第2話 フクムラってなに?

「おっす智也! 休日のこんな朝っぱらからどっか出かけんのか?」


  同じ寮生でクラスメイトでもある佐々木雄一ささきゆういちが智也に声をかける。佐々木とは特段親しいというわけではないが、だからと言って別に仲が悪いわけでもない。1年から同じクラスであり、また同じサッカー部だった事もあってか、あまり友達のいない智也にちょくちょく声をかけてくる気さくな奴だ。もっとも智也がサッカー部を退部してからも同じ態度をとるのは佐々木だけだった。


「なんだ佐々木か。……駅前のフクムラにちょっとな」


駅前のフクムラとは『良心的なお値段で狂気な服をご提供♪』がモットーの地元ならではの洋服屋のチェーン店だ。狂気というのもあながち冗談ではなく、かなりセンスを疑う服が多い。いや多いと言う表現は的確ではない。ほぼ大半がそれなのだ。


例えば犬や猫など、いわゆるカワイイ系ペットの写真をプリントしたTシャツが一般的だが、ここの商品はペットの耳やしっぽのみをセレクトしたTシャツなんかがある。


『えっ? それはそれで可愛くない?』っと思われるだろうが、想像して欲しい。Tシャツ一面に耳やしっぽを拡大した写真、または小さく何枚も耳やしっぽのみがプリントされているTシャツ。着ている本人は何も思わないだろうが、傍から見ているとただただ気味が悪いだけだ。正直そんなのを着ている人と一緒にいたらこっちまでそう思われてしまうだろう。更にこれよりも酷いTシャツも存在する。


一例を挙げると『フクムラの店長の不機嫌顔をアップ写真(たぶん免許の写真だと思われる)』やどう見ても堅気には見えない『自称自営業(893屋さん)の組長らしきアップの顔写真』『この顔にピン!っときたら110番(いわゆる交番にある手配書)に張り出されている顔写真』などなど。


『本気で一体なにがしたいの?』っと誰もが首を傾げてしまうデザインばかりなのだ。だが、その分値段がTシャツ1枚50円~っと異様に安い。

たぶんなのだが、他店の売れない商品を払い下げで仕入れているのだろう。

※ただし店長の顔写真入りTシャツを除く


「フクムラかぁ~。あそこの商品めちゃめちゃセンスないよなぁ。この間試しにTシャツ買ったらさぁ~……」


どうやら佐々木もフクムラ商法に引っかかったことがあるらしい。もっとも地元民なら1度は詐欺られることで有名な服屋だ。みんな安いからデザイン無視で買うのだが、着てみると周りの人の反応でやがて着なくなる。


(……ってか売れない写真プリントするくらいなら、無地のTシャツの方が売れんじゃねぇ?)


 智也はそんな無粋なことを考えてしまっていた。


「佐々木話の途中ですまないが、オレ用事あるから……ってコイツ聞いてねぇし」


佐々木の話が長くなるや否や、智也は早々に佐々木との話を切り上げようとするが、当の佐々木本人はそもそも智也の話を聞いていなかった。そう佐々木は空気が読めない性質の人間で、智也とはまた違った意味でクラスからハブられているのだった。


話は変わるが一般的に男子高校生のといえばもっぱら自転車だ。バスや電車のように金もかからず、時間に縛られず、どこへ行くにも自由がきく。特に日常的にバイトをしている智也にとってはなくてはならない『相棒』であった。

寮の駐輪場からその相棒であるロードバイクを引っ張り出す。2重ロックの鍵を開け頑丈なチェーンでできたダイヤル式の鍵を外す。


 ロードバイクとはいわゆる超極細大径タイヤ、特徴のあるドロップハンドル(幅が狭く、前掲姿勢で握るタイプのハンドル)で、しかも自動車並みのスピード(時速40キロ以上)が軽く出て、車体も市販車の半分以下と軽い。日用の足としてはもちろんのこと、そのまま競技用にも使える万能タイプのスポーツ自転車なのだ。地方ではもちろん都会においても重宝されている。


だが、その分通常の自転車よりも何倍も値段が高い。高いモノだと数十万~数百万はザラなのだ。もっとも名門私立フィリス学園に通う生徒にとっては、そんなものははした金・・・・にすぎない。 


現在の私立フィリス学園は男女共学ではなく男子校である。元々はどこにでもある近所の『お嬢様が通う女子校』だったのだが、昨今の少子化も要因になり生徒がなかなか集まらず廃校の危機にあった。だが、今の理事長になってから学園は劇的に変ったのだった。


まず時代と逆行するように女子を排除し、男子のみを募集し『女子校』から『男子校』に鞍替えしたのだ。さらに募集定員も半分にし、校舎もわざわざフランスから有名な建築家を呼び寄せ豪華絢爛まさにセレブが通うような洋風な学園に改装した。


入試レベルもいきなり全国で1・2を争うほど高くし、学費も年間数千万以上(一般的に私立は年間数十万ほど)にし、一般入試はあまり獲らず『スポーツ推薦』『学力推薦』を主としさらに敷居を高いものにした。それともうひとつ、この学園に入学するには絶対的な条件があった。それは…………生徒本人の『資質(血統)』である。


名門私立フィリス学園が問う資質(血統)とは、本人の顔ルックスはもちろんのこと『頭の良さ』『運動神経』などに加え、『親の家系』『人脈』そしてなによりも資産が最重要項目であった。だから学園卒業後は国内外問わず超一流の大学に無条件で入れ、就職先も大手会社の社長や果ては政治家や官僚・地方の知事などになることが、本人の意思に拘わらず絶対的に約束されていた。


 普通ならただの学園にはそんな力などないが、卒業生・在校生そのもののコネが蓄積されており、そのコネがまた別のコネへと繋がり果てが今の学園の権力となったのだ。ただ金があるだけコネがあるだけで成り立たず、その両方を得て始めて権力と呼べるのだろう。


 それがまた私立フィリス学園を名門の中の名門に名を押し上げた、最たる理由でもある。学生はこの私立フィリス学園を卒業すること『自体』が対内外的にも本人的にもステータスになるのだ。


 それが故にフィリス学園に通う生徒のほとんどは政治家の2世や3世、大手会社の社長の息子、旧財閥の御曹司など生まれながらにしてセレブ・勝ち組と呼ばれるお坊ちゃま生徒ばかりが集まるのだった。ま、早い話がエリートお嬢様学校の男子バージョン(ただしイケメンに限る)だと考えてくれれば話が早い。


 基本的にこの手の学園は生徒の安全面からアルバイトなどはご法度であるが、いわゆる『社会勉強の一環』という名目でむしろ推奨している。

 まぁもっとも大半の生徒は1日どころか1時間も保ない。そもそも労働と云う概念を持っているかさえもはなはだ疑問のところだ。


 だが、智也の場合はそれら・・・には当てはまらず、アルバイトの理由は至極簡単で『自分の生活費は自分で稼ぐ!』っという信念に基づいての行動だ。別に気取っているわけではなく、智也にとってアルバイトとは生活をするうえで必然的行動なのだ。


 なぜなら朝霧智也は他の生徒とはかなり違う一般人だからだ。先にも述べたとおり、普通なら名門私立フィリス学園に入ることは愚か、入試試験を受ける資格持たないが、何事にも例外はあるものだ。その理由は智也の過去にあったのだった。

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