉をかけてくる。その子はとても優しくて、面接活動の中でいつの間にか疲弊しきっていた私の心を、大いに癒してくれていた。その子の言葉に同調して、もう半年以上面接活動なんてしていない。今日帰ってきた結果は、たまたまやる気があった時に応募した求人に対しての結果なのだ。やっぱりなと思う反面、なんでかなぁと考える。


 考えなくていいよ。

 もう少しベッドの中でスマホ見てようよ。

 仕事なんて苦しいこと、しばらくやらなくていいと思うよ。


 ベッドの中は暖かいし快適じゃないか。

 お腹も減ってきたけど無理に食べなくてもいいような気がする。動いてないのに食べたら太るし。

 このまま時間の許す限り、SNSチェックしたりソシャゲに時間をつぎ込むのもいい。

 仕事してる間に出来なかったんだもん。


 ああ、なんて優しい言葉をかけてくれるのこの子ったら。そうだよね、別にいいよね。

 だって今、こんなに楽しいんだもんね。


 この子の名前? なんだったかな……。

 別になんだっていいじゃん。

 ……えー、わからないかな?

 この子、どこにだっているよ?

 まぁ毎日やる気に溢れている人には、あまり懐かないかも。私は大好きだけど。


 いいよーこの子。一緒にいるだけで面倒なこと何も考えなくてもいいやってなるし。嫌いなことも好きなことも、なにもかもどーでもいーやって一言で済ましてくれるの。


 だから今日はもう私は寝ます。話すのも面倒になってきたからね。この子もそうしたらって言ってくれるし。


 それじゃあ、おやすみなさい。

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