第33話

「あんたみたいな怪力にぴったりな仕事があるよ! ねぇ、アタイが紹介するからやってみないか? 取り分はそうだなぁ、あんたが2、アタイが8」

「えぇいっ。散れっ」


 何故か獣人の少女は悠斗に付きまとい始めた。それがルティにはお気に召さないらしい。


「うっさいなぁ。アタイはこのお兄さんに用があるんだよ」

「ユウト殿は貴様のような盗人に用などないっ」

「ねぇねぇ、いい稼ぎ知ってるんあよぉアタイは。エルフなんてお金にルーズだろぉ? アタイと手を組もうよぉ」


 少女はそっと悠斗の腕に手を回す。

 残念ながら少女は貧乳で、ぐいぐい来られてもまったく当たっていることにすら気づけないサイズだった。

 だがしかしこの少女は自分をよく知っている。

 掴んだ彼の手をそっと自分の尻尾に回し触らせているのだ。


 もふもふなのだ!


「は……ぁ……んふ」

「悶えるな! ユウト殿、小娘のどこを触ているっ」

「いや、これは……ただの尻尾」

「ぁん……アタイの尻尾だよぉ」


 少女は必要以上に悶え、体をくねくねさせている。そのたびに尻尾がもふもふと悠斗の手に触れた。


「アタイの尻尾……気持ちいい?」

「うぅん、まー……」

「じゃあ、アタイと一緒に仕事しよぉ?」

「ユユユユユ、ユウト殿!?」

「ごめん。俺、今から彼女と温泉に行くところだから。じゃあ、君はもう泥棒なんか止めて、真面目に生きるんだぞ」


 ぽんっと少女の頭に手を置き優しく撫でてやる。もちろん、営業スマイルも添えて。

 少女は一瞬、悠斗の顔を見つめ眉尻を下げた。が、次の瞬間、キッっと牙をむき出し彼の手を解いた。


「うっせーな! 真面目に生きたからって、何か良いことでもあんのかよ! 真面目に生きてる奴ほど馬鹿を見るって知らねーのかよっ!」


 少女は悠斗をどんっと突き飛ばし、それから人ごみへと駆けて行った。その際、何人かにぶつかっていくのが見える。

 あれはきっと掏ったな。

 どうする。追いかけるべきか?


 悠斗が迷っている間に少女の姿は見えなくなる。

 が――


「っ痛ぇーっ。くっそ、離しやがれ!」

「おぅぅ。今俺から掏った物、出しやがれクソガキ!」


 人ごみの奥で少女と、そして男の怒鳴り合う声が聞こえた。


「ユウト殿。首を突っ込まない方が……」


 ルティはそう声を掛けたが、悠斗は振り向いて「そういう訳にはいかないだろ?」と、眉尻を下げ笑みを浮かべ駆け出した。

 獣人の少女の腕を掴んでいるのは、腰に短剣を差した皮鎧を着た人相の悪い男だった。

 悠斗のイメージでは盗賊風と言ったところか。

 その男は少女の腕を掴み、もう片方の手で彼女の衣服を無理やり脱がそうとしている。

 その行為を止めようとする者は誰も居ない。


「おい、大勢の前で女の子になんてことをするんだ!」

「は? なんだてめーは。まさかてめーの奴隷かこいつは?」

「ど、奴隷?」


 この獣人の少女は奴隷だったのか?

 いや、それにしてはひとりでうろうろしているし、ライトノベルにありがちな首輪なども見受けられない。

 

「違うのかそうなのか、どっちなんだ、えぇ?」

「ち、違う! 俺は奴隷なんて買ったりしない!!」


 日本育ちの悠斗によって、人身売買など出来ることなら許容したくないものだ。

 男は悠斗の返事を聞いて唾をその場に吐き捨てると、少女の衣服を再び脱がしに掛かる。

 質が良いとは言えない服は、ビリビリと音を立て半分ほど破れてしまった。


「ひうっ」

「おいっ」

「あぁ? 関係ないならすっこんでろっ。死にてーのかてめぇ」


 男の手を掴み、少女から容易に引き剥がす。

 なんのことはない。ちょっと力を入れれば男が悲鳴を上げて自分から手を離したのだ。


「て、てめーっ! ぶっころすぞっ」


 男はそう言って短剣を引き抜いた。

 一般人の目には、男の抜き身の一撃が目にもとまらぬ斬撃に見えただろう。だが悠斗には違ってみてた。

 ふわりと撫でるような、そんな太刀筋に見えたのだ。

 立ち位置はそのままで、悠斗は僅かに上体を右にすぅっと逸らした。


 当たる――そう確信して突っ込んできた男はバランスを崩し、前のめりになる。そこへ悠斗が肘鉄を食らわし――男は気絶した。


「あれ? 軽く小突いたつもりだったのに……だ、大丈夫か? おい?」

「ユウト殿。放っておけ。それより騒ぎを聞きつけ衛兵が来る。もう行こう」

「あー、うん。さ、君もおいで」

「ユ、ユウト殿!?」

「このままにしておけないだろう。服だって破れちゃってるし」


 破れた部分を必死に抑える少女に自分のジャケットをかけてやり、ひとまずこの場から離れる。

 先ほどまでの威勢はどこへやら。少女はぷるぷると震え、悠斗に手を引かれやや小走り気味に歩く。


 人通りの少ない場所までやってくると、悠斗は少女と同じ視線になるよう屈んだ。


「人の物を盗むとどうなるか。少しは懲りたかい?」


 少女は青ざめた顔のまま、頷きもしなければ返事もしない。よっぽど怖かったのだろう。

 だが自業自得だ。


「出して」


 悠斗は手を差し出し、盗んだ物全部出せという。

 暫く待ってから少女は、「無い」と呟いた。


「取られた……全部……あいつに」

「さっきの? あの男ももしかして……」

「まぁあの人相だ。ロクな男じゃないだろうなぁ」


 掏られた物を取り返すだけじゃなく、他の者から掏った物まで奪い取っていたのだ、あの男は。

 

 その男、実は現在、気絶したまま衛兵にしょっぴかれている。なんせ少女が盗んだ物を全部懐に隠していたのだから。


「いいかい。もう二度と人から物を盗んだりするんじゃないぞ。もっと悪い奴らに引っかかったりしたら、どうするんだまったく」


 お兄さん怒るよ? 的な悠斗に、少女は死んだ魚のような目で見上げる。


「引っかかったもん……引っかかったからアタイ……こうするしかなかったんだもんっ。うぇぇんっ」

「え? え? ちょ、急に泣くなよ。引っかかったって君……え? ル、ルティ」

「あぁもうっ。だから関わらない方がいいって言ったんだ。私はその子の替えの服を見繕ってくるから、ここで泣かせておけ」


 そう言ってルティは路地から出ていく。

 残された悠斗は泣きじゃくる少女を支え、じぃっとするしかなかった。

 時折ぽんぽんと背中を叩いてやって宥めてやって、ルティが戻ってくる頃にようやく少女は泣き止んだ。


 真新しい服を受け取り、少女はぽつりぽつりと話し始める。

 自身の身の上話を。


「アタイ……両親はとっくに死んでて……二人の弟と、三人の妹が居るんだ」

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