砂の城

武田修一

砂の城

 足に冷たい水が当たっている。だんだんと感覚がなくなっているのがわかる。次第に冷たさを感じなくなっているからだ。

「……」

 帰ってくるなと言われてとっさに飛び出したあの家。何も持たずに出てきてしまった。そうしてそのまま、足が向くまま走ったのだ。

 ついた先はいつか一緒に訪れたあの海で。広くて、寒くて、砂を崩すように波がゆらめいている。冬の海だということもあって、人は誰もいない。一人きりになってしまった気分だった。

 海へと近づいて、靴を脱いで、きれいにそろえる。さらさらとした砂の感覚が足の裏へと伝わった。同時に冷たさも。ぼんやりと立ち尽くす。波がゆらめいて、海水が足へと伝わる。波が引いて、砂と一緒に流されそうになった。でもこれぐらいの波じゃそのまま流されていくことはできない。流れさていく砂を見送りながら思う。私はこれからどこにいたらいいのだろうと。

 あの家はもう帰っちゃいけない。なら、私はどこに帰ればいい?

 わかるはずがなかった。考えたって答えが出るわけでもなかった。当たり前だ。足に当たる波を見る。水に当たりすぎて、もう感覚はなくなっていた。冷たさだとか、痛みだとかそんなものはもうない。

 ふと、砂のように一緒に流れていってしまおうかと思った。広くて大きい海へと足を踏み出す。足首がつかって、腰がつかるくらいの場所に立って、さらに歩いて、首だけが出るような場所まで行く。もう足はつかない。後はもう、頭を水につけてしまえば。

 ぼちゃんと音がした後は、静かな世界だった。すべての音が消えてしまったようで、ただただ静かだ。私はどんどんと沈んでいく。流されていくのではなく、落ちていく。上を向けばきらきらと青い光がきらめいている。下を向けば、どんよりと暗い色が私を待ち受けていた。きっと、あそこなら私がいても大丈夫なんじゃないだろうか。だめだったら、考えよう。もうどこにも居場所なんてないのだから。

 薄れゆく意識の中、赤い二つの目を見た気がした。

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