第40話王女17

 ——王女——


 城に帰ってきてから数ヶ月ほどは普通に生活していました。普通に生活といっても、特にやることもないので部屋にこもっているか、私のやっている術の見直しや更なる改良について考えるだけですが。


「殿下! 王女殿下!」


 ですが、その日はなぜか始まりからして違いました。


「……何事ですか?」


 まだ日が上りきっていない早朝。もう少し遅ければ夜だといってもおかしくなかったくらいの時間。

 普段ならこんな時間に起こされることはないのですが、侍女達が大声を出して私を起こしました。

 起こすにしてもこんな乱暴な扱いをされたことはありません。それは私が王女だから当然と言えるのですけれど、どうにも様子がおかしい。


「襲撃です! 城が襲われました!」


 慌てた様子の侍女の言葉に、私は何をいっているのか理解できませんでした。


「……。……っ!? なっ——! じ、状況はっ!?」

「ご安心を。襲撃そのものは終わっております」


 わずかに呆然としたものの、すぐさま我に返ると夜番をしていた護衛騎士に向かって問いかけました。

 ですが、騎士から帰ってきは返答は心配するなというものでした。


「慌てるのはわかりますが、殿下には正確に情報をお伝えなさい」

「はい……」


 侍女の中でも立場が上のものが、慌てながら敵襲だと伝えた侍女を叱責していますが、それよりも何がどうなったのでしょうか?


「……それで、何が起きたのですか?」


 叱責を受けている侍女から視線を外すと護衛騎士に向かって視線を向けて問いかけます。


「はい。昨夜賊が侵入したようで、鍵の管理所に火が放たれました。それに伴い、その場にいた者たち、及び数名の警備の兵と騎士が殺害されました。現在は賊の行方を追っているところのようですが、まだ見つかっておらず城内に潜んでいる可能性があるため護衛騎士に召集をかけています」


 そうして事情を聞いていると、不意に扉をノックする音が聞こえてきました。誰か来たようですね。


 ですが、騎士達は視線で合図をすると剣に手をかけました。おそらくドアを開けた瞬間に城のどこかに隠れているかもしれない賊に襲われる可能性も考えたのでしょう。


 そうして警戒しながら扉に近づいた騎士が扉を開けると、そこには騎士としての霊を取りながら待機していたアランがいました。


「召集に応じて参上いたしました」

「アランッ!」


 こんな状況に真っ先に駆けつけてくれたアランの姿を見て嬉しくなった私は、思わずアランに向かって足を踏み出しましたがそれは数歩だけ。後は思わず足が止まってしまいました。


「? ……。……っ!? まさかっ——」


 そしてじっくりとアランの姿を見てみると、昨日最後に会った時からアランの状態が変わっていました。

 外見状の変化は何もない。けれど『中身』があまりにも変わりすぎている。私は、そんなことをした覚えはないというのにっ……!


「アランッ! どういう事ですか! どうしてこんなことになっているのです!? なぜそんなにも死んでしまったのですか!?」


 先ほどアランが姿を見せたときの喜びとは全く違う感情を胸に宿しながら止まっていた足を再び動かしてアランの下に駆け寄って問い詰めました。


 だって、それも仕方がないでしょう? こんなにもアランにまとわりつく『死』が濃くなっているということはそれだけ殺したということで、今の状況を合わせて考えると昨夜起きたという襲撃の騒ぎは、アランがやったということなのですから。


「殿下、落ち着いてください。混乱するのはわかりますが、アールズ様に当たったところで何も変わりません。アールズ様お一人で城の全てを守れるはずがないのです」


 ですが侍女達はそんな私の言葉をなんで襲撃犯を抑えられなかったのか、どうしてそんな騒ぎになるほど被害を出してしまったのか、と受け取ったようで、私を諌めてきました。


「それはっ……! ……っ。いえ、……そう、ですね」


 私の言いたいことは違う。けれどそれを説明することなどできるはずがありません。

 なので私はそれ以上何もいうことをせずに息を吐き出して一旦落ち着くことにしました。



 その後はさほど時間をおかずに護衛騎士達が全員集まったけれど、全員ではありませんでした。


「……アーリーは、どうしたのですか?」


 一人。私の護衛騎士たちの隊長であるアーリーだけがその場に集まりませんでした。


 ですが、私が問いかけても誰も答えません。いえ、答えられないのでしょう。


 彼女がこんな時に遅れるとは考えづらいです。

 ではなぜアーリーはこの場に集まっていないのか。それはおそらく……殺されてしまったからでしょう——アランの手によって。


 私は他のものには気づかれないようにアランへと視線を向けますが、アランはなんの反応も示さないまま、動揺することもなくただ立っているだけです。


 どうしてアランがこんなことをしたのかわからない。でも、アランがなんの意味もなくこんな騒ぎを起こすとは思えません。ならそこには何かしらの理由があるはずで、私はそれを聞かなければなりません。

