「そうかい、別に構わないよ」

 早速、響介さんに願い出てみたところ、拍子抜けする程、あっさり快諾してもらえた。そして、案の定、九十九さんに案内してもらうことになった。

「今から行くかい?」

「あ、あの・・・ちなみになんですけど、真君も一緒だと不味いですか?」

「ん? 不味かないさ。あの子も我が家の一員なのだから。あの子も行きたがっているのかい?」

 響介さんが、煙管を灰皿に打ち付け、カンという小気味良い音が鳴る。

「そうですね。実は、先月に行った遊園地以来、真君と藍羽さんが凄く仲良しになりまして、藍羽さんの友人である元町さんに、会いたがっているんです。やはり、藍羽さんも元町さんのことが心配みたいなので、真君は元町さんに会って、様子を教えてあげたいそうなんです」

 よし、練習通りに話すことができた。実は、昨夜からどう話せば、スムーズに話が進むか考えていた。嘘を付いてしまえば、響介さんに見抜かれてしまうと考えたのだ。真君が、元町先輩に会いたがっているのも、本当だ。

 ただ、深部にある真相を話していないだけだ。

『妖結晶』の捜索だ。

「なるほどねえ。彼女には、感謝しなければ、ならないねえ。真君を連れ出してくれた日から、あの子は見違える程明るくなった。時も、ありがとう。僕にはできない芸当だねえ。真君も、僕と遊園地には、行きたくないだろうしねえ? 何より、僕は、緊急を要する案件以外では、ここを離れられないからねえ」

 玄常寺に歪屋不在では、色々と問題がありそうだ。その点、僕は、身軽に動き回ることができる。僕には、そういった役回りもあるのかもしれない。それを含めての『右腕』なのかもしれない。

「仲良くすることは、勿論良いことだ。人間と『もののけ』が、手と手を取り合う世界が来ることを切に願うよ。ただねえ、時? これだけは、覚えておいて欲しいんだけどねえ。恋にしろ友情にしろ、深入りは禁物だよ。盲目になってしまえば、冷静で適切な判断ができなくなるからねえ。人間関係で大切なことは、適度な距離感だ」

「・・・はい。分かりました」

 一瞬ドキッとした。しかし、もう後に、引く訳にもいかない。真君と約束したのだから。それに、『妖結晶』が、あるとは限らない。ないと分かれば、真君はガッカリするだろうけど、それが一番良い気がしている。そもそも、本心としては、そんな物が実在するとは思えない。能力を奪ったり、与えたりなんて、人間が作り出せるとも思えない。いくら御三家だからといって、人知を超えたものなんか無理に決まっている。真君には、申し訳ないけれど、ない方が色々上手く収まりそうだ。雫さんだって、真君が『もののけ』だからと言って、手の平を返すとも思えない。雫さんや僕と、真君が友好の懸け橋となれれば、響介さんの言う世界に多少は近づけるはずだ。

「それはそうと、真君は、何をしているんだい?」

「先ほど、藍羽様がお見えになられて、お二人は境内で、談笑されております」

 九十九さんが、軽く身を乗り出した。そうか、雫さんは、もう来ているのか。僕には、何の連絡もしてくれていないけれど。真君に嫉妬してしまいそうだ。ゆっくりと、深呼吸をして、気を取り直す。

「九十九さん? 地下の案内なんですけど、いつお願いするのか、真君に聞いてからでも良いですか?」

「ええ、私は、いつでも結構ですよ。お決まりになられましたら、教えて下さい」

「はい、ありがとうございます」

 僕は、頭を下げて、立ち上がる。

「僕も、顔出してきます」

 振り返り、歩き出すと、無意識の内に足早になってしまう。

「ああ、時!」

 大広間の中央くらいに来た時に、突然響介さんに呼び止められ、振り向いた。

「何ですか?」

「ほどほどに、しときなさいよ」

「え? 何がですか?」

「チューまでだからね。それ以上は、まだ早いよ」

「そんなんじゃないですってば!」

 ついつい叫んでしまい、急いで逃げ出した。背後から聞こえる笑い声には、耳を塞いで対処する。大広間を抜けて、玄関へと向かう廊下を踏みつけるように歩いた。板張りの廊下が、ギシギシと音を立てて軋んでいる。

