Ⅴ
「先輩、あんまり振り回さないで下さい」
「何をよ」
「爆弾です」
先輩は僕の手から引ったくった爆弾入りのカバンを振り回していた。
「これはねー、振り回してるんじゃないのよ、腕の動きがこうさせたのよ」
「爆弾なんですよ? しかもテロリストが作った。軍の物じゃないんだから、信頼性が高いはずがありません」
「爆弾なんて、そんな簡単に爆発するもんじゃないから。そう私の勘が言ってるの」
なんか……当てにならなそう。
「シャル君こそ、道合ってるんでしょうねぇ」
「合ってるに決まってるじゃないですか。線路沿いに歩いて行けって車掌さんが言ってたじゃないですか」
「2本目の踏切を渡って、線路沿いとは言っていたけどね」
え? 2本目? さっきの踏切? 僕は先輩の方を向く。
「さ、さっさと戻るわよー。誰かさんは当てにならないから」
そう言って先輩は今来た道を戻ってゆく。
もっと早く言ってくれればよかったのに。
踏切を渡り切っても夜道は続く。月明かりが行く先を照らしてはいるがどうにも心許ない。
「懐中電灯でも借りて来ればよかったですね。気をつけないと側溝とか畑に落ちそうですよこれ」
僕が呟くと先輩は無言で振り回していたカバンを僕に渡してきた。
「ほら、これで明るいでしょう?」
そうやって先輩は指先に炎をつけて前を照らす。
「うーん」
正直言って、微妙。先輩の前は明るいかもしれないが、僕の前はそれほどでもない。
「何か文句でも?」
「いや、先輩は見えるかもしれませんけど、僕にはちょっと……」
先輩が僕の方を見る。
「じゃあ昔みたいに連れて行けば良い?」
そう言って先輩は僕の手を取って先を急いだ。10年以上振りに握られた先輩の手は、実戦に出たとは思えない程柔らかかった。
「あ、先輩、そんな急いだら……」
案の定、落ちていた石に引っかかって僕がこける羽目になる。このあたりの展開も昔と変わらない。
先輩が笑い出した。何がそんなにおかしいのだろうか。
「いやね、なんか、懐かしいなぁと思って」
結局毎回毎回怪我をしたのは僕だったのに、よく大怪我をしなかったものだ。
「怪我しなくなっただけ成長したみたいですよ?」
僕は手で膝の辺りを払ってから、手のひらを先輩に見せた。
「そう……よかったわね」
先輩は前を見ている。だがその顔は炎に照らされて少し赤いように見えた。
「ねぇ、そろそろじゃない?」
「炎、強くしてもらわないとよく見えません」
「ほら」
そう言って先輩は炎を大きくした。
「要するにね、月明かりが地面に映っているでしょう? だから、あそこには水があるってことなの」
「なんかすいません」
先輩は答えずに先を急ぐ。僕も置いてきぼりにされないよう急ぐ。
やがて道は途切れ、地面には黒一色が広がっていた。その中に月が映っていた。これがラタン池か。
「あっ、冷たっ」
先程から先輩は何かしていたのだが、何をしていたのかと思えば足で水を探していたようだ。言ってくれればやったのに。
「シャル君、ここから水よ」
そう言って先輩は足で地面のある一点を指す。行儀が悪いですよ。僕は手早くカバンから時限爆弾を取り出し、それを片手で持って、空いている手で改めて水を探した。
「先輩、入れますよ」
「さっさと入れなさいよ」
僕は水の中に爆弾を入れた。特に何も起こらない。そりゃそうだろうな。爆弾の中の火薬が湿気るだけだから。続いて僕は水の中に爆弾を置いて、手で爆弾に水をかけた。ピシャ、ピシャという音だけが響く。音だけだったらば3歳児の水遊びの音にも聞こえるが、実際には命をかけた作業である。それこそ本来は爆弾処理専門の部隊がやるような。
「どう、どんな感じ?」
先輩が尋ねてきた。
「よくわからないですね。どうです? 先輩もやりますか?」
「いや、いいわ。12月にもなって水遊びなんてしたら手が荒れちゃいそう」
「そうですか」
そう言って僕は爆弾に水をかけ続ける。
「あと少しで爆発予定時刻よ。もうそろそろいいんじゃない?」
先輩が言う。僕は爆弾に水をかけるのを止めて立ち上がって爆弾から少し離れた。
「はい、シャル君。使えば?」
「ありがとうございます。また今度返します」
先輩はハンカチを渡してきた。
「いいわよ。別に、今回振り回したお駄賃だと思って? ほら美少女のハンカチだから……然るところに持ち込めば……」
先輩は言いながらも恥ずかしそうだ。多分顔も赤くなっていることだろう。
ていうか、抑も先輩はまだ若いとはいえ、もう美少女という歳ではな……
「先輩、痛いです。足踏んでます」
「ふんだ」
先輩はそっぽを向いてしまった。
ハンカチをポケットにしまいつつ、僕も懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「先輩、もう18時40分過ぎてますよ?」
「え?」
先輩はそっぽを向いたまま驚いたような声を上げた。
「爆弾、爆発しなかったわね」
「そうですね。やっぱり水に浸けたから火薬が湿気ってくれたんでしょうね」
「ふーん、車掌の言う通りね」
「神様、聖女様、車掌様ってところでしょうか」
「……帰るわよ」
先輩は踵を返す。
酷い! 何か反応してくれてもいいのに!