 できることならば今すぐに話を聞きたいけれど、それをするわけにはいかない。


 なら、今私がこの場でやるべきことは……


「お父様に伝えてください。祈りの間に向かう、と」


 他の者の目の届かない場所で二人きりになって話を聞くことです。


「危険です! 現在は賊が潜んでいるかもしれないのですよ? この場に留まり守りを固めるべきです」


 ですがそんな私の言葉は他の護衛騎士に止められてしまいました。当然ですね。私はアランが騒ぎを起こしたとわかっているけれど、他の者はそうではなくまだ賊が潜んでいるかもしれないと考えているのですから。


 けれど、それでも私は動かなくてはならないのです。

 だから多少強引でも構いません。ともかく今はこの場をどうにかしてアランから話を聞かなければ。 


「……いえ、賊は鍵を奪ったのでしょう? であれば、鍵のかかっている部屋を狙うという事になります。それはつまり、私たち王族を狙うかもしれないということです」

「それがわかっているのでしたら——」

「だからこそ、私は移動するのです。王族を狙っているのであれば、当然この部屋で戦うことも想定しているでしょう。だからこそ移動し、敵の思惑を外すのです」


 私の言葉を聞いて何をどう思ったのかは分かりませんがそれでも護衛騎士た侍女達はわずかに狼狽えたようにそれぞれ顔を見合わせたりしています。


「それに、あの部屋は窓がなく侵入はできません。それは逃げ道がないという意味でもありますが、扉さえ守っていれば絶対に安全ということでもあります。ですので、逃げる場所としては」


 それは扉を突破されれば逃げ場がないというのと同義ですが、それ以外は安全だというのは間違っていません。


「それに、祈りを後回しにした結果死霊系の魔物が城内に湧いてしまってはさらなる混乱が起こるでしょう。それはあってはなりません」


 祈りの間がここからそれほど離れていないというのも一役買ったのでしょう。最終的には渋々といった様子でしたが私があの場所に向かうことを了承させました。


 咄嗟の言い訳で少々強引でしたが、どうにかなったようですね。


「それでは祈りの間に向かいます」


 そうして私たちはで早く準備を整えると部屋を出て祈りの間へと向かいました。


「アランだけ部屋の中に入り、扉の前で待機を。他の方は通路側で待機をお願いします」


 急足で向かったからでしょう5分もしないうちに目的地である祈りの間に辿り着きました。


「お待ちください。いくらアランとはいえ、殿下を男性と二人きりにするわけには参りません。せめて女性の側仕え達を入れてください」


 ですがそうして部屋の中にアランと二人で籠ろうとしたところで護衛達に止められてしまいました。


「……申し訳ありませんが、それはできません」


 彼女達のいっていることは正しい。ですが、それはできないのです。


「なぜですか!」


 騎士達はそう問い返してきましたが、アランに話を聞くという目的がある以上はどうしたって一緒に入ることなどできないのです。


 けれど、そうなることはあらかじめわかっていたことです。なのでこの場所にくるまでの間に言い訳を考えておきました。


 私は少し悲しげに迷ったような様子を見せた後、その言い訳を口にしました。


「今回の騒ぎ、私の考えとしては、考えたくないことではありますが、内通者がいます。ですから、私はできるだけ一人でいた方がいいのですが、それでは万が一がありますので一番信頼できる者だけを連れるのです」

「内通者……裏切り者?」


 騎士達だけではなく侍女達も何を言われたのかわからないように呆けた顔を見せましたが、私はそのまま話を続けていきます。


「考えても見てください。城の鍵を保管してある場所を襲撃し、今に至るまで気づかれなかったなど、いかな手練れであったとしても難しいでしょう。それに、アーリーがそう易々と殺されるとは思えません。知り合いでもない限り」

