二人のことは応援してるんだよ

 俺となじみの言い争いが一段落ついたところで、周囲の注目を浴びていることに気がついた。

 騒ぎにこそなっていなかったものの、みんながやけにニヤニヤした目でこっちを見ていたんだ。


「ちょ、ちょっとドリンクバーに行ってくるっ」


「お、じゃあオレも行くよ」


 慌てて立ち上がると、佐東もついてきた。

 流れ的にも勉強はいったん休憩だな。


「なじみもなにか飲むか?」


「あ、うん。じゃあコウに任せるね……」


 ちょっとまだ頬が赤い。

 周囲の視線を気にしてるのかもしれない。


「志瑞は?」


「ウーロン茶」


「りょーかい。じゃあいってくるわ」



 ドリンクバーで佐東がアイスコーヒーを入れながら聞いてくる。


「功って、ほんとなじみちゃんのことを好きだよな」


「いきなりどうした。確かに大好きだけど」


「いきなりもなにも、目の前であんなケンカなのか告白なのかわからないものを見させられたら、誰だって同じこと思うだろ」


 俺もなじみも、相手が好きだとずっと言ってたしな。

 冷静になって考えてみれば、確かにとんでもないことを言いあっていた気がする。そりゃ周囲の視線を集めるのも当然だろう。

 思い出したらだんだん恥ずかしくなってきた……。


「はーあ、オレもなじみちゃんみたいな彼女がほしいよ」


「佐東ならすぐにでもできそうだけどな」


 佐東は見た目はどちらかといえばイケメンの部類だと思うし、話せばおもしろいやつだ。

 モテまくるとはいわないまでも、仲のいい女の子の一人くらいはいそうな気がするんだがな。


「そんな簡単にできたら苦労しないよ。毎日イチャイチャを見せつけやがって。うらやましいじゃねえか」


 本音ダダ漏れの言葉だった。


「功はいつもなじみちゃんとイチャイチャしてるんだろ」


「さすがにいつもってことはないけどな」


 むしろもっとしたいくらいなんだが、そうすると俺のほうが好きだとバレてしまうからな。

 これでもガマンしてるんだ。


「いや、いっつもしてるじゃねえか。このあいだのどっちがかわいいのか写真を見比べさせられたことは忘れないぞ」


「ああ、そういえばそんなこともあったな」


 結局勝負はつかなかったんだが。

 やはり勝敗を他人にゆだねるべきではなかった。

 俺たちの勝負は俺たちでつけるしかない。


 その後しばらく、佐東はまだ見ぬ理想の彼女との毎日について語っていた。

 デートしたりとか、もっと先のことをしたりとか、そういうことだ。


 そんな佐東の妄想を聞いていると、自分の中でもそういうのをうらやましいと思える感情がわき上がってきた。

 もちろん俺にはなじみという世界一かわいい彼女がいる。

 まちがいなく世界で一番の幸せ者だろう。


 だけど、俺たちはまだキスどころか、手さえまともにつないだことがないんだ。


「コウはいいよな。なじみちゃんっていう幼なじみがいてさ。あんなかわいいこと子供の頃から知り合いとか勝ち組すぎるだろう」


「まあな。あのときに人生の運をすべて使い切ったんじゃないかって思うよ」


 その気持ちは本当だ。

 なじみと出会えただけじゃなく、そのなじみが俺のことを好きになってくれるなんて、奇跡的にすぎる。


「ちゃんとなじみちゃんを大切にしてやれよ。うかうかしてると他の男に取られる……ような気はまったくしないけど、やっぱり女の子は男がリードするもんだろ

 なんて、彼女のいないオレがいっても説得力ないんだけど」


「いや、そんなことないよ。ありがとう」


 実際佐東の言う通りなんだと思う。

 なじみは俺のことを好きだと言ってくれているが、それがいつまでも続くとは限らない。

 もしかしたら、ものすごい運命的な出会いがあって、別の男を好きになってしまうことだって……。


「オレはさ、功たちのことを応援してるんだよ。二人には幸せになってほしいと思ってる。いや、そんな必要もないくらい二人はめちゃくちゃ仲いいし幸せそうだけどさ」


「それはうれしいけど、なんでそこまで?」


 佐東は前を向いたまま、少しだけ懐かしむように動きを止めた。


「……。二人は覚えてないかもしれないけどさ。入学式の日、高校デビューで緊張してた俺に声をかけてくれたのが功たちだったんだよ」


「そうだったっけ」


「そうだったんだよ。

 オレは中学の時にいろいろあってさ、だから高校からは変わろうと思ってたんだ。でも、いきなり変わったらヘンに思われないかなとか、やっぱり色々不安もあるだろ。だけど功たちは普通に話しかけてくれた。

 たぶんたまたま近くにいたからって理由だと思うんだけど、オレにとってはすごくうれしくて、自信になったんだ」


 そうだったのか。

 正直、そのときのことは全然覚えていない。

 確かなじみから声をかけたような気がするんだけど……。


「まあ、オレの話はいいんだよ。とにかく、功たちは早く結婚しろってことだ」


「俺だってそうしたいんだけどな」


「……それを恥ずかしげもなく言えるのはほんとすげえと思うわ」


 俺となじみのことを心配していってくれたんだろう。

 その気持ちは本当にうれしいと思う。

 だからこそ、俺となじみの今の関係についてもう一度考えてみた。


 なじみは今どういう気持ちなんだろうか。

 いくら似た者同士といっても、心の中まで読めるわけではない。

 俺と同じことを思ってくれているんだろうか。

 思ってくれているのなら、きっと……。


 俺となじみの分のドリンクを持って戻りながら、俺はあることを決意していた。

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