五、チンピラ掃討戦

 震えるハシモトに、アサクラは改めて釘を刺した。


「絶対ここから出るなよ」


 それは、自分はここを出て行くという合図でもあった。

 アサクラはショットガンを抱えながら、テーブルをとび出していった。


「ヒエアアアアアアアアア!」


 チンピラたちは、目敏くカニ人間の仇を見出し、爪先をめぐらせた。


「死にさらせェ!」


 幸い、ハシモトが息を潜めるテーブルに、連中の注意は向かなかった。

 アサクラは手近な椅子やテーブルを次々に蹴倒し、何重ものハードルを形成しながら店の奥へ走っていく!


「きたねぇぞ、こらァ!」

「うっせぇ! カニみそまみれのてめぇらよりかマシだッ!」

「あばお……ォ!」


 立ち往生し叫ぶチンピラに、アサクラは容赦ない銃撃でもって返答した!

 テーブルのうえに立ち高所の利を得ると、すぐさまショットガンをポンプし、近場のチンピラの頭を爆散させる!


「うぺあ……ァ!」


 飛び散る血液!

 連なる断末魔!

 それらが呆然とした迎撃コックたちに、再び戦意の火を灯した!


「うらあああああああああ!」


 ドム! ドム! ドム!


「ごはあ……ッ!」


 銃器をもたないチンピラたちには、なす術などない。

 そもそも店に残ったチンピラは、もう二十人を下回ろうとしていた。


「もういい! ずらかるぞぉ!」


 ドロワーごと現金を手にしたチンピラが、店の外で叫んでいた。どさくさに紛れて強奪に成功していたのだ。仲間たちは、その呼びかけに応じて、すでに撤退していたのである。


「おんどれえッ!」


 にもかかわらず、およそ二十のチンピラは、踵を返す素振りもみせず、凄まじい気迫を燃やしたまま、がむしゃらに突っ込んでくる!

 カニ人間への尊崇から生じた復讐心が、彼らを衝き動かしているのだ!


「ちくしょう!」


 ドム!


「ぺむぅ……ん!」


 新たな屍が積み上がる!

 それでもチンピラは怯まない!

 仲間の死体を拾い上げると、それを盾に、着実に距離を縮めてくる!


「かちころしたるッ!」


 その時、獰猛な原住民の言語ほうげんを叫んだチンピラが、肉の盾をほうり投げ、テーブルを足場に跳躍した!


「うわあッ!」


 コックの一人が破れかぶれに銃弾をぶっ放すが、ボロ肉に変わったのは肉の盾!

 崩れ落ちる肉塊の後ろから、いきおいチンピラが降ってくる! その拳がコックの顔面をとらえた!


「がぼ……ォ!」


 鼻づらをへし折られ、コックは厨房に向かって吹っ飛んだ!

 手許からはショットガンがすっ飛び、間接照明に衝突し、明かりをぶらんぶらんと揺らした!


「っしゃあああぁッ!」


 チンピラの士気がいっそう高まる!

 外の撤退を促す声はもうなく、残るチンピラはたったの五人。

 しかし、その五人が弾幕にあいた目がけ、捨て身の最終突撃を仕かける!


 やべぇ……!


 アサクラは焦燥に胸を焼かれた。

 懐に入られれば、フレンドリーファイアの危険がある。

 幸い、アサクラのショットガンは単発のスラグだが、コックらの弾は散弾のバックショットだ――!


「コックさんよぉ! ここが正念場みたいだぜ!」


 アサクラの焦りに反し、その声はコックたちから迷いをとり払ったようだった。銃口が一斉に、五人のチンピラへと集約したのだ!


 早速、ひとりが引金をひく!


 ドム!

 一撃でふたりを射殺した!


 パン!

 リロードを終えたウエイトレスがさらに一人!


 ドム!

 もう一人のコックが、さらに一チンピラ!

 アサクラが最後の一人に狙いを定めた、その時だ!


「じゃあんッ! 邪魔するぜェ!」


 謎の長髪男が、尊大に入店してきたのである!


「おっほ! 皆殺しタイムだァ!」


 ただの酔客ではない!

 剥き出しの肩にはカニの刺青が彫られている!

 手に持っているのはカニエキスアンプルだ!


「チッ!」


 逡巡は刹那。アサクラはとっさの踏みこみで、テーブルを蹴って高く跳躍した! 銃口が宙に赤く瞬く!


「うひ……ぃん!」


 長髪男の顔面が半分吹っ飛んだ!

 その手からアンプルが飛んで床のうえに転がった。

 アサクラは空中射撃の反動で体勢をくずし、背中をしたたか打ちつける。


「かはぁ……ッ!」


 肺の空気が一気に吐きだされ、視界の端が白くかすむ。

 おぼろな景色の中に、


「……マジか」


 金属バットを振り上げたチンピラの姿が映る!