僕は爆弾を水の中から手早く回収し、カバンに入れて先輩の後を追った。
「なんか、呆気なかったですね」
僕は先輩に声をかける。
「よかったじゃない呆気なくて。何、それとも未だに冒険小説みたいなシチュエーションに憧れてたの?」
「いやいや、憧れたことないですって」
「そうでなくとも、シャル君はどうせ呆気なくない展開が終わった後に身も心も疲れ切ったみたいな顔をするんだから。私からしたらそんな顔されるより呆気ない方が全然いいわね」
「そんな顔してますか〜?」
「うん、してるわね」
まじですか。今度から気をつけよう。
「ま、その顔もその顔で可愛いからいいんだけどね」
「なんか嫌なので止めます」
「あっそう」
「それにしても、列車爆発なんてどういう思考をしたら思いつくんでしょうね?」
「世界は意外と広いんじゃない?」
先輩は答えになってないような答えを返してきた。そうか、世界は広いのか。
「そういうシャル君だってアングレーズに留学してたじゃない?」
「んー、言葉とかはやっぱり違うんですけど、人間はそんなに変わらないですよ」
「そうなの? 私がヘルヴェティアにいた時のルームメイトなんて変態のいい例だったわよ? まぁ、かなりの天才だったのは事実だけど」
それは、先輩の特殊例だとは思うが、まぁ、普通にいい奴だった。
「それは先輩だけでは?」
「多分そうね。どこの国にも猟奇殺人をする人はいるし」
「そんなもんなんでしょうかね」
「かもね」
僕たちは踏切を渡って、いよいよ駅が見えてきた。列車は駅で大人しく僕たちの帰りを待っている。
「ま、もう2度とごめんですよねこんなの」
「そんなこと言うと、あれよ、ほら、本当になっちゃうわよ。だから、そう言うこと言わないの」
「そういうことってあるんですか?」
「あるわよ」
僕たちは駅に入って、列車に乗った。切符売り場も、改札も、待合室もないような駅だ。帰って来た時のために車掌さんには1番後ろの、車掌室に近いドアを開けてもらっている。僕たちはその開いているドアから列車に乗り込み、車掌室をノックする。
「あ、お疲れ様です。どうでした?」
車掌さんが顔を出して聞いてきた。
「無事に。一応爆弾はこのまま王都まで持ち帰ります」
「ま、私は爆弾がどうなったかなんて知りませんけどね」
この車掌さんは話が早くて助かる。
「じゃ、扉閉めて列車出しますね」
「お願いします」
車掌さんは再び車掌室にひっこみ、僕たちはテロリストが眠っている車両に戻る。
「大変お待たせいたしました。車内の安全が確保されたため発車いたします。本日は大変お急ぎのところ大変失礼致しました」
車掌のアナウンスが、事件の終わりを告げる。
そして、列車は再び王都に向けてゆっくりと動き始めた。
「ねぇ、シャル君」
「はいなんでしょう」
「最初の対応は、文句なしだったわよ」
「……ありがとうございます」
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