第43話王女20
そうして魔物の活性化について話をしてから三日が経ちました。
「まだ、終わりませんか」
「はい。現状では持ち堪えることができていますが、今後はどうなるか見通しはつきません」
「そうですか……」
私は軍を指揮できるわけでもないので部屋の中でこもっている事しかできません。
ですが、部屋にこもっているのであれば騎士は必要としません。なので、今回も私の護衛騎士は魔物の討伐に向かわせることとなりました。
そしてその騎士の中にはアランもいます。今アランは、街の外に出て魔物を倒しに行っているのです——あの時と同じように。
また、あの時のように危険な目に遭うのではないでしょうか?
今のアランはあの時よりも強くなっています死、他の騎士達も今回は揃っていますので問題はない、と思います。
けれど、やはり全く心配せずにいると言うことはできません。
「私も何かできればいいのですけれど」
「いけませんよ。外は騎士や兵士達の領分です」
「わかっています。私なんかが言ったとしても邪魔にしかならないと言うことくらい。ですが……」
それでも、ここでじっとしていることしかできない自分が無性に腹が立つ。
「……見に行くくらいでしたら、よろしいのではありませんか?」
落ち着かない様子の私を見て、クレアは困ったように小さく息を吐き出した後にそう言いました
「え?」
「一応状況は落ち着いていると言えなくもありませんし、兵達にも労いの言葉があってもいいかもしれません。もっとも、壁の外側には流石に行けませんから、仮に誰か〝知り合い〟を探して会おうとしたとしても難しいでしょうけれど」
現在は相変わらず襲撃を受けている状態ではありますが、それでも最初の時から変わることのない勢いで続けられているので落ち着いていると言えなくもありません。有り体に言えば慣れた、と言うことです。
「構いません」
「ではそのように」
「……クレア。ありがとうございます」
アーリーが隊長だったときはこんなことは認められなかったでしょう。
それが今回認められたのはクレアが私に気に入られようとしているからだと思います。そのような感情は今まで何度も受けてきましたし間違ってはいないはずです。
ですが、それが今はありがたかった。
「行けるとは言っても、短時間だけです。それから、くれぐれもご注意を」
「はい。わかっています」
私はそう返事をして立ち上がると身だしなみを整えて部屋の外へ出て行きました。
「今日で三日だぞ。いつになったら終わるんだよ」
「知るかんなもん」
「まー、あれだな。幸いなのは街全体を囲われてないことだな。奴ら、森から一直線に街に向かって進んでるから一箇所に守りを固めるだけで済んでる」
「だな。それに、外部とのつながりも完全に途切れたわけでもないから、援軍も期待できる」
「それに、いくらなんでもこの数が一度にまとめてこられたら流石に無理だろ。むしろ三日もかかって良かったっつーべきじゃねえか?」
部屋を出て騎士や兵達のいる場所へと向かったのですが、向かった先ではそんな話をしている兵達がいました。
ですが、それは一組だけではありません。至る場所で——と言うほどでもありませんが、いくつかの場所で似たような話が行われています。
しかしそれは仕方のないことなのでしょう。終わりの見えない戦いがなんの予兆もなく準備もなくやってきたのであれば、悪態の一つでもあって当然です。
「にしても、帝国との戦争が回避できたと思ったらこれかよ。なんだってこんな忙しいのかねえ」
「さあな。運がねえと思うしかねえだろ」
「一部じゃ王家が呪われてるからだって話もあるがな」
「あん? なんだその話? 呪い?」
「ああ。噂の出どころは知らねえが、なんでも——」
まだまだ話という名の愚痴は続きそうでしたが、それはとちゅじょとして終わりました。
「お前達! 今は緊急事態だぞ! 無駄話をしてないで休めているうちにしっかり休め! 休みたくないのであれば仕事を与えるがどうする!」
私の隣にいたはずのクレアが前に出て話をしていた兵達の方へと歩いていったのです。
突然の叱責に対して話をしていた兵達は慌てて立ち上がると敬礼をしました。
クレアはそれを見ると私の方へと振り返って頭を下げてきました。
「殿下、申し訳ありません。兵達には後程よく言い聞かせておきますので」
