読まなくてもいい話

俺は大切なものをレイプされたことがある。


あらかじめ言っておくが、それは美紅のことではない。

もしそうだったら

俺は今頃、少年刑務所の独房で正座をしながら

犯人を一回しか殺せなかったことについての反省文を書いているからだ。


では本件について語ってみよう。


当レイプ事件の犯人の名前は岸田紫龍。


俺はコイツを小学校からの旧友として

血を吐くような懊悩と苦渋の選択の末に生きることを許している。今のところは。


ヤツについての外見的特徴を詳細に述べてみようと思う。


まず、頬骨がある。以上だ。


そして世には四天王という役職が存在する。

本来は仏法を守護する神格を指すらしいが

漫画やアニメの中では悪の幹部、または中ボス的なキャラとして

物語の中で主人公の成長を促すための当て馬や噛ませ犬を担当し

時にはそこそこ重要な役割を果たすことが多い。


では、当バカ四天王の一角である彼の役割とは何か。

バカなのだからバカという権能に特化していることは当然であるが

あえて言うならば「あたまがおかしい」を担当していると言えよう。


岸田紫龍はバカのサラブレッドだ。


小三の父兄参観でヤツの父親が教室に現れた時の光景は

今でも目に焼き付いている。


眉間に四筋の傷痕を持つ中肉中背の頬骨男が、ランドセルロッカーの並ぶ教室の後部スペースに陣取った際には

いまだ成長の過程とはいえ、男に生まれた者として強者に憧れる心を持つ少年たちに緊張が走った。


遺伝子の強弁な主張により、誰の目にも岸田の起源に関わっているとわかるその男の風格は

他の平和な時代に生を受けた凡庸な父兄たちとは一線を画していた。


評するならば、黒き波動を纏う漆黒の黒騎士。とにかく黒かった。

極東の島国の原住民としてはギリギリのラインをついていた。


さらに眉間に刻まれた傷跡と

台所で母ちゃんがコンロの汚れを落とす時に使ってたヤツを彷彿とさせるパンチパーマと

今は亡き侵略を生業とする野菜惑星人の最後の王子を想起させるM字ハゲ。

御子息をさらに二回りは凌駕する頬骨の厚み。戦闘力の高さを疑う余地がどこにも存在しない。


あの顔面に拳撃を叩き込んだ愚か者がいたならば

即座に手を押さえてうずくまり、後悔の念とともに

固められたカルシウムの純度と硬度を存分に思い知るだろう。


のちに岸田本人から聞いたのだが、彼の両親はいわゆるオタクで

星座に因んだ鎧を着て戦う少年たちの物語に人生をかけていたそうだ。


岸田が生まれた時のこと

岸田家第エックス代当主である彼の父親は幼少のころより心の師としてお慕い申しハゲてきた

『氷河様』の名を生まれくる第一子に与えようと伴侶に提案した。


一方、御母堂様は自らの生まれし日に運命の人としてこの世に生を受けるはずも

神の試練により、二次元の世界へと悲劇の転生を果たしてしまった

愛よりも愛している『紫龍様』の名を、自らの分身に授けようと魂に誓約を刻んでいた。


二人は互いの愛の結晶ためにその心を開き合った。

気の遠くなるような年月の中を、その生の最後の日まで背負うこととなる『下の名前』という

親から子へと渡される最初の贈り物を定める儀式なのである。


それは当然のように紛糾した。

罵倒の応酬から、つかみ合い。激しく拳足を互いの急所へと送り込むドツキ合い。

果ては警察が出動する事となる、凶器を使用した流血沙汰にまで発展したそうだ。


その結果、父である岸田正人氏は眉間にパスタ用の大型フォークを突き刺され

頭蓋骨にまで達したその貫通創により、赤いランプのついた白いバスに乗って二週間の旅に出た。


母である岸田夏美女史は国家権力が掌握する暴力装置の地方支部へと招かれ

何やら言い含められた末に、読みにくい漢字が列挙された書類に従って

偽りなき所見と御名をしたためたそうだ。


では、岸田紫龍本人について語ってみよう。


こいつはバカを生み出すために品種改良を重ねたバカのハイブリッドだということは前述したが

