「こちらです」

 僕たちは守衛に案内されてグラウンドへと連れて行かれた。

 結局僕はその後、何事もなかったかのように守衛に身分を明かし、守衛が無線で誰かと連絡を取って、彼も何事もなかったかのように少佐の元に案内してくれた。

 少し狭いグラウンドでは学生たちが魔法を使った戦闘訓練をしている。見るところ魔法を使っていない子もいるので魔法科ソルシエ以外の子も連れてきたようだ。見ていて青春を感じるような訓練だ。

 勿論指導しているのは少佐。グラウンドの反対側にあるベンチに座っている。少佐は訓練の状況下で口を出すことはない。訓練後にそれとなく指摘して、自分で考えさせるのが少佐のスタイルだ。

 少佐がこちらに気づいた、フリをした。多分少佐は僕らの存在に気づいていたが、何故か気づいていないフリをしていたように見えた。

 少佐は杖を取って立ち上がった。

 黒のショートカットが杖をつきながらゆっくりと近づいてくる。

「お久しぶりです。少佐」

 僕は憮然と敬礼をした。

「相当久しぶりだな、シャルル。卒業して以来か」

 少佐も僕を見上げるようにして答礼をする。

「ええ、そうなりますね。とにかくお元気そうで何よりです」

 僕はありきたりの挨拶しか出来ない。目も合わせられない。

「そうだな、卒業式の後に私の部屋で泣いたりもしたら顔も出しづらかろう」

 うっ……言われた。

 確かに卒業式の後に少佐の研究室で泣いた、うん、泣いた。

 チラッと隣の方を見ると先輩が必死に笑いを堪えていた。

「ところで、その隣の必死に笑いを堪えている挨拶すら出来ない女は誰だ?」

 先輩が少し威圧しながら訊いてくる。 

 本当に仲悪かったんだ……

「あんたに名乗るような名前はないわよ」

 先輩が少佐を見下ろしながら虚勢を張る、声が震えていた。

「ほう、威勢だけは一人前のようだな。礼儀も口の聞き方も全くなっていないが」

 少佐がしたようにうなづいた。

「さあ? 私の教官は誰だったかしらね」

 先輩はそろそろやめておけばいいものを虚勢を張り続ける。

「ふーん、まぁいいや。今日は機嫌がいいからな、許してやる。私の愛弟子が来たのだ」

 僕は少し嬉しくなった。

「ところでシャルル、今日杖はあるか?」

 少佐が訊いてくる。

 勿論杖は持っている。魔法使いとして当然だ。

「ええ勿論。僕の商売道具ですから」

「うん、じゃあ少し付きあって」

 そう言って先輩は目を輝かせつつ僕の手を引いてグラウンドへとゆっくり向かった。

「やめ! 整列!」

 少佐が号令をかける。その声は嬉しさを隠し切れていない。

 少佐の号令に、学生はすぐに整列した。

「今日の君達はとても幸運だ。なぜならここにアングレーズ留学時代に首都アルビオニアで暴徒化した窃盗集団を精神干渉魔法で一瞬で眠らせた、『アルノースの子守歌Lullaby of Alnorce 』と名高いシャルル=アルノース少尉が来ているからだ。そしてこのアルノース少尉が今日君達に特別に訓練の相手をしてくれる、挨拶!」

「「宜しくお願いします!」」

 えー! 勝手に僕の二つ名をバラさないで下さいよ。しかも僕実戦経験ないのに。たまたま警察と銃撃戦になって危なかったから眠らせただけなのに。


「シャルル、ほら、自己紹介」

「あ、どーも、シャルル=アルノースです。」

 これが僕の精一杯の自己紹介だった。

 訓練の相手って?

「ま、まぁ彼は自己主張をしないからな。こんなもんだ。さぁ、ルールを説明しよう。簡単だ君達全員とアルノース少尉で模擬戦をしてもらう。なんでもありだ。以上、こいつも準備運動とうあるだろうし、君達の休憩を兼ねて5分後開始だ。解散!」

 僕が抗議の気持ちをこめてレオノール少佐をじーっと見ていると、レオノール少佐は少し慌てた様子で話をまとめた。

 僕のいないところで話がどんどん進んでゆく。目の前にいるにもかかわらずだ。

 まぁ、ブランクもそんなにないだろうし……




「始め!」

 少佐の声で模擬戦が始まる。声が半笑いなんだな。

「がんばれ〜」

 やる気のない応援は先輩のものだ。あなたの方が単純な魔法の威力だけなら強いでしょう。

 さっき魔法を使っていなかった生徒が物凄い勢いで斬り掛かってきた。

「ゴルルルルァァァ!!」

 呻き声と一緒に。

 木剣は僕の頭を狙っているので、まずセオリー通りに避ける。それから魔法で眠らせる。これが世に言う『アルノースの子守歌Lullaby of Alnorce 』って奴だ。恥ずかしいからやめて欲しいのだが。