 誰をいたぶったあとなのか、バットの先端は赤く濡れていた。

 そこに自分の血のりが、脳漿がこべりつく様を、アサクラは幻視した。


 ま、ここまでか。


 死は、意外にもあっさりと受け入れることができた。

 未練は、たぶんなかった。

 恐ろしさは、微塵もなかった。


 どうせオレには……。


 失うものなどなかったから。


 それでも、身体のほうはまだ生きたかったのかもしれない。

 アサクラは、突如、フクイにやって来たときの、絶望的な記憶とぶつかった。

 かつてのアサクラも、ハシモトと同じだった。フクイという世界を前に、ただただ狼狽えていた。

 右も左もわからない、混沌とした世界に怯え、押し潰されようとしていたのだ。


『なんだお前、シケた面してんな?』


 が現れるまでは。


『メシでも食って元気だせや』


 あのごつごつとした手に引きあげられるまでは。


 オレは、あの人に少しでも近づけたか……?


 アサクラは瞼を閉じ、憧れた男の背中を闇のなかに思い描いた。

 結論はすぐに出た。

 無数の後悔と自己嫌悪が胸をかきむしった。

 ところが次の瞬間、


「あああ、あああああぁああぁあぁあああぁああぁぁあッ!」


 それらは、情けなく勇敢な叫びに、粉々に打ち砕かれた。


「ッ」


 愕然とアサクラは瞼をはね上げた。

 振り下ろされたバットが、こめかみをかすめた。


「いっでぇ……!」


 チンピラが手を押さえ蹲った。

 顔の横で、皿の割れる音がした。


 ドム!


 そこに銃声が轟いて、チンピラの呻きを断ち切った。


「あぁ……ん?」


 アサクラは、倒れたトマト頭のチンピラと、傍らの砕けた皿を一瞥した。

 それからおもむろに自分の額に手をやった。

 こっちは割れていなかった。

 生き残ったのだ。

 そう理解して、背中の鈍痛に顔をしかめた。


「いってぇな、ちくしょう……」


 返り血を拭い立ちあがった。

 すると、復讐心に駆られたチンピラどもも、いよいよ撤退をはじめた。

 コックたちが、その背中に容赦なく残弾を浴びせかける。


「覚えてやがれッ!」


 捨て台詞が遠ざかっていく。

 アサクラは、それを暗澹たる気持ちで聞いていた。


「アサクラさん!」


 そこに涙目のハシモトが駆け寄ってきた。

 激しい戦いのあとである。

 その肩を優しく叩いてやるくらいは、してやってもいいはずだった。


「さっきの、お前だよな?」


 けれどアサクラは、むしろ目を眇め、厳しく問い質した。

 ハシモトには、その意図が理解できなかったようだ。当惑した様子で首を傾げた。


「さっきの?」

「皿だ。投げただろ」

「ええ、アサクラさんが危なかったので。無事でよかったです!」

「バカ野郎ッ!」

「うげッ!」


 アサクラの拳に躊躇はなかった。

 倒れたハシモトの髪をひっつかむと、無理やり顔をあげさせまでした。


「バカ野郎が……」


 相手の無垢な瞳を見て、ようやくバツ悪く瞼を下ろした。奥歯を噛みしめ、ゆっくりと手に込めた力を緩めていく。


「な、なんなんですか! 助けたのに、どうして」


 当然ながらハシモトは、怒りと困惑に喚いた。

 アサクラは目を閉じたまま答えない。

 額を叩き、苛立ちや自己嫌悪を無理やり抑え込んでから、ようやくこう言った。


「とにかく、すぐにここを出るぞ」

「え、食事は!」

「そんな事してる状況に見えるか、これが」


 ひたと冷静になったアサクラは、両腕をひろげ店の惨状を示してみせた。

 まさかの正論に、ハシモトは面食らったようだった。


「フクイでは、これくらい日常茶飯事じゃないんですか?」

「ヤバいことだってある。今はかなりヤバい。見ろ」


 そう言ってアサクラは、コックたちをあごでしゃくってみせた。

 彼らは混沌とした店内を片そうとする素振りも見せず、武器と少ない荷物だけを手に、店を出ていこうとしていた。


「え、あの人たちどこへ行くんです? 掃除ですか……?」

「んなわけねぇだろ。出てくんだよ」

「え、店は?」

「そのうち他の誰かが使う。だが、あいつらは逃げなくちゃならねぇ。オレたちもな」

「ど、どうしてですか!」


 ハシモトがとつぜん血相を変え、アサクラの襟に掴みかかろうとして、寸前で腕に掴みかかった。


「ぼくらは食事をしようとしてただけなのに!」

「オレはあいつらを何人も撃ち殺したぞ」

「フクイなんですから、それくらい」

「そこまで寛容じゃねぇ」


 アサクラは首をふり、近くに転がっていたカニエキスアンプルを懐へ押し込みながら言った。


「お前も見たろ? カニ人間」

「そりゃあ、見ましたよ。おぞましい姿でした」

「だろ。だから奴らは〈クラブラザーズ〉なんて呼ばれんのさ。ちんけな悪党じゃねぇ。フクイの暴力支配にとり憑かれた狂人集団だ。恨みを買えば、どこまでだって追ってくるんだよ」

「そ、そんな……」


 ハシモトは、アサクラからよろよろと離れた。

 アサクラはその肩に手をおき、またぞろ首を振った。


「そういうわけだ。逃げるぞ、ハシモト」


 そして、ショットガンを固く握りしめた。


「心配すんな。オレが必ず守り抜いてやる。……あの人アニキみてぇにな」

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