写真の秘密

 その写真の女の子を見たとき、ピンと来た。

 それから間もなくして、A高校に通う一年生で、「サトウイチカ」という名前だと知った。

 ミツヒコは、先日この女子に突然、写真を撮られた……と思う。というのも確信があったわけではなかったからだ。

 通学で利用する地下鉄で、ミツヒコは初めてイチカの実物と出くわした。

 たまたま、カメラのシャッター音に気づき、音の方を見るとその女の子がいたのだ。女の子はその大きな黒い瞳で、どうしてか自分を睨んでいるようだったのだが、すぐに電車が来たので、ミツヒコは構わず車両に乗り込んだのだ。


 ラッシュの朝、車内は混み合っていて、ミツヒコは内部には進まずに扉に密着して立った。扉が閉まりかけたとき、ふと、親友のシロウの話が頭に浮かび、ピンと来たのだ。

(この子……じゃないか。)

 女の子は電車に乗らなかった。ゆっくり動き出す車内で、ミツヒコはケータイを構えた。シャッター音は誰にも気づかれていなかった。


「これ、お前、どういう気で撮ったわけ?」

 ホームルームが終わり、廊下を小走りに移動しながら、興奮するシロウに聞かれて、考えた。

「どういう気って、特に何も。」

「イチカちゃんにバレてたらどうするんだよ。」

「え、別に……。」

 あっちも撮ってたし、おあいこだし。そう思ったが、ミツヒコは、シロウには決して言わなかった。

「本当、お前って何考えてるかわからんし、行動も読めん。」

「ほっとけ。」

「犯罪者にだけはなってくれるなよ。」

「……。」

「彼女もできない残念なイケメンめ。」

「うるせえ、リア充。この写真、削除してもいいのかよ。」

 ミツヒコが足を止めて懇願した。

「お願いします、一生の宝にするのでボクのケータイにちょーだい。」


 サトウイチカという女の子の話は、親友のシロウから数週間前に聞いていた。シロウは、たまたま乗った電車の車内でイチカを見つけ、一目惚れしたそうだ。

 それから数回、イチカと遭遇したが、話し掛けることも、近づくことすらできないシロウの目に映る、彼女の一挙一動を、事細かに説明してくれるものだから、いつの間にかミツヒコの中にも想像のイチカが出来上ってしまっていたのだ。

 そしてあの日、実際には会ったこともないサトウイチカと合致する女の子が目の前にいた、というのが先日のことだ。


 ミツヒコは真面目腐った表情でシロウに尋ねた。

「なあ、見ず知らずの、特定の人の写真を撮る心理ってどんなもんなん?」

「それは、お前が知っているだろ。」

「俺は、お前のためだろ。それしか考えてなかったよ。」

「そっかサンキュ……、ううん……、盗撮とか下心?」

「下心……。」

 考え込むミツヒコを小突いて、シロウは、

「……知るか!お前はどいうときに写真撮るんだよ。」

 と逆に聞いてきた。ミツヒコは考えた。

「俺は、写真なんてほとんど撮らないし。」

 実際に、ミツヒコのケータイのフォルダには、画像はほとんど保存されていない。

「俺は、景色とかダチとか、特別なものとか、キレイなものとか、気になるものとか、……残しておきたいものは、撮るだろ、フツー。」

「特別なもの、キレイなもの、気になるもの……。」


 確かに、イチカという女の子はキレイだった。彼女はシロウの特別なもので、ミツヒコにとってもただの人ではない。しかし、ミツヒコは彼女の外見以外何も知らない。彼女の魅力は、しょせん他人のフィルター越しの魅力であって、ミツヒコのリアルな感動ではないと思う。 

 世の中には、キレイなものとそうでないものが存在する。キレイなものは愛されるし、それだけの価値がある。けれど、今の時点で、ミツヒコにとってイチカがキレイなのはシロウに好かれているからという理由だけだ。

(俺は、何も考えていなかったよ。本当に、写真を見せたらお前がどんな顔をするかなって、お前の喜ぶ顔を見て嬉しくて……、そしてまた落ち込むんだ。)



 ミツヒコは叶わぬ恋をしている。これはきっと永遠に蓋をして、表に出ることはない恋だ。これを越えての恋なんて、一体どうしたらできる?

 

「お前は一体、いつになったら彼女ができるんだろうな。」

「お前より……ダチよりも一緒にいて楽しい子がいたら、自然とそういう風になるだろう。」

「やる気ねえな。お前は老人か!本当に青少年か?青春は今しかないんだぞ。」

「じゃあ、シロウに彼女が出来たら、その友達でも紹介してくれよ。」

「なんだそりゃ。……あ、先に言っておくが、イチカちゃんを好きになるなよ。見た目じゃ、お前には絶対勝てん。」

「……保証はできん。お前の好きなものは、共有したくなる。」

「3Pか、ゲスめ!」

 むきになり怒るシロウをなだめながら、ミツヒコは少しだけ笑った。



 サトウイチカという人間は、どういう人だろう。シロウに恋されている女の子。

 今まで、女の子を好きになったことがないミツヒコだったが、それでも日々自分の中で大きくなっていく彼女の存在。

 地下鉄の風に舞い上がった、黒髪のロングヘアー。

 意志の強そうな黒い瞳。

 華奢な骨格に、薄い唇。

 確かに、今までで出逢った女の子の中で、天使みたいな女の子。彼女を好きになってみたい。

(なれるものなら、神様、俺の病を治してください。)

(でも、そのときは、俺は一番を失うんだ。)


 ミツヒコのケータイに保存された、写真の女の子。ミツヒコに恋しているかもしれない女の子。

 彼女は彼にとって特別。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る