二人仲良く仲直り

「なんで隠れてたんだ?」


 たずねると、なじみは不安そうにカバンを胸の前でぎゅっと抱きかかえた。


「だって……昨日のことで、きっと怒ってるだろうなって……」


 泣き出しそうなほど声が震えている。


 ……ああ、やっぱりそうなんだ。

 なじみも俺と同じように、昨日のことを気にしていたんだな。

 安堵のような親近感のような、不思議な感情を俺は覚えた。


 昨日、キスする寸前までいっておきながら最後の一歩を踏み出せなかったのは、俺だけじゃなかったんだ。


 俺はなじみの前まで歩いていった。

 正面に立つと、不安に揺れる瞳が俺を見上げる。

 その瞳に優しく話しかけた。


「俺が怒るわけないだろ」


「ほんとう……?」


「そもそも、俺がなじみに怒ったことなんて……あんまりないだろ」


 ないと言おうと思ったら割とあったことを思い出したので直前で言い直す。

 なじみもまた少しだけ笑みを取り戻した。


「そうだよね。コウはいつも優しいもんね」


「だいたい、俺の方こそ謝らないといけないだろ。昨日は、その……き、キスしてあげられなくて……」


 恥ずかしさでつい言葉がどもってしまう。

 なじみも頬を赤く染めた。


「き、き、キスしてあげるってなによ……! コウこそアタシとキスしたかったんでしょ……!?」


「キスしたいって最初に言ってきたのはなじみだろ!? だから俺はしてあげようと思ったんだよ……!」


 俺が反論すると、なじみがジト目になって睨みつけてきた。


「……できなかったくせに……」


 ぐはっ!


「……コウのヘタれ……」


 ぐはぐはっ!!


 それを言われるとなにも反論できない……。

 がっくりとうなだれる俺に、なじみも少し視線を逸らしながらつぶやく。


「ま、まあ。アタシも、その、悪いところがあったっていうか……どうしても、ヘタれちゃったっていうか……だから、ごめん……」


「いや、俺も……」


「ううん、アタシだって……」


「……」


「……」


「なんか、謝るのも変な感じだよな……」


「うん、わかる。アタシも同じこと思ってた」


「だよな。だって、キスできなくてごめんって……」


「そ、そんな恥ずかしいこといちいち口に出して言わないでよ……!」


「あ、ああ、悪い」


「……」


「……」


 お互いに押し黙ってしまう。

 気まずいというか、どう声をかけたらいいか分からない。


 なんか、今更のように猛烈に恥ずかしくなってきた。

 思い出すだけでもまた全身が熱くなる。

 昨日は、なじみと、ほとんどキスをする寸前までいったんだよな……。


 気がつくとお互い無言で見つめ合っていた。

 そんなつもりはなくても、自然と視線がなじみの唇に向かってしまう。


 つやつやでプルプルの唇は、まるで昨日みたいだった。

 俺とキスをするために、いつもとは違う特別なリップを付けてきたんだよな。

 ほんとうに、まるで昨日と同じ……。


「あれ、なじみ……それ、もしかして昨日と同じリップじゃないか……?」


「……ッ!!」


 バッとあわてたように両手で自分の口を隠す。

 えっ、その反応って、つまり……。


 なじみの顔がみるみるうちに耳まで赤くなっていく。


「ち、ちがうから! これはそういうのじゃないから!」


「でも……」


「ほんとに、ほんとにちがうのっ!」


「じゃあ、なんで……?」


 なじみがうつむき、口をもにゅもにゅさせて答える。


「だって……コウがこのリップ、かわいいって言ってくれたから……」


 そういえば、そんなことも言った気がする。


「あ、ああ。それでなのか……」


「うん……そうなの……」


「……」


「……」


 どうしようなじみがかわいすぎて辛い。

 だって、俺がカワイイって言ったのがうれしかったからまた付けてきたってことでしょ?

 そんなの最高すぎない?


 俺が幸福をかみしめていると、なじみが俺の制服を軽く引っ張った。


「それで、どうかな……?」


「どうって?」


「……」


 無言で軽くにらむように俺を見上げる。

 少し唇を突き出してるように見えるのは、気のせいじゃないだろう。

 人類史上最高にかわいいのにさらに小悪魔さもプラスされたその表情を表現する術を人類はまだ持ち合わせていない。つまりかわいい。


 なじみがなにを待ってるのかはすぐに分かった。

 だから緊張しながらも正直な気持ちを伝える。


「もちろん、その、すごくカワイイぞ……」


「~~~~~~ッッッ!!!!」


 ボンッ!

 と音を立てそうな勢いでなじみの顔が真っ赤になる。


「ふ、ふーん。そう。コウって、やっぱりこういうのが好きなんだ……。えへへ……」


 顔中をフニャフニャにさせて喜ぶなじみがかわいすぎて俺も死ぬかと思った。

 なんなのこれ。

 昨日のヘタれた自分とか嫌われたかもしれないとかそういう心配は全部吹っ飛んだ。

 なじみ好き。


「なじみ好き」


「ふえっ!? あ、あの……アタシも、コウが好きだよ……」


 周りに聞こえないよう声をひそめて、耳元で愛をささやいてくれる。

 肌をくすぐるかすかな吐息でさえ甘く感じられた。

 顔がデレデレにゆるんでしまう。止めたかったけど、自分の意志では止められなかった。


「コウったらすごいえっちな顔してるんだけど」


「だって今日のなじみがかわいすぎるから。あんなこといわれてうれしくないわけないだろ。正直今すぐ抱きしめたいくらい。抱きしめていい?」


「~~~~~ッ!! だ、ダメに決まってるでしょこんなところで!」


 えー、残念。


「と、とにかくっ! お互い謝ったんだから、これで昨日のことはもう終わり! 今から元通りだからね!」


「そ、そうだな。俺も忘れることにするよ」


 いつまでも引きずっているのはよくないからな。

 頭を切り替えないと。


「それじゃほら、早く学校いこ。遅刻しちゃうよ!」


 笑顔で駆けだしたなじみのあとを俺も追いかける。

 俺よりも前の方を走っているのは、まだちょっと耳が赤いからだろう。

 恥ずかしがってる顔を見られたくないんだ。

 今日は朝からいろんななじみを見られて幸せだなあ。


 そのまま二人で学校へと向かう。

 いつもの笑顔といつもの距離で、俺たちのいつも通りの一日がはじまった。

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