「構いません。皆もこんな状況になって色々な思いをぶつける先が欲しいのでしょう」
クレアは私という王女がそばにいるのにそれに気づかずに愚痴を聞かせたことで怒ったのでしょうけれど、私としては特に気にしてはいませんし、先ほど思ったように愚痴の一つくらい必要でしょう。
「あなたもそれほど気を張る必要はありませんよ。隊長となってすぐさまこのような事があるのでは色々と大変かもしれませんがもう少し肩の力を抜いて構いません」
「……は、申し訳ありません」
そうしてしばらく歩いていると、ちょうど壁の外で戦っていたもの達が交代する時間が来たのか、外へと繋がっている門が開きました。
そして、その中の一人にアランがいました。
「アランッ!」
その姿を見た瞬間に私はアランの元へと小走りに走り寄りましたが、アランは戻って北集団から外れると私に向かって跪き頭を下げました。
「怪我はありませんか?」
「はっ。問題ありません」
怪我をしていたとしても問題ないというのはわかっていますが、それでもアランの口から問題ないのだと聞くとそれだけで安心できました。
けれど、アランを含めて戻ってきた者達がまともに休む間もなく、突如危機感を煽るような大袈裟なくらいに大きな音を轟かせて鐘が鳴りました。
「総員配置につけ! 大物がきたぞ! 休んでいる者も叩き起こすんだ!」
大物。それはこの群れの中でもボス格の存在のこと。
まあそれは分かりきっていることなのですが、今回の件について事情を知っている私からすると少し話が変わります。
魔物達が住処を離れてここに来たのはアランから感じた気配を求めてのことでしょう。けれど、それはもう消したはずです。
それでも魔物達がここに向かっているのは、魔物達のボスがこちらにくるように命令しているのと、そのボスの率いている魔物達に他の魔物達が追い立てられているから、という二つの要因からでしょう。
ですので、原因のうち一つであるアランの気配は消したのですから、後は魔物たちをここまで誘導し、他の魔物を追い立てたボスの存在をどうにかすれば終わるのではないでしょうか。
ですが、それがわかったとしてもそのことを伝えることはできません。その話をするということは、アランのことも伝えなければなりませんから。
「殿下、お下がりください」
アランはそう言うと私に背を向けて門へと歩いて行きました。まだまともに休めていないでしょうに、それでもまた戦いに行こうとしているようです。
「アランッ!」
そんなアランに向かって思わず名を呼んで呼び止めてしまいました。
アランは私の呼びかけに対して振り返し真っ直ぐに私のことを見つめてきましたが、私はそれ以上言葉を続けることはできずにただ見つめ合うことしかできませんでした。
ここでアランを止めることはできません。そんなお気に入りの騎士だけを優遇し、守るようなことをすれば兵達のやる気を削ぐことになりかねませんし、そうなれば最悪の場合は街にまで被害が出てしまいます。
それに、それはアランの主人として相応しくない行動ですから。
人の被害は正直どうでもいいですが、アランが意識を戻した時に私に呆れるような、そんな行動は取るわけにはいきません。
「……気をつけてください」
「はっ」
私の言葉に返事をしたアランはすぐに振り返り、今度こそ止まることなく街の外に向かうために門へと進んでいきました。
「英雄だ! 我らの英雄が来たぞ!」
騎士達はアランのことを『処刑人』と言って嫌っていますが、それは身分のある騎士だからこそ。身分が高くなく、無駄なプライドのない平民での兵士たちにとってはアランは自分たちを守ってくれるとても強い騎士としか思っていません。
そんな違いを知ってしまえば、私としては無駄にアランを嫌っている騎士なんかよりも兵士達が好ましいです。
「王女殿下。そろそろお戻りください。ここにいても兵達の妨げになるだけです」
「そう、ですね……」
まだアランを待っていたい気持ちはあります。
ですがクレアの言ったように私がここにいてもできることがないどころか、他の者達の邪魔になってしまいます。それは結果的にアランの邪魔にもなってしまうということです。
ですので、クレアの言葉を受けて私は自室へと戻って行くことにしました。
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