「おう、時! そないプリプリして、どないしたんや?」

 しかめっ面で歩いていたのだろう。前方から歩いてくる神槍盃さんが、笑みを浮かべていた。

「あれ? 神槍さん? どうしたんですか? 何か御用ですか?」

「どうしたって、ご挨拶やな? ウチは、ずっとここにおったんやで?」

「ええ!? そうなんですか? 全然、会ってなかったですよね?」

「おお、ウチは夜行性やからな。自分らとは、活動時間が真逆なんや。お日さん久々に拝んで、頭がクラクラするわ。眠て堪らん」

 神槍さんは、大きな口を開けて、あくびをする。まったく隠すこともなく、盛大に。

「歪屋は、奥におんのけ?」

「あ、はい。いますよ」

「そうか、おおきにな」

 神槍さんは、目を擦りながら、僕とすれ違った。

「ああ、そうや。誰ぞ客でも来とんのか? お前んとこのチビの笑い声が聞こえとったで」

「はい、友達が来ているんです」

「ふーん、これか?」

 神槍さんが、ハンドシグナルを見せる。意味が分からず、首を傾げた。神槍さんは、拳から親指と小指を伸ばしている。ハワイの『アロハ―』みたいなポーズを取っていた。

「何ですか? それ?」

「いや、あのチビが男か女か分からへんかったから、取り合えず両方出してみたんや。てか、聞くなや! 察しろ!」

 ああ、そういうことか。男性なら親指で、女性なら小指ってことか。つまり、彼氏とか彼女が来ているのか? という意味だろう。いやいや、真君は、小学生ですけど? いや、最近の子供は進んでいるのか?

「友達は、女性ですよ。僕の友達でもあります。先輩ですけど」

「ふーん、べっぴんさんなんか?」

 べっぴんさん?

「うん、まあ。綺麗な人ですよ」

「ウチとどっちが、べっぴんやねん?」

「はあ!?」

 僕の狼狽えぶりに、神槍さんはケラケラ笑っている。こんな人でも、御三家の一角なのだ。神槍さんにしろ、銀将君にしろ、響介さんにしろ、僕をからかって楽しむ人が多過ぎる。鍵助さんや鏡々さんにしたってそうだ。やはり、僕の味方は、九十九さんだけだ。心のオアシスだ。近々、愚痴を聞いてもらうとしよう。

「で? そのおなごは、何て名前なんや?」

「え? 名前ですか? 藍羽雫さんですけど」

「ふーん、そうか。ほな、雫ちゃんに、よろしゅう」

 手をヒラヒラ振って、神槍さんは、廊下を歩いて行った。訳が分からず、神槍さんの背中を見送った。

 玄関を出ると、真っ白な毛並みの琥珀が、気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。あまり僕には、懐いてくれていない。邪魔をすると怒られそうなので、忍び足で琥珀を通り過ぎた。

「ワンッ!」

 急に背後から吠えられ、飛び上がった僕は、逃げるように走り去った。門を潜ったところで振り返ると、琥珀は追いかけては来なかったものの、ジッとこちらを眺めていた。遠くて明確ではないが、睨みつけているようにも見えた。琥珀に嫌われるようなことは、何もしていないはずだ。知らず知らずの内に、何か癇に障ることでもしてしまったのだろうか? 例えば、尻尾を踏んでしまったとか。今度、骨ガムを買ってきて、ご機嫌を伺ってみるとしよう。

 境内の砂利を踏み、本堂を回り込むと、千年階段の上部鳥居の脇で、二人が腰を下ろしていた。まさに夏真っ盛りといった陽気で、日差しが強いが、二人は木陰に入っている。雫さんが僕の姿を気が付くと、笑みを浮かべて手を振ってくれた。僕は、手招きされた犬のように、尻尾を振って駆け寄る。

