あなたの温もりに包まれたい

 ドリンクバーから戻ってくると、なぜだかなじみがじっと俺のことを見つめてきた。

 なんだか決意を秘めた目にも見えるけど。


「どうしたんだなじみ」


「……あ、うん。なんでもない。それより、ドリンクはなに持ってきてくれたの?」


「なじみはリンゴジュースな」


「わ、よくアタシが飲みたいものわかったね」


「なじみは甘いものが大好きだからな。でも勉強で疲れた今はちょっと酸っぱいのは飲みたくない。炭酸って気分でもないし、もっとあっさり飲めるものがいいなあ。そう思ってただろ? だからこれかなって思ってな」


「すごーい! さすがコウ。アタシが思ってたことと完全にピッタリだよ!」


「なじみのことならなんでも知ってるからな」


「知りすぎてて逆に引くわ……」


 なぜか志瑞が距離を置いていた。

 俺たちの仲が良すぎて驚いてるみたいだな。



 その後、休憩を終えた俺たちは再び勉強をはじめたが、内容はなにも頭の中に入ってこなかった。

 頭は別のことでいっぱいになっている。


 今日こそなじみと手をつなぎたい。

 とはいえ、きっかけが難しかった。

 勉強中にいきなり手をつなぐのもなんか変な感じだしな。


 どうやったらいいのか考えていると、テーブルの下でなじみの手が触れてきた。

 どうやら同じことを考えていたらしい。

 そのことにうれしくなる。


 そうだよな。

 キスはまだ早いとはいえ、手もつないだことがないのはさすがにおかしいよな。


 それでも自分から手をつなぐわけには……、と考えていると、指先がツンツンと俺の手をつついてきた。

 さらに無言でノートになにかを書く。


『手をつなぎたいな』


 いじらしすぎるだろおおおおお!!


 手どころか全身抱きしめたい。そのままプロポーズしてゴールインしたい。でもダメだ。ガマンガマン。

 とりあえずこのノートはラミネート加工して永久に保存しよう。永久にだ。


 なじみの指先がもう一度つついてくる。

 なのでこちらからも指先でつつき返した。


 つんつん。

 つんつん。


 つんつんつんっ。

 つんつんつんつんっ!


 お互い片手をテーブルの下に隠したまま、指先でつつきあう。

 言葉にしなくても言いたいことはわかっている。

 わかっているからこそ、動くことができなかった。


 それにしても、なんでなじみの指先はこんなに柔らかくてあたたかいの? 触れられるだけで幸せになる。

 なじみの指先ミルクティー。


 つつく指の数はいつしか2本、3本と増えていき、いつのまにか指先だけが絡み合っていた。


 指先を絡め合うだけにとどめる。あたたかくて、やわらかくて、幸せな時間だ。


 すぐそばでなじみがささやいた。


「あれーどうしてそんなに意識してるの?」


 意識してるということは好きということだ。

 それを認めれば負けてしまう。

 だからさらに相手の上をいくことにした。


 腕を引いてなじみから手を離す。


「あっ……」


 となりから小さな声が聞こえる。

 俺は離した手を元の位置に戻すと、そのまま指を絡めるように握り直した。


「……ッ!」


 いわゆる恋人つなぎだ。

 相手の手とふれあう面積が大きくなる分密着度も上がり、なんというか、すごく恋人っぽい。

 ただの友人には許されないつなぎ方だ。


 なじみの耳が徐々に赤くなっていく。

 緊張しているのが固い手のひらからも伝わってきた。


 完全に意識しまくっていたが、ここでさらにダメ押しをする。


「俺たちがテーブルの下でこんなことしてるって志瑞たちにバレたら、なんて思われるだろうな」


「……ッ!!」


 びくりと震える。

 それから、俺にだけ聞こえるようにかすれた声でささやいた。



「なんでそんなひどいこというの……コウのバカぁ……」



 ズキュウウウゥゥゥゥン!!

 恋の矢が俺のハートを打ち抜いた。

 なんだこれかわいすぎる。天使かな? あっそうだ天使だった。


「コウは、アタシとそんな風に思われても、恥ずかしく思ってくれないの……?」


 なじみが寂しそうにぽつりとこぼす。

 これは作戦もなにもないなじみの本音だ。

 飾らない言葉が俺の心を打ち抜く。

 だからこそ本音で答えた。


「恥ずかしくなんかないさ」


「えっ……」


「なじみと一緒になれたんだ。めちゃくちゃうれしい」


「……うんっ。アタシも」


 つなぐ手にギュッと力がこもる。

 触れあうだけだった俺たちの指は、今ではお互いの手と深くつながりあっていた。

 右手を机の下で握りあっているため、利き手とは逆の左手だけで勉強しなければならない。

 でもどうせ幸せすぎて勉強の内容なんて頭に入ってこないしな。じゃあいいか。


 だけどそれはやっぱり、前から見たら勉強してないのはバレバレだったらしい。


「あんたら、イチャついてないでちゃんと勉強しなさい」


 志瑞に怒られてしまった。

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