第2話

(その2)


 森に乱立する木の根がむき出しの荒れ道を影が歩いている。影は木陰から降り注ぐ陽に肌が触れると汗を拭いながら目を細めて差し込む陽に向かって眩しそうに手をかざす。

 影が汗を落とすとはおかしい話しだが、影は人である。それは先程、砦で髭男に立ち去る挨拶をした若者だった。

 彼は何も言わず腰を落とすと荒れ道に落ちた何かを拾った。それは若者の手先でカラカラと音を立てながらローブの腰のポケットに仕舞い込まれる。仕舞い込まれると、ポケットの中で小さく割れる音がした。

 もしこの若者が拾った物をアイマールの古い老人が見れば、それは「サイヤの実」だというのは分かるだろう。この実は胡桃に似ており、その中の種子は石臼ですって水で溶かせば打ち身に効く薬になった。ミライはそのサイヤの実を先程から拾いながら歩いて来たのである。


 ――野に落ちる物に一つの無駄もない。


 それがこの山岳王国に住む者たちの肝に刻まれている生き方だ。

 路端の野花も無駄には出来ぬ。

 今でこそ田畑が広がり秋になれば実りで豊かになるが、それでも飢餓の恐れは否定できない。

 その為多くの人々は冬が来る前に山野に入っては生活に有用な薪や草花を持って帰って来て、自家用の薬や非常時の貯えにしている。

 それは具師という職人の家に生まれたミライも例外ではない。

 むしろそれは補装具を作る家柄である以上に材料を無駄にできない徹底さが物心ついた時より心魂に刻まれており、自然とそうした習慣で知り得るあらゆる物を手に取った。

 実は先程、砦の兵士達と別れた後、道の隅に落ちていた鉄の鏃を見つけ、それを背負い袋に放り込んだ。

(おそらく暴れ竜との戦いで使った鏃だろう)

 ミライは黒い髪から見える黒い瞳でマジマジと錆びた鏃を見て思った。

(ひょっとしたら戦いに使った矢や槍、刀剣の類の破片が落ちているかもしれない)

 そう思うと歩く速度が注意深さで遅れたが、結局その後は何も見つからず、また再びサイヤの実を拾うために身を屈めた。


 ――その時、風が唸り、矢が地面に突き刺さった。

 

 ミライは矢が自分の居た場所に突き刺さる寸前、素早く身を捩らせて矢を寸前で躱した。それだけでない、躱しながらフード奥に手を入れて片膝を地面につきながら矢の飛んできた方へ何かを投げた。


 ――いや・・・、投げ出されたその手は寸前で止った。


 それはミライの視線の先に自分が良く知っている人物が弓を構えていたからだ。ミライは投げ出された手をローブの奥に仕舞うと笑いながら、その人物に声をかけた。

「シリィ!」

 言って屈めていた身体を起こす。

 相手もミライだと分かると弓を下ろした。それからゆっくりとすこし膝を摩りながら彼の方へ歩き出す。

 彼女の姿は額で綺麗に分かれた栗色の髪が額のバンドで止めら、そこから肩まで伸びた巻き髪が揺れていた。年頃はミライより大人びて見えるが、それはこの山岳王国の女性が持つ芯の強さが表情に出て大人びて見せる為だ。彼女はミライよりも二つほど下だった。

 髪の色と同じ茶色の瞳が丸くなって笑っている。

「朝、呼び鳥が運んできた手紙には城の時計台に陽が掛かる頃には着くと言ったけど、現れないから心配になって迎えに来たのよ、もしかしたら狼か、竜にでも殺されたんじゃないかと思ってね」

 言ってからミライの側に立つ。

「遅れてごめん、実はこいつらのせいさ」

 ポケットから小さな実と錆びた鏃を出す。

「あらサイヤの実、あとこれは何?」

 シリィが指差す。

 彼女の細い指先が鏃に触れる。

「おそらく先の竜との戦いで使った鏃だろう。今夜から暫く君の所にお世話になるから、夜のロー爺さんとの話にはこの鏃は事欠かないだろう。なんせローはあの暴れ竜に致命傷を負わせた砲撃手なんだから。沢山と色んな話がこの鏃につられて出て来るに違いない」

 シリィがミライの話を笑いながら聞く。

「あと・・、このサイヤの実は君への贈り物さ。これがあれば鍬で痛めた君の膝にも効くだろうと思ってね」

 彼女の膝を見つめる。その言葉に彼女は小さく頷いた。

「ありがとう、ミライ」

 彼女は優しく彼の肩に触れた。

「あと・・それからだけど」

 ミライが彼女の表情を見る。

 少し曇った顔をしていた。(何かあるな?)と思うと彼女が言った。

「ミライ・・実はね、祖父がここ毎晩私に言うのよ」

「毎晩・・?何をだい?」

 ミライがまじまじと彼女を見つめる。栗色の瞳の奥で何か大きな困惑が広がり始めるのがミライには分かった。彼はそれが大きくなって彼女の言葉になるのを待った。

 やがて彼女は大きな溜息をつくと、彼に言った。


「竜とね、あの時の戦いの決着をつけなきゃならないって」

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