すれちがいはじめる二人

 なじみは、俺のプロポーズを受ける条件として、なじみの家へ婿養子に来るよう頼んできた。


「それは、どうしてだ……?」


 俺は親父になじみとの結婚を認めさせるため、なじみがうちへ嫁入りさせると約束している。

 それが果たせなくなるのはマズい。


 だから理由をたずねたんだが、なじみは目を泳がせながら少し早口になって答えた。


「えっと、ちょっと『約束』があるっていうか、不可抗力によるやむを得ない事情があったっていうか……。きっと話を聞くと勘違いしちゃうと思うから……。とにかく、コウがアタシの家に来てほしいの」


「いやいや、ちょっと待ってくれ」


 それはマズい。とてもマズい。

 もう親父となじみを嫁に迎えると約束してしまっている。

 今更やっぱりできませんでしたなんてダサいこと言いたくないし、あの親父もそんな約束違いは認めないだろう。


 それになにかを企んでるようでもあった。

 約束を果たせないと知ったら、今度こそなにかしてくるかもしれない。


「できればなじみには俺の家へ嫁に来てもらいたいんだが」


「そう言ってくれるのはうれしいけど……それは、ちょっとできないっていうか……」


 なぜだかなじみは渋っているみたいだった。


「コウこそどうしてそんなにアタシに来てほしいのよ」


「そんなの、なじみが好きだからに決まってるだろ」


「え……」


「なじみが好きだから結婚したいんだ。ずっと一生一緒にいたい。だからうちに来てほしいんだ」


 なじみはまた耳の先まで顔を真っ赤にしている。


「そういうなじみこそ、どうして俺に婿に来てほしいんだ」


「……そんなの、コウが好きだからに決まってるよ。アタシだってコウと一生一緒にいたい。他の人なんて考えられないもん!」


「そ、そうか……」


 世界一かわいい彼女にこんなこといわれてうれしくない男なんていない。

 でも……。

 だからこそ、その願いだけは叶えてあげられない。


「コウはアタシのことが好きなんでしょ?」


「もちろんだ」


「だったらアタシの家に来てくれてもいいじゃない」


「そういうなじみだって俺のことが好きなんだろ」


「当たり前じゃない」


「だったら俺の家に来てくれたっていいだろ」


「でもコウは自分の家が嫌いだっていってたじゃない」


「それはなじみも同じだろ」


「アタシの願い事ならなんでもしてくれるっていったでしょ」


「なじみだってエッチなことでも何でもしてくれるっていっただろ」


「エッチなことはまだしないっていったでしょ!」


「俺は今すぐでもしたいんだけどなあ……」


「そ、そんなこといわれても、女の子には色々と心の準備とかあるというか……、とにかく今はダメなの!」


 強く拒絶されてしまう。

 まあがっつくのは良くないよな。

 それに、あまりこの話題を引っ張るとセクハラになるし。


「よし、ちょっと待て。いったん落ち着こう」


 俺たちはお互いに感情的になりはじめていたのでそう提案した。


「そ、そうね。いったん落ち着かなきゃ。深呼吸、深呼吸」


 なじみもうなずき、すーはーすーはーと何度も深く息を吸う。

 しばらくして顔色も戻り、落ち着いた表情になった。


「一度状況を整理しよう。俺はなじみにプロポーズして、なじみはそれを受けてくれたんだよな」


「う、うん。改めていわれると照れるけど、すごくうれしかったよ」


「そ、そうか。そんな風に思ってくれると俺もうれしいな」


「こんなに幸せになれるなら、もっと早く告白すればよかったね」


「そうだな。自分の気持ちに気が付くのが遅くてごめんな」


「ううん、いいの。アタシだって自分の気持ちに全然気づけなかったんだから」


「えへへ……」

「えへへ……」


 話が進まない。


「とにかく、そういうわけでなじみは俺と結婚してうちに来てほしいんだ」


「結婚はもちろんいいけど、コウの家に行くのは……」


 やっぱりそこにこだわっているみたいだった。


「どうしてダメなんだ?」


「それは、その……いえないの。ごめん」


 なぜか謝られてしまった。

 理由は話せないようだが、どうしても嫌らしい。


 いつもなら、俺はなじみが嫌がるようなことは極力しないようにしている。

 授業だって喜んで一緒にサボるくらいだ。

 でも今回ばかりはそうはいかない。


「でも、コウがうちに来てくれるなら大歓迎だよ」


「それは、その……できないんだ。悪い」


「でもコウはアタシのことが好きなんだよね」


「もちろん世界で一番大好きだ」


「そ、そこまでなんだ……。ありがとう……。でも、だったらうちに来てくれるくらい別にいいじゃない」


「そういうなじみこそ俺のことが好きなんだろ。だったらうちに来るくらい別にいいだろ」


「だから、それはできないって言ってるでしょ!」


「だからそれはどうしてだよ!」


 声を荒らげるなじみに、ついカッとなって大声で返してしまう。


「なじみが好きだからうちに来てほしいんだよ! なんでそれがわからないんだ!」


「アタシだってコウが好きだから来てほしいの! どうしてそれがわかんないの!」


「俺のことが本当に好きなら、うちに来るくらいなんでもないだろ!」


「だったらコウのほうがアタシのことを好きなんだからうちに来ればいいじゃない!」


「はあー!? どう考えたってなじみのほうが俺に惚れてるだろ!」


「はあー!? 自惚れ過ぎじゃない!? コウのほうがアタシのこと好きすぎるでしょ!」


「俺に告白されたときうれしくて泣いてたくせに!」


「いっつもアタシの胸見てエッチなことばっかり考えてるくせに!」


「「なにおおおおお!」」


 気が付くと俺たちはにらみ合っていた。

 結局俺達は似たもの同士だ。

 感情的ななじみに対して、俺もついカッとなって感情的な言葉を返してしまう。


 売り言葉に買い言葉の応酬で、こうしてケンカになってしまうことは昔からよくあった。

 いつもならどちらかが謝って終わるのだが、今回ばかりは俺から謝るわけにはいかない。

 なじみが好きだからこそ、ゆずれないんだ。


 俺が折れないときはなじみが謝る。

 それがいつもの俺達だった。

 だからこそ、ケンカも多かったけど、なんだかんだで今日まで仲良くやってこれたんだ。


 だけどなぜか、なじみもこの件に関してだけは謝る気がないようだった。


「コウのほうがアタシのこと大好きなんだから、アタシの家に来るべきでしょ!」


「なじみのほうこそ俺のこと大好きなんだから、俺の家に来るのが普通だろう!」


「だったら勝負しようじゃない!」


 急になじみがそんなことを言い出した。


「どっちが相手のことを好きか勝負よ! 好きなほうが相手の家に行く! それなら文句ないでしょ!?」


「なるほど、確かにその通りだな。いいだろう。まあ勝負は見えてるけどな。どうみたってなじみは俺のこと好きだし」


「ほんと簡単な勝負よね。だってどうみたってコウの方がアタシのこと大好きだもん」


「はあー!?」

「はあー!?」


 結局似た者同士な俺たちは、逃げることなく正面からにらみ合ってしまった。

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