 そして残り全員魔法で眠らせようと杖を取り出すが、ここで僕は不穏な気配を感じた。

 残りの学生を見ると魔法使いも剣を持ち、1人だけが杖を持って何かを唱えている。

 ここで僕の、戦いの時ほど冷静になるという悪い癖が発動し、呑気にも考え始めてしまった。

 いやぁ、僕の悪い癖。

 意外とすぐに分かっちゃうんだよね、それ魔法阻害の魔法でしょう? きっと彼は呪文が必要な程まだまだ未熟なようだ。

 そして『子守歌』が発動しないようにして、剣で戦う訳だ。雷を落としたり氷柱を作って飛ばしてもいい。多分少佐の入れ知恵だ。さっき何か話していた。

 何の魔法か分かって仕舞えばあとは簡単。

 僕は魔法の発動をした。原理は簡単。魔法を発動する為に収束しつつある魔力に状態固定魔法をかけて魔力をさせるのだ。魔力が固定されてしまえば、凍った水道管から水が出てこないように魔法も発動しない。

 意外と知られていない裏技である。

 応用すれば魔法を時間差で発動できるので結構便利なのだが。ひょっとして誰も知らない? そんなに無名な技ではないと思ったが。

 その子は魔法が発動しないのを見てポカンとしている。そして青ざめた。魔法阻害を先回りで使われたと思ったのだろう。

 まだまだ未熟者だ。戦いにて隙は致命傷となる。もう一度試してみれば良いものを。別に魔法阻害じゃないんだから。凍結させるけど。

 そこで1番ガタイの良い男子学生が杖を取り出して、電撃を乱射してくる。危ないったらありゃしない。だが仲間の魔法が発動しないのを見てのその判断はとても素晴らしいものだと思う。手数も多いので、対処にも一苦労する。

 段々と埒が開かないような様子になってきたところで僕は『箒』を取り出してそれに飛び乗って空へと舞い上がった。

 『箒』は300年くらい昔ではよく使われていたが、衝突事故や落下して死ぬ危険性が高く、使ったところであまり商売にもならないので段々廃れつつある。今時『箒』で空を飛ぶなんてよっぽどのことがないとしない。僕は妹に「兄上、空を飛んでみて下さい」と言われて練習したから飛べるのだ。普通は飛ぼうなんて思わない。これこそ兄妹愛の為せる業……

 それはさておき学生達は今はもう使われることの殆どない飛行魔法を使う僕に唖然としている。誰かが「卑怯、ルール違反」と叫ぶが、少佐は「なんでもありだ」と言っていたので何の問題もない。そんなことよりも早く攻撃しなさいよ。

 僕は暫く空中散歩を楽しんでから、上から『子守歌』を発動した。




「シャル君『箒』使えたのね。もしかして意外と優秀?」

 地上に戻ってきた僕に先輩が言う

「シャルルはかなりの才能があるぞ。結構偏っているがな。才能だけだったらジャンヌよりも全然ある。ただシャルルのは使いどころが少ないのだ」

 僕の代わりに僕の方にゆっくりと近づいてくる少佐が答えた。確かにそうだ。僕の魔法には使いどころが少ない。

 僕の魔法は一見便利そうだが、大きな弱点があり、全体を無力化するか、1人を無力化するかのどちらかしかなくこれが意外と不便なのだ。ある範囲内の敵だけを眠らせようにもその中にいる味方も眠らせてしまう。あるいは1人づつ発動させる必要がある。

「ところでシャルル、彼らを起こしてはくれないか?」

 少佐が言う。あなた起こし方知ってるでしょう?

「ただ眠っているだけなんですから、少佐も手伝うくらいしてくださいよ」

「シャルルに起こされるから意味があるんだ。

 前にあなたに試しに私に『子守歌』をかけてもらって、それで起こしてもらった時に何を感じたと思う? 屈辱感よ。私が負けたわけじゃないし、負けるとは思っていないけど。それでもあなたが生殺与奪権を握っていると思うと……ね? まぁ、私は正直に言うとあの時新しい世界に目覚めそうだったけど、それはあなたは私を殺さないって知ってるから。私はね、彼らに本当の恐怖を知って欲しい。本当の恐怖は殺されることじゃない。自分の生殺与奪権を握られることだから」

 僕は、少佐がかつて軍のスパイとして活動していて、捕虜になったことがあることを思い出した。そして左足を失ったことも……

 断れないじゃん、そんなことを言われたら。

 ……って、僕が少佐を起こした時にそんなこと考えていたのか。少佐が全然起きなくて物凄く焦ったのに。

 僕は「わかりました」とだけ言って、一人一人起こして回った。




 先輩は学生達の前に立っている。この人は相当小柄な人だが、この人の影は異様に大きい。

「君達はどうだったろうか。因みに彼は単純な対人戦闘なら学年で下から数えた方が早かった。というよりも落第スレスレだった。そこにいるジャンヌ=ロミュ中尉の方が強い、君達も知っているだろう? 『ロミュの魔女』の伝説を。だが敢えて彼女には戦ってもらわなかった。なぜなら彼女は我が国有数の強い魔女だからだ。だが、シャルルはではない。無属性トリックスターだ。だから戦ってもらったがどうだ? 

 全く手も足も出なかったではないだろう? 

 シャルルは強さのベクトルが違っただろう? 

 世の中にはもっとオカシイ奴がいる。自分がどれほど強くなっても勝てない奴がいる。

 諸君の中にはいつかその強さに絶望する時が来る者もいるだろう。今日はそのことを是非知っておいて欲しくて模擬戦を急遽してもらった。各自しっかりとフィードバックしておくように。よし、終わろう、号令!」


「「ありがとうございました!」」


 訓練が終了する。

 僕は少し懐かしい光景を、この影の大きさは何に由来するのだろうと思いながら見ていた。

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