それは知能面に言及した場合の話だ。では人格面ではどうか。


超という漢字がある。何かをこえるという意味だが、形容詞などを強調するために使われたりもする。


岸田紫龍はハッキリ言わずとも頭が超おかしい。


小2の時に美紅にカンチョーをかましたので、鼻血を噴かせてやったのがそもそもの出会いだが

それはいい。よくないけど、言い出してたら話が進まない。


俺はコイツに出来上がったカップラーメンを投げて寄こされたことがある。


家の和室のふすまに向かって逆立ちされて大穴を開けられたことがある。


ものぐさでケツを拭くのすらサボる癖があり、コイツが座ったあとは異常にクサイ。

母ちゃんが岸田専用の座布団を用意していた。


交番に爆竹を投げる遊びの発起人で小学校の全校集会で5人揃って朝礼台の上に立たされたことがある。


暇と金のつり合いが著しく不均衡に陥って、5人で空を眺めていると

突然どこかに消えて10分以内に激怒した大人を引き連れて戻ってくる。


ヘドロ臭いドブの水とションベンを混ぜた必殺兵器『皇帝液』の発明者で

20本以上も栄養ドリンクのビンに詰めて俺んちの倉庫に隠していた。もちろん無許可で。


うちの母ちゃんは岸田が大嫌いだ。

連れてくると本人の前で「うわっ」と声を上げて屋根瓦のはしっこに刻まれたような顔をする。


まぁ、ほかにも色々とあったがすべては小学校時代に完結している話だ。

その責は今を生きる岸田本人と、記憶の中で生き続ける無邪気な少年たちにある。

被害者としての立場を除いて、俺には関係の無い話だ。



さて、本題に入ろう。レイプ事件の真相だ。

実を言うと、真相もへったくれもない。ミステリー要素がどこにもないからだ。



んでもって、正直に言ってしまえば事件が起こったのは、ついさっきの事だ。


美紅とリカ姉。大切な二人の幼馴染と共に育った、思い出深き我が家の自室の壁には

何も置かれていない白一色の壁が一面だけ存在する。

方角で言うなら、勉強机のある南、窓のある東、ベッドと部屋の入口がある西。

そして件の壁がある北側だ。ここに中学三年生になったばかりの岸田が目を付けた。



「カツオ、俺んちプロジェクター買ったんだよ」



なるほど、と俺は思った。大げさに膝を叩いてみたりもした。

その一言で俺はすべてを察したからだ。


プロジェクターと言えば大画面。大画面と言えばド迫力。ド迫力と言えばエロ動画鑑賞だ。


男子中学生の共通言語を創作するとあらば、チ〇コとマ〇コの並べ替えと発音の強弱で

数千の語彙を産み出して見せよう。


それぐらい俺たちにとって、盟友として互いの心を通わせるのに

エロという要素は切り離せないものであった。



「はよ持ってこい」



誰かが言った。いや、その場には俺と岸田しか居なかったので

岸田に命じたならば言ったのは俺だ。


岸田は10分で戻ってきた。以前、ヤツの家に財布を忘れた時は

金を抜かれる疑心と焦りから、自転車でフルパワードライブをかまして往復20分だったはずだが

大画面ド迫力映像の前とあらば気にするメリットを感じない。


俺たちはさっそく、中学の入学祝いにネットで情報を検索する勉強の必要性を力説して

祖父母に購入をせがんだノートパソコンに、プロジェクターの入出力端子を繋ぐと

背中に鼻くそを付けるほど馬鹿にしていた先輩にゴマをすってコピーしてもらった無修正のエロ動画を

音量を絞って再生させた。



「ちょっと待て」



タイトル画面のところで嫌な予感がして動画を止めた。

俺の懸念は映像の内容についてではない。岸田の動きにだ。



「なんでオマエ、ズボン脱いでんの?」



「は?」という答えが返ってきた。

ご褒美としての飴玉を手に渡される直前でひっこめられた

善行をなした誇り高き岸田少年の顔で。



「コクの?俺んちで?」



「そうだよ」という答えが返ってきた。

手柄首を上げた百姓あがりの足軽が配られた握り飯を

