第12話 決意表明


―――


「……意識は?」

「まだ……このままでは命に関わります。」

「早急に何とかしないと……」

「そうですね。それにしてもあんなところから転落するなんて……」


 誰かの声が聞こえる……誰?わからない……

 けれど恐い……何か、何か恐ろしい事が起こりそうなそんな……予感……




「ここ……は?」

 ふっと目が覚めた。俺はきょろきょろと辺りを見回す。

 何もない真っ白な部屋。どうやら病室らしい。


「……入るぞ。」

 その時廊下の方から声がしてゆっくりと扉が開く。現れたのは優だった。

「あ、お前気づいたのか?」

 見慣れた顔が嬉しそうに綻ぶ。俺は上半身を起こした。


「優……」

「良かったぁ~……マジで心配したんだぜ。あの時はどうなるかと思ったけど、ちゃんと目覚めて良かった。」

「あの……時?」

「あぁ。お前が崖から落ちた時は本当に……」

「がけ……?落ちた……あ!か、母さんは?母さんはどこだ?無事なのか!?」

「……それは……」

「優……?」

 珍しく言い淀んだ優に嫌な予感がする。しばらく沈黙が続いたが、優は意を決したように言った。


「お袋さんは……隣にいるよ。」

「え?」

「会ってみる?」

「あぁ!」

 ベッドから勢いよく起き上がって優の後に続く。優は部屋を出ると隣の部屋へと足を踏み入れた。


「……入れよ。」

 優に促され、おずおずと中に入る。

「母さん……?」

 奥に一つだけあるベッドに近づいていく。俺は高鳴る心臓を抑えながらカーテンを開いた。

「母さん。……母さん?」

 呼びかけに答えたのは規則的な機械音だけだった。


「これは……!優、どういう事だ?」

「崖から落ちたお前を助けようと真っ先に飛び込んだんだ。俺が下に降りた時、しっかりとお前を抱いていたよ。そしてここに運ばれた時に付き添った俺にこう言ったんだ。『最後に母親らしい事をしてやれた。これで思い残す事は何もない。』って……」

「そんな……」

「さっき医者が来て、命は助かったけどこのまま意識が戻らない可能性が高いって。」

「つまりずっと眠ったままって事か?そんな……俺のせいだ……俺の……」

「お前のせいじゃない!これは事故だったんだ。」

「違う……!」

「涼……」

「俺が……俺が……」

 俺は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。


「父さんとの約束を俺は……あ、あ……うあぁぁぁ!!」




―――


「落ち着いた?」

 優が買ってきたコーヒーを差し出しながら言う。俺はそれを受け取りながら微笑んだ。

「あぁ。迷惑かけて悪かったな。」

「いいよ、そんなの。」

 俺の隣に腰かけてくる。俺は端に寄りながら無言でコーヒーに口をつけた。


「……優。」

「ん?」

「俺、何とか一人で頑張ってみるよ。母さんが目を覚ますまで。ちゃんと学校も行くし毎日お見舞いに来る。いっぱい話しかけたら脳が刺激されて早く目を覚ましてくれるかも知れない。優も時々一緒に来て思い出話でもしてやってくれよ。な?」

「わかった。小さい時の涼の武勇伝だったら誰よりも詳しいからな。」

「なっ!武勇伝って何だよ?」

「うーん……例えば俺んちのブロック塀の上から戦隊ヒーローの真似して飛び降りて骨折した事とか、洗濯挟みを興味本意で顔に挟んだら思ったより痛くて大泣きして、お袋さんに怒られた事とか。」

「そ、そんなの覚えてんじゃねぇよ!」

 拳を振り上げて優の頭を叩く。優は『いてっ』と言いながら人指し指を自分の口に当てた。


「しーっ!ここ病院。」

「あ……わ、わりぃ。」

「頑張るのはいいけどさ。一人でなんて言うなよ。」

「え?」

「お前は一人じゃないだろ?俺がいるんだから。奈緒や希だっていつもお前の側にいる。だからさ、もう一人で泣かなくたっていいんだ。」

 優が優しい顔で微笑む。俺は胸の奥から込み上げてくる何かを誤魔化すように勢いよく優に抱きついた。


「優!」

「うおっ!」

「ありがとな。」

「……おう。」

 照れてる優を心の中で笑いながら、少しだけ泣いた。




 父さん、見ていてくれよ。俺はこの先頑張って生きてみせる。母さんの瞳に俺を映すまでは何があっても諦めない。


 優が、奈緒が希がいるから淋しくないよ。


 だから俺の事を天国で見守っていろよな。



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