「地下探検の許可は、下りたの?」

 雫さんの前に辿り着くと、彼女の言葉に目を丸くした。咄嗟に、真君を見ると、嬉しそうに頷いていた。僕は、真君に耳打ちをする。

「あまり、部外者にウチの内情は、話さない方が良いよ」

「部外者ってなんだよ!? 雫は、僕の友達だぞ! 時は、友達じゃないのかよ!?」

 眉を吊り上げて、真君が立ち上がった。内緒話をした意味がない。

「えー私だけ、除け者だなんて、時君ひどーい!」

 言葉の刃が、胸に突き刺さった。しかし、雫さんは、わざとらしく頬を膨らませ、笑い出した。なんだ、冗談だったのか、心臓に悪い。真君と雫さんが、楽しそうに笑い合っている。二人の姿を見ていると、自然と目尻が下がってくる。まるで、二人は、昔からの友達のように、または姉妹のように、隣にいることが良く似合っていた。二人を見ていると、人間だとか、『もののけ』だとか、『もののけもの』だとか、ましてや男だとか、女だとかそんなことは、どうでも良く感じる。二人を隔てる見えない壁という奴が、本当に存在するのか、疑わしくなってくる。いや、そんなものは、存在しないはずだ。目に見えない壁は、自分自身で勝手に築き上げているに過ぎないのだから。真君や祈子さんにも、そのことに気が付いて欲しい。これは『もののけ』ではない、僕の甘い考えなのだろうか? 世間知らずの戯言なのだろうか?

「なに、辛気臭いツラしてんだよ? それで、響介さんには、聞いたのかよ?」

「あ、うん。問題ないって。真君も一緒に行っても良いって言ってたよ。九十九さんが、案内してくれるみたいだよ」

「よし! でも、九十九は邪魔だなあ! どうやって、撒こうかな?」

「いやいや、まずは、様子見だからね? 焦っちゃダメだよ?」

「で? いつ行くの?」

「ああ、いつでも、良いって。真君と相談させて欲しいって、言ってあるよ」

「じゃあ、今晩にしよう!」

 真君は、立ち上がって、腕を突き上げた。

「良いなあ! 私も探検したいなあ!」

 雫さんが、上目遣いで僕を見てくる。そりゃ僕も一緒に行きたいけど・・・言いかけて、首をブンブン振った。いやいや、流石にそれは不味い。許可が下りる訳ないし、僕も言い辛い。この上目遣いの雫さんに、お断りを入れるのは、非常に勇気がいる。

「ごめんなさい。流石に、雫さんは・・・」

「ええ? ダメなの? 別に良いじゃん!」

 真君は、僕ではなく、雫さんの援護射撃をする。勘弁して欲しい。僕も好き好んで、拒否している訳ではないのだからね。遊園地と同じノリが、許される訳がないのだ。

「ふふ、冗談だよ! 流石に、それはダメなのは、分かってるって!」

 助け船を出してくれたのは、やはり雫さんであった。真君は、まだ何か言いたそうだったけど、黙って腰を下ろした。

「ありがとうございます。僕の力じゃどうにもできなくて・・・」

「良いよ良いよ! でも、私にも宝石見せてね」

「え? 宝石?」

 何のことだか分からず、僕は首を突き出すようにして、尋ねた。すると、真君が、僕を手招きする。僕は、真君に耳を寄せる。

「流石に、『妖結晶』のことは、言う訳ないじゃん! そこまで、僕は馬鹿じゃないよ」

 口を両手で覆うようにして、真君は囁いた。そして、また立ち上がり、雫さんへと体を向ける。

「任せといて! 玄常寺の地下に眠る財宝は、僕が見つけて来るから! 雫にも見せてあげるからね! 楽しみにしててよ!」

 まさに、探検だな。でも、『妖結晶』を雫さんに見せる訳には、いかないだろう。正直、僕は、そんなものココには、無いと思っている。無い方が良いに決まっている。御三家の争いを招いた危険な代物だ。未熟な僕達が、容易に触れて良い物ではないはずだ。真君には、申し訳ないけど、僕は君の監視役として、同行する。落胆させてしまうかもしれないし、真君の切実な願いも知っている。でも、だからと言って、何でも許される訳ではない。真君の為にも、僕の為にも、『妖結晶』なんか、存在してはいけないのだ。仮に実在したとしても真君が望むような効果は無いと、響介さんが言っていた。もう、何が本当なのか、分からなくなってきたけど、とにかく僕はこの目で真実を確かめるだけだ。真君は、自分の理想通りになると、信じて疑っていない様子だ。傷つけに向かうようで、気が重くなってきた。

 僕は足元に視線を向ける。この下には、迷路のような地下道が広がっているのだろう。そして、捕らえられた『もののけ』が、収容されている。とても、真君のように、心が躍らない。夏の陽気に晒されながらも、背筋に寒気を感じた。しかし、『もののけもの』の世界に足を踏み入れたのだから、避けては通れぬ道だ。歪屋は、看守の役目もあるのだから。この地下こそが、本当の僕が知るべき世界なのだろう。

 僕は、大きく息を吸い込み、覚悟を決める。

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