第30話
大空洞――各地のドワーフが住む集落に通じるというトンネル。
場所によってはさほど大きくもない物だが、ここにあった大空洞はまさにその名に恥じない大きさを誇っていた。
天井は五階建てのビルに相当し、横幅はグラウンド程にもなろうか。
あぁ、屋敷がすっぽり入るんじゃないか?
そんな事を思いながら、悠斗はドワーフの間を進んでいた。
周囲はルティの精霊魔法で明るく照らされ、その造りの素晴らしさが浮き彫りになる。
坑道と違いここは、巨大な柱で支えられた、まるで神殿のような造りだ。
何百年も掛け、ドワーフの先祖らがこつこつ造り上げたのだろう。
そんな大空洞の中に、突然それは姿を現した。
石で造られた小屋だ。その小屋から白い煙――いや、湯気が出ているではないか!
「ま、まさかあれが温泉!?」
「うむ」
「え? ではドワーフたちは温泉のことを?」
「ふん。エルフや人族は臭いだなんだと言って敬遠しておったな」
「くっ。ドワーフの方が先に温泉を知っていたなんて……屈辱っ」
「がっはっは。勝ったわい!」
エルフとドワーフの間で勝った負けたの判断材料が、温泉の事を知っていたか知らなかったかという。
そんなどんぐりの背比べ的な争いを横目に悠斗が駆ける。そして小屋に飛びこむ!
『ンメェエェェェェェッ』
「あああぁあぁぁぁぁっ」
先客が悲鳴を上げた。
悠斗も叫んだ。
大理石で造られたゴージャスな温泉の中には、たわわなおっぱいを実らせた黒山羊が入浴を楽しんでいたのだ。
山羊の頭をしたおっぱいは人のそれ。下半身もまた山羊っぽいこの魔物は、胸を隠して体をくの字に曲げている。
「うわっ。すっごい不気味」
悠斗がそう言ったものだからさぁ大変。
山羊は気分を害したらしく、歯を剥き出しにしてカチカチ鳴らすと、ザバーっと湯舟から出てきた。
脇に置かれた鎌を手にし、山羊はじわり、じわりとやってくる。
「ぬぅ。バフォメットか。こんな上級悪魔が何故ここに!?」
湯場へとやって来たドワーフたちは、額に汗を浮かべじりじりと後退する。
悠斗も、ここでは温泉が汚れると思い小屋から出た。
追ってくるバフォメット。巨大な鎌を構え、悠斗へと襲い掛かる。
「ユウト殿! その鎌にはあらゆる呪いが掛けられているっ。決して触れ――きゃあぁぁっユウト殿おぉぉっ」
ルティの悲鳴が大空洞に木霊する。
彼女の目には、バフォメットが振り下ろした大鎌が悠斗の胸を捉えて見えた。
だがそうではなかった。
後ろから見ても分かるほどに、バフォメットの大鎌が突然消えたのだ。光る幾何学模様になって。
それが意味するのは、悠斗がタブレットに収納したということ。
自らの手から忽然と消えて無くなった大鎌。目をパチクリさせ、バフォメットはその手を見つめる。
無い物は無い。
大事な鎌は目の前の男が持つ銀板へと吸い込まれてしまった。
返して。
と言わんばかりにバフォメットが目で訴える。
ダメ。
と悠斗も目で返した。
『メェアアァアァァァァァッ!』
激高するバフォメットを横目に、悠斗はてきぱきと作業を行った。インストール作業を。
そして唱える。
「"
悠斗の掛け声とともに、バフォメットの周囲を囲むように五本の鎌が出現。
どうやらファイル名変更した名前と同名の魔法が存在したようだ。
『メ、メヘ?』
狼狽するバフォメットは五本の鎌に切り刻まれる。
彼女(彼)は呪った。
鎌なんか持って来なければよかった。
鎌に呪いなんて付与しなければよかった。
温泉見つけちゃったわラッキーと、はしゃぎながらのんびり寛がなければよかった。
……と。
せめて最後ぐらい一矢報いたい。そう思ったのか、バフォメットは最後の力を振り絞り悠斗へと迫る。
だがその思いは空しく、彼女(彼)は倒れこんだ。
一瞬、巨漢上司が迫ってきた光景を思い出した悠斗は、咄嗟に手を突き出しバフォメットを受け止めようとする。
そしてその手が掴んだのは、張りがあり過ぎる、ちょっと硬いバフォメットのおっぱい。
母親以外のおっぱいに触れたのは、悠斗にとってこれで三回目となる。
「嬉しくなぁーいっ!」
ばーんっと放り投げる悠斗。
そんな彼の背中に、今度こそ柔らかいおっぱいの感触が伝わる。
そうそう、これよこれ。
「ふえぇぇん、ユウトぉ〜。死んだかと思ったぞぉ」
心配して駆けつけたルティのお胸さまが悠斗の背中に当たっていたのだ。
大丈夫。そう微笑みながら振り返って彼女の顔を覗き込む。
そして見つめ合う二人。
そんな二人をじぃーっと下から超至近距離で見守るドワーフ二十一人。
「コ、コホン」
「ごほごほ」
二人はわざとらしく咳き込み、しれーっと距離を取った。
「なんじゃ、おしまいか」
「ヘタレめ」
ぶつぶつ言いながら前進を再開するドワーフたち。
やはりドワーフは嫌いだ!
――と、決意を新たにしたルティだった。
大空洞を進み続けると、出るわ出るわ、魔物のオンパレード。
数が多すぎてスキルを乱用して気絶しかねない勢いだ。
「坊主。これ、使うか?」
「ツルハシ?」
「その細っこい腕のどこに怪力があるのか知らんが、お前さんならこれでも十分、ダメージを与えられるだろう」
ギルムが貸してくれたのは坑道を掘るための道具――ツルハシだ。
先端が鋭利なので確かにダメージはありそうだが、それは武器ではない。道具だ。
「ありがとうございます、ギリムさん」
にっこり笑みを浮かべでお辞儀をした悠斗は、ツルハシを背負って目の前の魔物へと突撃した。
どうやらツルハシは武器だったようだ。
気合の声と共に振り下ろされたツルハシは、次々に魔物を屠っていく。
いろいろと惨い。
だが精神力の消費が皆無になったことで、悠斗は気絶の心配をする事なく安心して
後ろではルティが僅かに顔を傾げていたが、晴れやかな彼の姿を見ては頬を染め、猛々しい彼もいいなと満更でもないご様子。
一行の――主に悠斗の快進撃によって魔物の数は徐々に減ってきた。
だが奥から何やら蠢くものが這い上がって来ているのが見える。
「こりゃいかん。大空洞の床が抜けて、下の迷宮と繋がっておったのか!?」
彼らの前方には、大きく口を開けた大穴があった。
その穴から今まさに這い出ようとする魔物の姿がある。
壁ではなく、空いていたのは床。
これをどうやって塞いだものか……。
ドワーフたちは武器を構え、同時に悩んだ。
壁の修復なら楽だった。そこに岩を積み上げ、それから粘土素材で固めてしまえば良いのだから。
だが床では修復のしようがない。
巨大な丸太を敷き詰め、その上に重しでもするか?
だが丸太を敷き詰める前に魔物が邪魔をしてくるだろう。
穴の中に何かを流し込んで埋めてしまうか。
だが穴は大きいし深い。流し込むにしても、そんな大量な『何か』をどうやって集めるのか。どうやってここまで運ぶのか。
答えは簡単だった。
「じゃあ邪魔な石や岩を全部ここに捨てていいかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます