大好きだよゲーム

「コウは『大好きだよゲーム』って知ってる?」


 なじみのその言葉に、俺は首を振って答えた。


「知らないな。なんだそのゲーム」


「合コンとかでやるゲームらしいからアタシも今日初めて知ったんだけど。ルールはすごく簡単なの。お互いに大好きだよって言い合って、先に恥ずかしがった方が負け」


 なるほど。シンプルでわかりやすい。

 それでいて俺たちにピッタリだ。


 それにしても、そんなゲームを普段からやる合コンっていうのはどんな場なんだろうか。

 噂には聞くけど、行ったことはないからな……。


「まあいいか。じゃあそれで勝負しよう」


 そもそも大好きとかいわれたくらいで恥ずかしがる年でもないしな。

 もう高校生だぞ。それくらい余裕だ。

 それに、あんだけさんざん言い合っていたんだ。いくらなんでも慣れている。


 それについさっき、めちゃくちゃかわいいことを言われたばかりだ。

 あれを超えることを言われない限り、恥ずかしがることもないだろう。

 つまりこの勝負俺の勝ちだ。


「それじゃあ始めるよ」


 なじみがそう言うと、俺のすぐそばにまで近づいてきた。

 少し潤んだ瞳で見上げると、俺にだけ聞こえる声で小さくささやいた。


「ねえコウ、大好きだよ」


「……ッ!!」


 不意打ちでもなんでもない、真正面からの告白に、俺はつい顔を背けてしまった。


「はいコウ耳まで真っ赤ー。アタシの勝ちー」


 なじみがニヤニヤと笑みを浮かべる。


 やばい、想像以上に破壊力が高かった。

 よく考えたら、大好きな人から大好きだと言われること以上に幸せなことなんてあるはずがない。

 いつ言われてもうれしいに決まってる。

 慣れるとかなかったわ。


 というか、今思い出すだけでも口元がにやけてしまう。

 破壊力が高いだけでなく継続ダメージまで入れてくるとかやはりなじみは女神様。


「はー、それにしてもアタシから告白されただけでそんなに真っ赤にしちゃうなんて、アタシのことそんなに好きなんだ。照れるなー」


「待て待て待て!」


「なにを待つのよ。先に照れた方が負けなんだから、コウの負けでしょ」


「先行が有利すぎるだろ! 俺からも告白して、なじみが照れなかったら、そのとき初めてなじみの勝ちと認めてやろう」


「……まあそういわれると確かに、アタシが少しだけ有利だったかもしれないね」


「少しじゃなくて明らかに有利すぎるだろ……」


「仕方ないなあ。じゃあ次はコウのターンね。はい、どーぞアタシに告白して」


 余裕ぶって笑いを浮かべている。

 どうせ自分が照れるわけないと思ってるんだろう。

 その余裕を打ち砕いてやる。

 俺はなじみと正面から向かい合った。


「……じゃ、じゃあ、いくぞ」


「うん……」


 なじみがどこか緊張した表情でうなずいた。

 そりゃあそうだろう。なにしろ今から告白するんだから。


 ………………。


 なんか、そう考えたら俺までめちゃくちゃ緊張してきた。

 だってこれからなじみに告白するんだろ?

 考えれば考えるほど緊張してくる。


 対するなじみは、なんだかニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「あれあれ~? まだ言ってくれないの? もしかして、アタシに告白するのが緊張して来ちゃったとか?」


「ぐ……っ」


 まったくその通りだったので反論できない。


「ふうーん、そうなんだー。コウったら、アタシのことがそんなに好きなんだ。そっかそっか。コウがアタシのことをそんなにねえ……。えへへ……」


 ニヤニヤと小馬鹿にした笑みと、うれしそうな笑みが混ざり合っている。

 てっきり真っ先に大好きだよと言ってきたのは先行有利だからだと思っていたが、時間をかければ恥ずかしくなって言えなくなることがわかっていたからなんだな。

 くそっ、いったいどこまで計算ずくなんだ。

 かわいいだけじゃなく、小悪魔的な計算までこなすなんて。光と闇が合わさり最強にかわいい。


 とはいえこのまま黙っていては俺の負けだ。

 男の意地にかけてもそれだけは許されない。


 しかも、ただ言えばいいってわけじゃない。

 なじみに俺よりも照れさせなければいけないんだ。

 ただ普通に好きだと言っただけでは、よくても引き分け。

 むしろ今こうして恥ずかしがってしまっている分、俺の負けと言えるだろう。


 普通に告白しただけでは勝ち目はない。

 ならば、アレをやるしかない。


 俺は恥ずかしさをぐっとこらえると、なじみの両肩に手を置いた。

 その瞳を真正面から見つめる。


 俺の本気を感じ取ったのか、なじみがゆれる瞳で見つめ返してきた。


「……コウ?」


「なじみ、愛してるよ」


「……ッッッ!?!?!?」


 なじみの全身が硬直する。


「なっ……あっ……あいっ……!!」


 真っ赤な顔で口をパクパクと開閉させていた。どうやらまともに言葉を話せないらしい。


「はい俺の時より顔真っ赤ー。なじみの負けー」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!!」


「なにを待つんだ? なじみがめちゃくちゃ照れてるのはどう見ても明らかだろう」


「大好きだよゲームって言ったでしょ! あ、愛してるは、その、ちょっと卑怯っていうか……ルール違反でしょ!」


「ダメだなんて言われてなかったしなあ」


「それに、そういうのは……もっと別の時に言ってほしかったっていうか……」


「別の時って?」


 たずねると、なじみがうつむきがちのまま視線だけで見上げてきた。


「結婚式とか……」


「!!!!」


 いじらしすぎて思わず顔が熱くなるのを感じた。


「ねえコウ、さっきの言葉もう一度言って欲しいな」


「も、もう一度って……」


「もちろん今じゃないよ。もっと別の時がいいの。アタシの言ってること、わかるでしょ?」


「それは、つまり、俺と、その……」


 結婚したいと、そういう意味だよ、な……?


「それとも、さっきの言葉は、ゲームでしか言ってくれないの?」


「そんなわけないだろ!」


 気がつくと大声を上げていた。

 ただ、その、プロポーズ的な意味で言ってくれといわれると、やっぱりちょっとためらうというか……。

 いや、確かに一度なじみにはプロポーズしてるんだけど、あのときは勢いで言えたというか、今改めてといわれると……。


「どうしたの?」


「いや、その、そうやって改めていわれると……」


「やっぱりまだ恥ずかしい?」


「ああ、そうだな……。ちょっと心の整理が必要というか……やっぱりまだ少し待ってほしいというか……」


 俺がそういうと、なじみが口元をニヤリと持ち上げた。


「ふうん。恥ずかしいんだあ」


「……っ!」


 しまった……! そんな反撃方法があったなんて……!


「今認めたよね。恥ずかしいって。はいコウの負けー」


「ま、待て! ちがう! 今のはズルいぞ!」


「先にズルをしたのはコウのほうでしょ」


「いやどちらかというた先にズルしたのはなじみでは……」


 とはいえ、恥ずかしがったのは本当だ。なのでここは素直に認めることにした。


「わかったよ。俺の負けだ」


「えへへ? 本当に? やったー、アタシの勝ちだー」


 両手をあげてなじみが喜ぶ。

 それからふと俺の方をみた。


「ところで、なんでアタシたち勝負してたんだっけ」


「……。そういえばなんでだっけな」


 俺がプレゼントをあげたら、なじみもお返しをくれることになり、でも別に俺はそんなのいらないといって……。

 そして気がついたらこんなことになっていた。

 思い返してみても意味がわからないな。


「でもおかげで思い出したよ。コウからプレゼントもらったから、アタシもお返ししないとね」


「だから本当にいいんだって」


「まあコウならそういうよね。だからひとつ頼みたいことがあるんだけど」


「頼みたいこと? それならいいぞ」


 そういうと、なじみがえへへと笑った。


「ちょうど見たい映画があったから一緒に見に行って欲しいの」


「なんだ、そんなことか。もちろんいいぞ。ちなみになんの映画なんだ」

 話を聞くと、どうやら最近話題の恋愛映画のようだった。

 それを聞いて俺は納得した。


「なじみは恋愛映画を見るとすぐぼろ泣きするからな」


「そうなんだよね……。アタシ涙もろくて……。だからどうしても一人で見に行きにくくて……」


「それはいいけど、プレゼントのお返しなのにどうして映画に行くんだ。もしかしてなじみのおごりか?」


「え? もちろん割り勘だよ?」


 当然のように返ってきた。

 いやまあ最初から払うつもりだったからいいけどさ……。


「お返しとはいったい……」


 そういうと、なじみが笑顔で俺を振り返った。


「だってアタシとデートできるんだよ。うれしいでしょ?」


 とびっきりの笑顔でそういわれて、俺は一瞬言葉を返せなかった。


「はははっ、確かにそうだな。最高のプレゼントだ!」


「そういうこと。それじゃはやく行こ。もうすぐはじまっちゃうから」


 先を行くなじみを追いかけて、俺たちは並んで映画館への道を歩いていった。

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