同村の者から一つ余分に分捕ってるような調子こいた顔で。



「やめてくれよ」



「じゃあ帰る」という答えが返ってきた。

与えられた当然の権利だと主張して、頑張ってる自衛隊のみなさんに

子供でも我慢できるような文句を叫んでるクソ納税者の顔で。



「チッ!」



俺はあきらめた。玄関の下駄箱の中に去年の夏休みに100均で買って

1回だけ使ったビニールシートがあるはずだ。

少し待たせて岸田の下に敷いてやる。ついでにティッシュの箱も置いてやる。



「その外に絶対飛ばすなよ!ダチョウ抜きで!!」



大声で叫んだ。美紅の家まで届かなければいいが。

岸田は答えなかったが、深く頷いた。出入りを前にした侠客の顔だった。

一応は信用してみたが相手は岸田だ。これだけ対策しても、ちっとも落ち着かない。


動画を再生して、どうでもいい会話のシーンを飛ばし

濡れ場に入って1分もしないうちに、俺は信じられないものを見た。

またも映像の内容についてではない。岸田の動きにだ。



「なに言ってんだよ…おまえがいいって言ったんだろ、俺はもう収まりつかねえよ」



シーンは背後からおっぱいを揉んでいる男優さんが女優さんの顔をペロペロ舐めているところだった。

岸田は食い入るように画面を見つめ、チンポをしごきながら女優さんに話かけていた。



「もういいだろ?そろそろ脱げよ…俺のも触ってくれよ」



俺は歯を食いしばって、イーッ!ってなった。鳥肌が立った。

イク前にどっか行ってくれと思った。



「ほら、ほらあ…舐めていいだろ。舐めるぞ…舐めるぞ」



完全に映像の男優さんとシンクロしていた。

アテレコ見てるみたいだった。声優の才能があるのかもしれなかった。

でも、こいつの将来なんて俺に迷惑かけなければルンペンで充分だし、もう帰って欲しかった。


俺は無断で映像を本番シーンにまで飛ばした。

唐突に切り替わった映像に、一瞬だけ岸田はビクッとしたが

サービスだとでも思ったのか

俺に親指をクイッと立てて作業を再開した。死んでくれと思った。



「フッフッフーッ!ラッ!ラッ!ラッ!いくぞいくぞイクぞおおおおお!!!」



限界だった。通報する理由を考えた。

今度、少年課の大塚さんに会ったら岸田がトルエン吸いだしたって言ってやろうと決心した。



「イクゾッ!!」



あっ!と思った瞬間に岸田が立ち上がった。

映像の中では男優さんがチンポを引き抜いた直後だった。

男優さんのドッペルゲンガーになった岸田が壁に向かって駆け寄る。



「やめろ、岸田!ブッコロッソ!!」



間に合わなかった。アホとかバカとかキチガイとか、今まで散々罵ってきたけど

ここまでされるとは思ってなかった。


何罪に当たるかしらんけど、法廷に引きずり出して

学校中の女子と岸田に連なる全血族の前でつるし上げてもまだ足らない。


とりあえず殴るし、壁にかけられたザーメンは掃除させるし、むき出しのケツに何か刺したくなったし

怒りが収まらない。さっきから足踏みと「ウーッ!」が止まらない。

死んで!死んで岸田!



「クソッタレ!!」



さっきから何回も繰り返してる岸田への呪詛がちっとも効力を発揮した気がしない。

アルコールウエットティッシュを1パック使いきって拭きとらせたあとで

消臭剤と重曹スプレーかけて岸田の服で拭いたあと

思いっきり2発殴って、財布から洗剤代を出させようとしたら60円しか入ってなかった。マジ死ね。



「もう来るな!!」



岸田を玄関から叩き出して叫んだ。

そこで俺は思い出した。何度言ったかこの言葉。

岸田ってとっくに俺んち出入り禁止になってんじゃん。

1年に5、6回のペースで出禁になってるはず。

なんでまたアイツ入れたんだろう俺。バカ、ほんとバカ俺。

レイプされた。部屋をレイプされた。



その日、俺は壁が孕んで岸田がはえてくる夢を見た。


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