第23話???
——???——
視界の端に剣が映り、僅かな景色のブレとともに剣が視界から消える。
かと思ったらまた剣が視界に映り、また消えた。おそらく剣の素振りでもしているのだろう。
これはきっと誰かの見ている、あるいは見ていた景色なのだ。
なぜそんなものを見ているのかは理解できないが、不思議と心惹かれるものがあった。
「殿下。またこられたのですか?」
規則的に動いていた景色が不意にそれまでとは違う動きをし、一人の少女の姿が映った。
「いけませんか? ここは王城で、私は王族です。自分の家を歩いているだけですよ」
少女は楽しげに話しかけてくるが、視界にうつる景色が僅かにズレると少女の背後では数人の侍女が顔を顰めていた。
「それが通用しないことくらい、わかっておいででしょう?」
「……どうしてそう意地悪を言うのですか? 私がきたら嫌ですか?」
「それは……いやでは、ないです」
これは誰かの視界だ。だから少女の話し相手の姿形を見ることはできないが、それでもなぜだか恥ずかしがっているが同時に喜んでいるのがわかった。
きっと、この視界の主人は目の前の少女のことが好きなのだろう。そう理解すると、不思議と自身の内側で何かが跳ねるような気がした。
「ふふっ、今日はこれくらいにしておいてあげます。その代わり、今度ピクニックをしましょう」
「またですか。あの丘は街の外なので危険なのですが」
「けれど、あなたが守ってくれるでしょう?」
「……はぁ。それが殿下のお望みとあらば」
「では約束です。今度の遠征を無事に終えたら、また遊びましょう」
そう言った少女の笑顔を最後に視界は暗転し、場面が変わった。
「どうして……どうしてこんなことにっ!」
次に映ったのは、楽しげに笑っていたはずの少女が泣いている姿だった。
「……でん……もうしわけ、ありません……」
苦しげな声が聞こえるきっと、この視界の主人はなんらかの要因で怪我をし、死にかけているんだろう。
だが、最後に言葉を伝えることができたからなのか、それだけ言うと満足そうな感情が胸を満たした気がする。
そして視界はかくっと動くと、それ以上動くことはなかった。
おそらく、この視界の主人は——
「ダメッ! ダメですっ!」
と、そこで少女は泣きながら視界の主人に向けて手を翳し、その手を光らせた。きっとあの光は、傷を癒すための魔法だろう。
しかし、本来であれば傷は徐々に塞がっていくはずなのに、視界に映り込んでいた傷は一向に治らない。
当然だ。だって、もう死んでいるのだから。
「殿下……。彼はもう……」
「嘘ですっ! だって、だって約束したんです! また一緒にピクニックに行ってくれるって。また遊んでくれるって! 約束したんです!」
前の場面でも見た少女の侍女が魔法を使う少女のことを止めるが、少女は視界の主人が死んだことを受け入れたくないからか取り乱しながら叫んでいる。
前の場面の時からわかっていたことだが、それほどまでに好意を寄せていたのだろう。
「ダメです。死ぬことなんて許しません。ダメなんです。絶対に、なんとしてもあなたを死なせはしません。それがたとえ、誰から認められなかったとしても」
そう言った少女の表情や歪み、瞳は澱んだように見えたが、それが本当なのかを確認する前に再び視界が暗転し、切り替わった。
「殿下。なぜお——私をこのようなところに? それに、そちらは……アールズ? 死んだのではなかったのですか?」
薄暗く不気味と言える部屋で二人の人物が対峙していた。
片方は騎士の制服を着ており、顔つきは平凡と言って差し支えない青年だった。
もう片方は、顔を伺うことはできないがおそらくその姿と、それから騎士の青年が読んでいた『殿下』という呼び方からして一度目と二度目にもいた少女だろう。
青年がこちらを見ながら『アールズ』と読んだことから、この司会の主人はアールズという名前なのだろう。
だがおかしい。〝私〟はもう死んだはずではなかったんだろうか? なぜまだこの視界は者を移しているのだろう?
「——もし、大切な人を蘇らせることができるのだとしたら、あなたはそれを望みますか?」
少女は青年の言葉に応えることはなく、どこか独白のように青年に問いかけた。
「大切な人を? 何を言って……? それに、そんなことが……いや。できるのですか?」
青年は自分の言葉に答えてもらえなかったことなど気にせず、こちらも半ば自問自答のような様子で問い返した。
「はい。ですが、そのためには必要なものがあります」
「必要な……ああ、なるほど。俺は生贄ですか」
少女の言葉を聞いて訝しげな青年だったが、この部屋の状況と先程の少女の言葉、それから、死んだはずの〝私〟を見て状況を察したのだろう。
それでも理解するのが早すぎると思うが、こいつは昔から空気を読んだり何かを察したりするのがうまかったから、そんなものだろうと納得できる。
少女は自分がやろうとしていることに青年を巻き込み、犠牲にすることに罪悪感を感じているのだろう。壁にかけてあった剣を手に取って青年に向けたのだが、その手は震えている。
「ごめんなさい。勝手なことだとはわかっています。こんなことは——」
「構いません」
そして謝り、震えながらも一歩青年へと足を踏み出した。
が、少女の言葉は途中で青年によって遮られ、言葉だけではなく踏み出した足も止まってしまった。
「——え?」
目の前にいる青年が何を言っているのかわからないのだろう。少女は剣を持っていた手の震えも忘れて青年を見ているようだ。
「俺を、使ってください。抵抗はしません」
「なぜ……」
「同じアランって名前のくせして俺は剣の腕も頭の出来も到底そいつには及びませんが……まあ、これでも親友だと思ってんで。借りがあったまま終わるってのはなんていうか、あれなんで。対等でいたいじゃないですか。俺はアールズに救われました。本来ならもうとっくに死んでるはずだったんです。それも、一度ではなく二度三度と。そんな俺が、役に立てるってんなら、望むところってやつです」
青年は戯けるように頭を掻きながら笑っているが、その笑みは引き攣り、その手は震えている。
「……ごめんなさい」
青年が本気で言っているのだと理解したのだろう。少女は持っていた剣を下ろして青年から視線をそらすと、小さな声で謝った。
「いえ。これは俺の意思です。それよりも殿下はお気をつけください。これは禁忌です。他の誰かにバレでもしたら……」
「わかっています」
「もしバレたら、俺が勝手にやったってことにしてください。そうすれば、殿下にはなんのお咎めも——」
「出来ません。一の騎士はこのアランですが、二番目はあなたです。そんな者に罪をなすりつけて切り捨てるなど、絶対にできません。私は、私の騎士を裏切らない」
「——ははっ。最期とはいえ、俺みたいな不出来なやつが王女殿下からそれほどまでに言ってもらえたんだ。騎士になった成果としては十分すぎるな」
アランと言う名の青年は王女殿下から剣を受け取ると、目の前に広がっている魔法陣の上へと進み、動かない〝私〟をまっすぐ見つめてきた。
「それじゃあアラン。もう俺たちの主人を泣かせんじゃねえぞ」
そう言って寂しそうに、だが満足そうに笑うと、目の前にいた親友の『アラン』は持っていた剣を自身の喉へと突き刺し——死んだ。
アランが死に、地面に倒れるとその衝撃によって塵となって崩れ、その場に残った何かが〝私〟の中に吸い込まれていった。
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