「はいは~い! おまっとうさん! ご指名頂きました鍵助、参上仕りましたわ!」

 夜も更け入り、待ち合わせの時間から、三〇分程遅れて、鍵助さんが登場した。現在一一時三〇分。一一時くらいまで、自室で勉強して、今は夕食を取った大広間にいる。僕は怪訝な表情で、鍵助さんを見上げた。

「響介はん! 時はん! 九十九はん! お久しゅうに!」

 遅刻したにも関わらず、鍵助さんは全く悪びれる事もなく、襖を足で開けズカズカと畳を踏んできた。

「やあ、鍵助。すまなかったねえ、今夜はウチの者を宜しく頼むよ」

「もう、そんな水臭い! ワイと響介はんの仲やないですか? 困った時は、お互い様でっせ!」

 この胡散臭さ全開の男が、鍵助さんだ。初めて会った時から、馴れ馴れしく僕に接してきていた。

「あれ? 時はん? なんかご機嫌斜めでんな? どうかしたんでっか?」

「いえ、何でもありませんよ。今日は、宜しくお願いします」

 僕は、正座をして、頭を下げた。鍵助さんは、股を大いに開き、しゃがみ込んで僕の顔を覗いた。丸いサングラスを下にずらしている。

「堅苦しいでんなあ! 時はん! ワイと時はんの仲やありまへんか? 楽しくいきまひょ!」

 鍵助さんは、スクッと立ち上がり扇子を広げ、カカカと笑った。鍵助さんが着用している深緑色の羽織の背中と扇子に『鍵』と書かれている。自己主張が強い付喪神もいたものだ。

 鍵助さんは、銀将君が使役している付喪神だ。使役というと、明確な上下関係があるように聞こえるが、正確には同盟関係だそうだ。部下というより、仲間といった感じだそうだ。文字通り鍵助さんは、鍵の付喪神だ。もう一人、銀将君の仲間に、鏡々(きょうきょう)さんという鏡の付喪神がいる。今日は、きっと銀将君と一緒にいるのだろう。六角堂家は、付喪神と契約し、共に戦っている家系だ。付喪神は、古くから人間とは、良好な関係を築いており、力を貸してくれているそうだ。とは言っても、同盟関係なので、主人が気に入らなければ、去られてしまうけれど。銀将君とこの二人は、良好な関係を築いているみたいだ。鍵助さんと鏡々さんは、サポート役を担っているそうだ。攻撃に特化した銀将君を補佐している。と、九十九さんから、聞いたことがあるだけで、実際の能力は見た事ないし、知らない。

 そのせいか、付喪神は、人間側にカウントされている。なので、『もののけ』ではなく、『もののけもの』だ。物の怪者と物の獣。とは言え、付喪神は、大昔は、迫害を受けていたと、九十九さんが言っていた。『物、除け者』だそうだ。どこまで、本当か分からないが、いつの時代もくだらない事を言い出す輩はいるものだ。しかし、イジメの原因なんか、そんなくだらない些細なものかと思おうと、あながち冗談でもないのかもしれない。そう考えると、付喪神が市民権を得たのは、ごく最近なのだろうか? それも、六角堂家の功績が大きいのかもしれない。

「あれ? 響介はんは、行かへんのでっか?」

 鍵助さんの問いに、響介さんは畳に寝そべり腕枕をしながら、あくびをした。

「ああ、僕は見ての通り忙しいからねえ。今回の案件は、二人に任せるよ」

 寝巻用の白い着物を着た響介さんは、しっかり風呂にも入って準備万端だ。いつでも、眠れる。

「ああ、そりゃ忙しそうで、何よりですわ。ところで、時はん? どないします? ワイ見えん方が、良いんちゃいますか?」

「え? どういうことですか?」

「こんな夜更けに、ワイのようなモンが突然押し入ったら、先方はん驚かれるんちゃいます? なんやったらワイ、姿消しましょか?」

「え? そんな事もできるんですか?」

 僕が驚いて立ち上がると、鍵助さんはドヤ顔でサングラスを持ち上げた。

「まあ、ワイくらいのもんになると、それくらい朝飯前や。姿消して、時はんに助言できまっせ。その方が、先方はんも安心するんとちゃいますか?」

「確かにそうですね! 宜しくお願いします」

 鍵助さんは、白い歯を見せて、手でOKサインを作った。軽薄そうに見えてもやはり、能力が高くて、色々な経験を積んでいるのだと感心した。クライアントへの配慮もよく心得ている。確かに、鍵助さんの言う通り、女性の家に見知らぬ男性を連れていくのは、向こうも不安であろう。寝ていると言っても元町先輩の家族もいることだし、あまり大勢でゾロゾロと訪れるのは、配慮に欠ける。さすが、専門家だ、勉強になる。と、思ったのも束の間、一瞬で奈落の底へと叩き落された。

「よっしゃ! これで、心おきなく、巨乳を拝めますわ!」

 前言撤回だ。こいつが、馬鹿な事をすっかり忘れていた。

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