02

暗闇の中に、私が倒れている。

それを私は俯瞰している。

たくさんの生物の気配を感じるが、全く姿は見えない。

ひょこひょこ、うろうろ、私を遠巻きに囲んで集まっている。

やがて、その内の一つが一歩近付く。

微かな羽音。立派で大きな、梟―…


「おや気付いたようだ。」

「!?」

空はすっかり紺色。丸い月が白々と輝いている。

「やばい。」

慌てて身を起こす。

「なんだ、なかなか元気みてぇじゃん。」

「~~~」

「え、」

見ると、周りには森の動物達が集まっていた。

最初に聞いた声が梟。

笑ったような顔でこちらを値踏みしているのが狐。

それらの後ろから慎重に様子を伺っているのが鼠―。

しかし皆、人のカタチをしている。

「ぉぉ…。」

日本に来てから暫く。こういった不思議とは離れていたので、ちょっとした感動を覚える。

「大丈夫かい、お嬢さん。」

梟さんが優しげに声を掛けて来た。

「あ、はい。皆さんあのお社の所縁の方ですか?

 お邪魔したのは申し訳ないんですが、家に帰らなくてはいけないのです。」

それを聞いて梟さんは笑みを浮かべた。

「おやおやこれは聡明なお嬢さんだ。我々の事もすっかり見抜いていらっしゃる。」

しかしすぐに真面目な表情に戻り、言った。

「しかし残念だがお嬢さん、君は暫くこの森からは出られない。」

「え?」

「いや、我らにも悪気はないんだ。ただちょっとした事故、そう。事故でね。

 君は巻き込まれてしまっただけなんだが。」

梟さんの視線を辿ると、月を映した湖がある。

キラリと光る湖面から、唐突に―

「あああぁあ、目が覚めたのね。

 ごめんなさいね、私テンパっちゃったから―

 こっち側に人を招いちゃうなんて、ああ、どーしよぅ!」

「え、え、え、」

唐突に現れた女の人に、ゆっさゆっさと揺さぶられる。

脳が、脳がshaker…

「姫さま、姫さま。それ以上はいけません。放してあげて下さい。」

梟さんが止めに入ってくれたが、若干遅かった。

「あら?…やだ、ぐったりしちゃった…。まだ大丈夫よね?これ。」

はた、と口元を覆って、困った顔で梟さんに助けを求めている。

「ぅう…大丈夫、ですけどぉ…。」

「丈夫だなぁー。」

狐さんが感心の声をあげる。

女性は咳払い一つして、居住まいを正した。

「こほん。改めまして、人の子よ。

 私、この森の鎮守を務めております、湖面の月の女神さまです。」

「はい、はじめまして。カナコといいます。やっぱり神様だったんですね。」

自己紹介を返して、ぺこりと頭を下げる。

「ええそうなの。かみさまなの。ふふ。カナコちゃんね。礼儀正しいしイイコだわ。」

「ありがとうございます。それで、家に帰れないのは困るのです。家族が心配します。」

対して女神さまはうんうんと大仰に頷いて見せる。

「そうよね、そうよね。困っちゃったわ。

 すぐにでも帰してあげたいのよ?私鎮守だし。

 でもね、本当に困った事に私今ちょっと不安定で。」

「大事な大事なご神体を、盗られちゃったんだってさ。」

「そうなの、そうなの。笑い事じゃないのよ、狐。困っちゃうわ本当。」

袖を握り締めて肩を怒らす女神さまだが、狐さんはからかうように笑うばかりだ。

ともかく、ちょっと解らない単語があったので訊いてみる。

「ゴシンタイ?」

「姫さまの現身みたいなものだよ。

 私が梟で、彼が狐であるように、姫さまは御鏡なんだ。」

「へぇ、鏡なんですね。」

原型が“物”である妖は初めて会う。

「まあ、私は湖面に映った月が霊格を得たもので、実質しっかりした『本体』がないのよね。

 だから、依代?みたいなもの?とにかくそれがないとうまく顕現できないの。」

「うーん。ちょっと難しい言葉が多くて自信ないけど…。

 とにかく大事な物が失くなって困ってるんですね。」

「そうそう、そうよ。そうなの。」

女神さまは私の手を取って振り回す。

身長より高く持って行かれると、身体が浮いてしまいそうだ。

「見ての通り、俺らが一番困ってるのは姫さまのこのテンパりようさ。」

うん、早くもその苦労に同情できそうだ。

しかし今はそんな事よりも。

「それじゃあ、その鏡が見つかれば私は家に帰れるようになる…?」

「ええ勿論よ。

 ここは私の内の世界のようなもので、現実とは時間も空間も違うの。」

にっこり笑う女神さま。

「ここはいつでも夜の森。姫さまの性質上、当然だね。」

「空の月が再び満ちるまでに出られれば、現実での時もそんなに経ってはいないだろう。」

狐さんと梟さんが補完説明をくれる。

なるほど。現実世界ではまだ夜は来ていないようだ。よかった。

「うう、本当は守り人でもいれば、どうにかしてくれるんでしょうけど…。

 もう30年くらいかしら、彼が来なくなってから。」

女神さまはぼんやりと常夜の空を仰いだ。

「・・・」

忘れられていく。

そう、不思議はだんだん、忘れられていく。

「ここでも、そうか。」

「え?」

思わず洩れた呟きを女神さまに拾われてしまった。

首を振って、女神さまに笑顔を向ける。

「いえ。じゃあ、鏡探し、お手伝いしますね!」

「あああぁあ、なんてイイコなのかしら!素敵よカナコちゃんっ。」

感極まった女神さまに再び手を掴まれて振り回される。

「いーえ、私の為にもなるし。」

なんとか抜け出して、そっと距離を取る。

「ふふ、ありがとう。鏡はね、わたしのこの髪飾りに似た形よ。

 大きさは、直径…10cmもないくらい、かな?」

「あ、結構小さいんですね。」

「うん。あの社に入るくらいですからね。」

確かにお社は小さかった。あの中にあったのならその程度の大きさが妥当だ。

「鏡はね、森の中にあると思うわ。

 持ち出されたのは現だけど、こっち側の鏡は私の意思無しでは森から出られないから。

 森の中は暗いし、偶に悪いコもいるから気を付けて。何かあればこのコ達に申し付けてね。」

「はい。お願いします。」

皆に向かって頭を下げると、狐さんに爆笑された。

「ひゃは、お願いします、だって!」

「あんた巻き込まれて手伝わされるんだよ?へんなの、へんなの。」

鼠さんは遠巻きに野次を飛ばしてくる。

やがてひとしきり笑い終えた狐さんが、梟さんを顎で指した。

「まあいいさ。何か聞きたい事があれば梟に聞きな。無駄に物知りだからさ。」

対して梟さんはサラリと笑顔で頷いた。

「ええ、どうぞ気兼ねなく。肉体労働が必要になれば狐に頼むといい。無駄に元気だからね。」

「ひゃっは。まあいいさ。

 なら、細かい事は鼠だな。木の上とか、隙間とか、すぐどっか行っちまう。」

「はーいはい。あんた達に見つからないような所なら何処でもいくよ。」

どうやらこのメンバーはあまり仲はよくないらしい。

それでもなんだかいいリズムだ。眺めているだけでも楽しそうな気がする。

そこで女神さまがポンと手を叩いた。

「あ、そうだ。もうひとり居るのよ?私の神使なんだけど。」

途端に狐さんが嫌そうな表情になる。

「そういやいねぇな、煩いのが。」

「あのコには先に探しに行って貰っているの。見つけたら、仲良くしてあげてね。」

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