第5話 ガチ終電の一時間くらい前が心の終電だと思う。

 とりあえず、色々と考えたくないからカレーを一口食べた。うん、辛い。美味しいけども。

「……お母さんがいいって言っていても……いや……ねえ?」

「──私の裸見たことあるくせに」

「それ小学生のときの話だよね? 一緒にお風呂入っただけだし、綾が低学年のときの話だし。まるで僕が変態みたいな言いかたしないでくれるかなあ誤解を招くから」

「……と、とにかく今日は泊まるんです。もう終電なくなりましたし」

 綾は顔を少し赤く染めつつ、カレーをパクパクと食べ進める。……恥ずかしがるなら言わなきゃいいのに。

「いやいや。終電まだあるよ、まだ八時だよね? 余裕であるよここ東京、八王子」

「わっ、私の心の終電はもう終わったんです」

 心の終電って……。それにいつも八時より遅い時間でも帰っているよね。

 今日はなんかツッコミ入れてばっかりだなあ……普段の二倍くらいかなあ。

「心の終電が終わったなら、心を殺して電車に乗って帰って下さい」

 僕は綾にそう言い聞かせてなんとか帰る流れにしようとするけど、

「よっくん……そんなに私に帰って欲しいの?」

 おっと? ハイライト落ちかけてるぞ?

「この後誰か連れ込むつもりなの?」

 どういう神経だよ、幼馴染にご飯を作ってもらって一緒に食べたあとに、別の人連れ込むってどういう神経だよ。

「僕にそういう人いると思う?」

「『いいひと』で有名なよっくんですもんね、いるわけないか」

 そこはもう少し考えて欲しかったなあ。あと、そこ。あからさまにハイライトもとに戻さない。

「と、に、か、く。今日はお家に帰って下さい。駄目です。女子高生泊めるなんてことはしません」

「じゃあ大学生になったら泊めてくれるんですか?」

「綾が大学生になったときは僕はもう社会人なので大学生もアウトです」

「……よっくんのガード固いです……」

「はいはい、カレー食べたら帰って下さい。いいね?」

「……わかりました」

 よし、なんとか納得させ切った。

 ……何気にカレー辛いな。結構。汗かいてきたんですけど。


「じゃあ、また次の土曜日に来ますね……よっくん」

「うん、わかった。気を付けて帰ってね」

「はい……お邪魔しました……」

 心なしかしょんぼりした背中を見せた綾は、そう言い僕の家を後にした。

 バタンとドアが閉まる音がすると、どっと疲れが押し寄せてきた。

「なんで、今日半日以上寝ているはずなのにこんな疲れたんだ……」

 理由を考えればもう明らかだけど。あの謎の押しかけ先輩と、いつも以上に積極的だった綾の対応で、だろう。

 綾と四学年離れている僕は、綾が小学校に上がったあたりから彼女の面倒を見る機会が増えてきた。共働きで家を留守にしていることが多い綾の両親に代わって、僕が綾の家で綾と一緒に遊んでいたんだ。

 それが原因かなんかは知らないけど……、僕が大学に上がった去年あたりから、綾が僕に今まで以上に懐いている。小学生のとき以上に。

「……他にもいいひといると思うんだけどなあ……」

 その懐き具合は、今まで数多くの二次元コンテンツを見てきた僕が見ると、まあつまりはそういう意味に見えてしまえるもので。しかし四つも年下の女の子を恋愛対象として見ることは今の僕には難しくて、今日みたいにいなしていくことが日常になっている。

「とりあえず、お風呂沸かそう……今日はゆっくりお湯に浸かりたいや……」

 お風呂掃除をし、お湯を張り始めると、それまでの間途中になってしまったフィギュアの飾りつけをようやく終わらせ、「やっと会えたね……」と一見気色悪い言葉をまるで戦場から帰って来た人みたいに重々しく呟いては、彼女の姿をまじまじと見つめていた。

 しばらくしてお風呂が沸き、考え通り一時間ぐらいお風呂場でボーっとしてからさっさとベッドにこもり毛布にくるまると、あっという間に眠りについていった。

 よくも悪くも、今日の一連の出来事は、僕の失恋を忘れさせるくらいの効果はあったようだ。別に、感謝はしないけども。

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