僕たちはカフェを出てから車に乗り込み、再び車を走らせた。 

 外は雲ひとつなく晴れ渡っていて、車は快調に飛ばすことができた。この頃には車の運転にも慣れてきて、大分精神的にも楽になってきた。

 対向車線にトラックが見える。かなり飛ばしている一台のトラック。

「ねぇ、シャル君……」

 先輩が心配そうに僕に声をかける。そう、トラックから感じられる雰囲気がおかしいのだ。殺気を何故かトラックから感じてしまう。先輩の方がその辺りは多少敏感に感じるのかもしれない。

 

 突然、車がこちら側に飛び出してきた。先輩の雰囲気がどんどんと青いものになって行く。顔はもちろん青ざめているだろう。僕も血の気がひいた。

 先輩が悲鳴らしき声を上げているが、もはや声になっていない。

 僕はトラックが突っ込んできたのでハンドルを思いっきり右へときって、こちらに向かってくるトラックとすれ違う形に持っていく。

 頼む、これから任務だし、まだ死ぬには早すぎると自分でも思う。なんとか、何とかぶつからずに避けてくれ……!!

 力いっぱいハンドルを切っているが、そのハンドルや、タイヤ、はたまた車体そのものが急ハンドルで悲鳴を上げる。とても強い遠心力が車がかかって身体がもっていかれる。力を、目一杯の力を込めて……

 

 目一杯ハンドルを切ったおかげで車はわずか数センチのところでギリギリぶつからずに済んだ。トラックと僕たちの車が完全にすれ違ったことを確認してから今度はハンドルを左に切って、元の正しい車線へと戻り車を一旦止めた。その時に、まさか僕がハンドルを左に切るとは思っていなかったのか、先輩の身体が大きく煽られる。

「ねぇ、シャル君……」

 めちゃくちゃごめんなさい。


 僕は急いで車を降りて、トラックの方に拳銃オートマチック・ピストルを向けた。杖は? 魔法科ソルシエなんだから、というかそもそも僕の主武器メイン・アームはなのだが、パッと手に取ったのは拳銃だった。

 安全装置セイフティを外して引き金トリガーに指をかけるが、トラックはすぐに体勢を立て直し、猛スピードでその場を去ってゆくところだった。

 この時僕が手に取っていたのが杖だったならばまだやりようはあったのだが、たまたま手に取ったのが拳銃だったために撃とうにもそんなに上手くないので撃てず、僕はしばらくの間引き金トリガーに指をかけたままだった。


「シャル君、もう無理だし、もういいわよ」

 車から降りてきた先輩が構えたまま突っ立っていた僕に声をかけた。

「あ、はい」

 僕も拳銃を下ろして、急いで車から降りた時に落としたホルスターにしまった。

「多分、ノール湖にいる敵が私たちの存在、私たちが探りにわざわざ来ていることに感づいているのでしょうね」

 トラックで突っ込んじゃえば、ハンドル操作を誤って区憲兵ラ=ブランシュが巻き込まれる事故が起こったと処理することができるのか……

「ねぇシャル君、私たち、もう命が狙われていると思った方がいいわよ。いつ刺客に襲われて殺されてもおかしくない。向こうがそのつもりならこっちもそのつもりじゃないと。殺しに来たなら殺し返す。わかった?」

 先輩がまるで小さな子供に言い聞かせるように僕に話す。その目はとても真剣でこっちを瞬きせずに見ていた。

「分かりました。向こうが殺りに来たら……こっちから殺ります」

 僕はギュッと拳を握る。その力は自分では信じられないくらいの力が出ていた。よし、こんなに力が出るんだ。やればきっと出来る。

 僕は車に乗った。先輩も車に乗り込む。そしてふたたびエンジンをかけて車を走らせた。これからはいつ僕たちと敵との間で命のやり取りが始まっても何も不思議ではなく、ひょっとしたらあっさり殺されてしまうかもしれないのだ。

 だが、不思議と「嫌だ」とか「死にたくない」とかいった感じのネガティブな、恐怖心から来る感情は僕の心の中に湧いてこない。

心は落ち着いていて、まるで普段通りに近所のカフェに文庫本一冊持っていくような感覚である。

 こんなに精神状態が安定してしまっていいのだろうかと自分でも思ってしまう。なんだかデジャヴがある感覚ではあるが、やはり自分に心はあるのか、自分は血の通ったなのかといったことを考えずにはいられない。

 

 なんでことを考えていると、ふと先輩が何を思ったのかシフトレバーを握る僕の手に先輩の手を重ねてきた。うーん、これはこれで困るんだよな、シフトレバーに手を添えられると……

「シャル君、大丈夫よ、シャル君は1人じゃない。今回もいつもの通りにあなたの隣に私がいるし、私はコンバット・プルーブン実戦証明もっているし、いざとなったら私がやる。シャル君にもそろそろ経験して欲しいことといえば確かにそうなんだけど、やっぱり、シャル君には今まで通りのシャル君のままでいて欲しいから……あと一つ、シャル君に秘密にしてたし、なんならもう言うつもりさえなかったことがあるんだけど……」

 この1番いいタイミングでわざとらしく先輩が言葉を切った。そして、はっきりとは真横なので見えないが、恐らく先輩は上目遣いで僕のことを見ているであろう。ああ、なんと無柳なことを先輩はするんだ。僕がハンドルを握る手に思わず力が入ってしまう。一体、先輩がわざわざ僕に秘密にしていたこととはなんだ、なんなんだ?

「え? 一体なんなんですか?」

 僕は恐る恐る先輩に聞いてみた。

「今回は助っ人が来るって」

「あ、そんなことでしたか」

 僕は拍子抜けしてしまった。助っ人が来るのはむしろ大歓迎である。

 だが先輩はなぜか、どことなく不満な表情を見せていた。

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