「それは、確かに……。ですがそれだと、殿下は私たちの中に裏切り者がいるとお考えですか?」


 私のいったことに一理あると思ったようで、騎士の一人は頷きかけました。ですがそれでも納得し切れないのでしょう。

 自身の主から疑われたとあってはそれも仕方がないことでしょうね。


「ここにいるのは私が信頼している騎士達です。私が憎くて裏切ることなどないでしょう。ですが……他の事情があった場合は分かりません。例えば、人質などです。家族や恋人を盾にされた場合、本当に裏切らないかというと、私には分かりません。人の思いというものは、時としてどんな理屈であっても止めることができないものだと思っていますから」


 このまま「お前達を疑っているぞ」と思わせたままでは後々に響いてきます。自分のことを信じてくれない主にまともに仕えようと思えるのかというと、それは難しいのではないかと思います。

 けれど部屋の中に入れることができるわけではありません。


 ですので、彼女らも納得できる理由をつけます。


「アランは家族はおらず、恋人もいない。それどころか人質をとったところで意に介さない」


 アランの同僚の騎士がそう口にしたことで他の者達の視線が向けられその騎士はビクリと反応しましたが、私はその言葉に頷いて肯定しました。


「はい。そういう意味でも、アランが最適なのです。もし男性と二人きりにしたことを咎められた場合は、私がどうにかします」

「……かしこまりました」

「わがままを言ってごめんなさい。アーリーがいない今、あなたがここの指揮を取ってください。あなたならできるでしょう?」

「え? ——はっ! お任せください!」


 納得させるためでしたが私が護衛隊長を任せるといったことで、声をかけられた騎士は一瞬驚いたような表情をしましたが、すぐに顔を喜色に染めてはっきりと返事をしました。

 思わぬ状況ではありますが、出世することになったのですから当然でしょうね。


「アランッ……どういうことですか? どうしてこんなことに?」


 そうして私はアランと二人で祈りの間の中に入りました。

 扉を閉めた瞬間振り返ってアランに向かって叫びそうになりましたが、大声を出せば外にいる者達に聞こえてしまうかもしれないと思いとどまり、一度深呼吸をしてからアランに問いかけました。


「隊長がこの部屋に侵入いたしました」

「アーリーが?」

「はっ。何かを調べようとしていたようです」

「何か……それはなんなのか分かりますか?」


 アーリーが……。真面目な者でしたからそのようなことをするとは思っても見ませんでしたが……いえ、真面目だからでしょうか?

 以前の精霊の森での話を聞いて不審に思い行動を起こしたのだとしたら、可能性はあります。あの時の話は他人が聞いていたらどう聞いても怪しいものですし、そばで話を聞いていたアーリーが調べたくなってもおかしくはないかもしれません。あの時も事情を聞きたそうにしていましたし。


「確実ではありませんが、陣の前にしゃがみ手を当てていたのでそれについて調べに来たのではないかと〝私達〟は予想しております」

「そうですか。……私達? ……アラン。私達とは、誰を差してのことですか?」


 アランは淡々と説明していましたが、その言葉の中で少し気になることがありました。

 今アランは『私達』と言いましたが、それは誰のことでしょうか? 一人はアランでいいとしても、もう一人は? 協力者などいるはずがないはずですが……


「私と、『私』です」


 それはとてもおかしな言い回し。だけど私にはそれだけで何を言いたいのかわかりました。


「そう……ならもうすぐそこまで来てるということですね」


 アランがそんなことを言う状況が来たということは、私のやっていることはもう終わりに近づいているということ。


「今回の件は想定外でしたが、うまくやればあと少し……あと少しで終わる」


 ならば、後少し。おそらく一年……いえ、半年以内には終わることでしょう。


 そう思うと自然と口元が緩み、笑みが浮かんできます。


 ですが、そのためにもまずはアランの体に溜まった『死』の調整と、それからアランが殺した者達の魂を集めてしまわないとなりません。


 後少しで終わるというのも理由の一つですが、一人でも無駄にしないためにも。こうなったのも全て私のわがままだだということはわかっています。

 けれど、だからこそ一人たりとて無駄にしてはならないのです。それも私の自分勝手な重いですが、そうなれば、本当に無駄な死になってしまいますから。


「アラン、こちらへ」


 アランを魔法陣の上に呼んで立たせます。


「もう少しで終わります。だから、待っていてください。必ず……必ずまたあなたと……」


 そうしてアランに施していた術を調整し、城に漂っている死者の魂を集め、アランの中へと吸収させていきます。

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