第34話

 ガサガサと自転車の前籠で暴れる買い物袋と、後ろでご機嫌に歌う桃香を乗せて、全身で熱風を受け止めながら自宅を目指す。


 秋穂との別れの切り出し方に悩みながら時は過ぎていた。日々悩んではいたが、恋する乙女のように、一日中相手を思ってため息をついていられるほど主婦兼ホステスは暇じゃない。思考を色恋に全て捧げられる時代は私の人生の中で終わっている。私は女から母になったのだ。時は人を変える。私も変わったし秋穂も変わった。


 はぁはぁと息が上がって来る。誰と競っているわけでもないのに、こんなに気持ちが焦るのはなぜだろう。必死にペダルを漕ぎながら考える。私を焦らせるものは灼熱の風か秋穂との別れか・・・。


 悪夢の中でもがいているかのように、漕いでも漕いでも熱風が止むことはない。桃香の歌声はもう聞こえない。体力が有り余る子供でもこの暑さと闘えるスタミナには限界があるのだ。私ももう限界だった。このまま絶叫しながら塀に激突して無になってしまいたいとさえ思う。


 無になれば焦りも不安も消えるのだろうか。そんな詮無い妄想もいっそ熱風で溶けてしまえばいい。ドロドロに溶け落ちアスファルトと同化して視界から消えてしまえばいい。最後は心の安寧だけが残されればいい。それしかいらない。 

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