Ⅸ
そこに立っている人物は胸の大きさでもう誰だか1発でわかってしまう。いや、やましい意味じゃないよ? この人はリュシーには会わせられない。あの子は絶対ナイフを取り出す。
「もー、男の子なんだからもっとカッコよく吸血鬼くらい退治して欲しかったです」
む、ダサいと言いたいのか。
仕方がないじゃないか。そもそも
初めて
後に先輩に聞いてみよう。
「何やってるんですか? ブリジットさん」
そこに立っていたのは
「何やってるの? って……見ればわかるでしょ? ヴァンパイアハンターよ」
ブリジットさんは左手でナイフをクルクルと回しながら答えた。そんなことをまるで朝飯前であるかのようにするなんて……
「いや、普通そんなのわかりませんよ。ていうかヴァンパイアハンターって、実在したんですね」
「そうよ。表向きは存在していないことになっているけど。私は
少し軋んだような笑顔を見せながらブリジットさんは僕に答えた。ブリジットさんがこんな表情をするのも意外だし、正直意外すぎてまだ気持ちが追いついていない。
むしろ僕には『需品科のブリジットさん』と『ヴァンパイアハンターのブリジットさん』が全くの別人のようにも見える。まず顔つきからして、ブリジットさんの全身から出ているオーラが違う。
需品科のブリジットさんは何というか……かわいいワンコみたいな、放っておけない感じ。
一方、ヴァンパイアハンターのブリジットさんは、何というか、妖艶? その身体のせいでもあるけれどもある種のエロスを醸し出して、その中に狂気のようなものが隠されている。その狂気もエロさと相乗効果を生み出して、新たな魅力を生み出している。
……多重人格者? はは、まさかね。そんなこと。
「あはは、やっぱり、君心の中を読むの簡単だね。嬉しいな、私のことが魅力的だって? うん、嬉しいね。ところで本題だけど、うん、私は多重人格者では無いよ。『需品科のブリジット=ブルム』は演技。この演技を長いあいだずーっと続けているの。凄いでしょう? 褒めて褒めて?」
「あはは、凄い、僕そんなの絶対どこかでボロを出しちゃいますね」
「そうそう、凄いでしょう? 最初の頃は結構ひやっとしたりとかもしたんだけどね。
あ、でも口が軽いというか、すぐ喋っちゃってスパイとかには向いていないっていうのは本当だよ? それだけは素の私が出ちゃっているね」
「あ、そっちは素なんですね」
「うん、でもね、ちゃんと中央憲兵さんに話をしなきゃダメだよ? 私とだけ話をしていられる程あなたは暇な立場じゃないの」
僕は一瞬、ブリジットさんの言っている意味がわからなかった。意味が分からないのであたりをキョロキョロと見回すと、僕の横で
「あ、中央憲兵さん、ごめんなさい」
「あ、いえいえ、区憲兵さん、少しお話を聞かせてください。そこのヴァンパイアハンターの方も一緒に来てください」
「ここは、現場はどうするのですか?」
「我々
「……分かりました」
僕は中央憲兵についていった。
結局中央憲兵の事情聴取が終わって、王宮のすぐ横にある中央憲兵の本部を出られたのは夕方になってからだった。聴取の最中に中央憲兵はお菓子を出してきた。取り調べの常套手段かな? まぁ、普通に頂いたけど。
つまりはパレードは完全に見逃した。あ、別に警備の仕事をサボっていたわけではないし、中央憲兵の方も僕たちの職務怠慢などに起因するわけではないと考えているようだ。
「この聴取が終わったらあとは我々の方で処理しておきます。ご安心を、悪いようにはしません」
などと僕を聴取した中央憲兵は言っていたが、そもそも事件の対応をした憲兵を『聴取』するってどういうことだろうか。なんか言葉の使い方が誤っているような気がする。
何様のつもりだろうか。中央憲兵も、冬が近いとも思えない程暖かい日差しを与える太陽も。
僕はブリジットさんが普段身を置いている需品科が作った高級上着を脱いで軽く畳んだ。今までの寒さが嘘のよう、もしくは僕何ヶ月もずっと取り調べを受けていた?
中央憲兵の本部の前には車寄せがあって、そこには沢山の車が主人の帰りを待つ犬のように止まっている。
僕はその車寄せの端を歩く。ここからだと乗合バスで帰った方が良いだろう。多分この時間帯ならもう動いているはずだ。
僕がある車の横を通ると、その車からクラクションの音が聞こえてきた。犬が眠そうにあくびをする感じ……?
「ねぇ、シャル君、わざと? わざと私を無視したの? 酷くない? せっかくわざわざ迎えに来てあげたのに」
僕は苦笑いを浮かべながら車に乗る。
先輩は結構不満そうな顔をしている。
「その様子じゃまだまだ余裕そうね。普段から態度のでかい中央憲兵の聴取でこってりシャル君絞られてもうクタクタになって出てくるのかなって思ってたのに」
「クタクタなのは事実ですよ?」
「もっと私に感謝しなさいよーー」
先輩が運転席でジタバタとする。車内が大きく揺れる。
「はいはい、ありがとうございます。先輩」
「今の私は『先輩』じゃないんだよなー」
め、面倒くさい……
「あ、ありがとう、ございます。『お姉さま』」
僕が決め台詞を先輩に決めてやると先輩が背筋をビクッと震わせた。
「さ、先輩、早く帰りましょう?」
「……ば、バカ」
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