壁から出て来た男は相当動揺してしまったらしく、手に持っていた数個のフラスコを落としてしまった。フラスコは高い音を立てて割れる。その割れる音が一瞬の合図トリガーとなって、憲兵が2人拳銃を男に突きつけてそのまま床に押し倒し、拘束した。そして隠し扉へと憲兵が3人程入っていく。さっき玄関のベルを鳴らしてしまうという大きなミスをしでかした憲兵達だ。ここで挽回しようとしているのだろう。

「あ、その男眠らせましょうか?」

 僕は壁の中の階段を上がって行った憲兵から未だ男を組み伏せている憲兵へと目線を移し、声をかけた。

「あ、おかまいなくー」

 憲兵はそう言いながらポケットから小瓶を取り出してその瓶の中身の液体を白い布に染み込ませた。

 え? なにそれ?

 そして、憲兵はその白布で男の鼻と口を塞いだ。すると男はすぐに昏倒してしまう。

「何を? したんですか?」

 僕はそのとてつもなく背徳的な行動を思わず尋ねてしまった。

「ああ、これはですね、トリクロロメタンというんですよ? どんな男でもイチコロできる魔法の液体です。先程お見受けするに、あなたは魔法で敵を眠らせるようですね? 俺はこのトリクロロメタン……一般的にはクロロホルムというのですが、こいつであなたみたいに敵を眠らせるのです」

 へぇ、そんな方法が。

「クロロホルムって、それ〜よく誘拐犯が使う〜薬品では〜?」

 あまり興味のなさそうな声色でリュシーが口を挟んできた。

「ああ、学生君、よく知ってるね、その通り。誘拐犯とかスパイが要人を誘拐する時によくこのクロロホルムで眠らせてから要人を連れてったりするね」

 うう、これは僕の勉強不足か?

「それにしても〜憲兵さんはよくそんなことをご存知で? 私それ、中学生の時、先生に連れられて〜警察に見学に行った時に〜そこの刑事さんから聞いた話で〜、国防大学校の〜、まあ、魔法科ソルシエでは〜そんな話は出ませんでしたよ?」

 リュシーの話を聞いて、なんだかこの憲兵ご怖くなって来た。この憲兵の髪の色は何にも染まる余地のない黒であるが、この黒髪の中にとても重大な秘密を隠しているような……

「ん? んふふ、君、鋭いね。でもね、こんな田舎だとね、憲兵はよく警察とつるむんだ。勿論王都の区憲兵ラ=ブランシュも警察との絡みはあるだろうけどね。こんな田舎に来るともう普通に飲みに行ったりするんだ。そこで刑事さんから聞いたのさ」

 笑顔で憲兵は答えるがその目は笑っていない。

 リュシーも明らかに警戒している。

 僕は、最早誰を信用したらいいのか分からなくなってきた。年明け早々にこんな厄介事に巻き込まれるとは。

 僕は自分の真後ろにあった壁にもたれかかる。


 だが、そこには壁が僕の身体を支えてくれる感覚はなかった。


 え? ここにも隠し扉?


 僕はそのまま後ろへと倒れていく。先輩が僕の方に手を伸ばして、それでも手が届かず、一歩踏み込んで僕に抱きついてきた。

 僕たちはそのまま真っ暗闇の中を抱き合いながら下へと落ちていった。






闇の中をそれなりに落ちてから、僕の背中に硬いものを感じた。そして僕の胸には柔らかいもの。うーん、色々と僕としては困る。先輩はどうやら気を失ってしまったらしい。僕は先輩の身体を少し持ち上げて僕の横に移そうかと思ったが、先輩は僕に抱きついたまま離そうとしない。これは……『ロミュの魔女』でも怖いことが何かあったということだろうか。あとで慰めないといけないのでしょうか。まぁ、隠し扉に気づかなかった僕のせいなのかな?


「んっ……んんっ!」

 先輩がちょっと妖艶な声を出した。気づいたか?

「ん……シャル君?」

 先輩が目を覚ました。僕を抱きしめる腕の力が一瞬強まってから少し弱まって、そのまま解いてくれた。少しわざとらしい。柔らかいものをまるでわざと押し付けているような、その気になればセクシャル・ハラスメントで訴えることが出来そうな。

「あ、ごめんシャル君……もしかして抱きつかれて興奮してるとかないよね?」

 先輩が笑顔で尋ねてきた。ちょっぴり怖い。実際興奮してなかったというと嘘になるからだ。それでも完全に興奮してしまったわけではない。ほんのちょっぴり、ドキッとしてしまっただけである。

「いえ、別に僕は、先輩が大きいからってべつに興奮なんかしませんよ?」

「は? それはそれで男としてどうなの?」

 先輩はつまらなさそうだ。それはそれで反応に困る。

「それで? どうします? 先輩、明かりをつけてくださいな」

 先輩は少し不満そうに魔法で僕たちの周りを明るくした。

「ほら、こっちに階段があるわね。ってことは……」

 確かに先輩の後ろ側には上へと続く階段があった。

「ていうことはこっちですよね」

 僕はそう言いながら後ろに振り返ると、そこには目の前に扉があった。僕は一瞬固まってしまった。自分の後ろに気配を消した人間が立っていたりすると驚くだろうがそれと同じことであり、僕の後ろに予想もしない扉があったために、僕は驚いて固まってしまったのだ。

「先輩、どうします?」

 僕は後ろにいる先輩に、扉の方を向いたまま聞いてみた。

「そりゃあ、もう、突撃するしかないんじゃないかしら?」

 先輩は笑顔で答えた。

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