Ⅱ
「さて、どうしましょう」
僕は先輩に問いかける。本気の困り顔もつけておく。かわいい後輩が困っているのだ。これで先輩も僕に救いの手を差し伸べない訳にはいくまい。
「シャル君去年ガイダンスを聞いたんだよね? じゃあもちろんどんな話だったか位覚えているよね?」
先輩は当たり前と言わんばかりに答える。
僕の困り顔と助けてアピールは全て無視された。酷い話だ。
「僕って
先輩は驚愕の表情だが、一体何が驚愕なのか。別に教官とか教授と仲良くしていれば普通にできるのだが。
「それやばくない? サボりって……懲罰とかなかったの?」
普通に仲良くすれば?
「最初から
先輩はついにまばたきすらしなくなった。
眼乾燥しますよ? それ。
「そんなことを教官が言うなんて……その、シ、シャル君の教官って誰?」
眼を見開いたまま先輩は僕に聞いてくる。
「レオノール、レオノール=ベルティエ少佐です」
「あの悪魔のベルティエ!? そんなこと絶対認めない人だよね?」
ついに口が開いたまま閉じなくなってしまった。喉乾燥しますよ? それ。
ていうか『悪魔のベルティエ』って……何それ? そんな渾名があったの? 全然悪魔では無いと思うのだが……人は見かけによらないどころか、内面も意外と分からないもんだな。
「え? レオノール少佐は普通に優しいお方でしたが?」
「ちょっと嘘言わないでよ! 私あの人に何回シバかれたと思ってんのよ!」
ついに先輩は興奮して僕の肩を揺さぶり始めた。
普通はシバかれる方が悪い。
「先輩、やめてください。強すぎです」
軽く首を痛めそうなレベルで肩を揺さぶってくる。
「シャル君が嘘言うからでしょうが!」
「嘘言って無いですよ。まぁ、大学で全然友達ができなかったところで同じく友達のいなかった少佐と意気投合したっていうのもありますけど」
「あっそうなの?」
先輩の興奮はあっという間に収まった。僕の肩から手が離れた。
「なら、納得ね。いかにも友達いなさそうなシャル君らしいし」
む? なんとまぁ失礼な。しれっと悪口を言わないで欲しい。
「事実でしょう?」
「そうですけど……」
また心を読まれた。
何で先輩はこういつもいつも僕の心を読めるのだろうか?
まぁ、いいか。
「で、どうします?」
気を取り直して僕は先輩に問いかける。
「うーん、どうしよう……」
先輩は考えこんでしまった。どうやら一緒に考えてくれるようだ。
まさか本当に考えこむとは、てっきり適当に理由をつけて僕に全部投げてしまうかとばかりに思っていた。
「ちょっと私をなんだと思ってるのよ」
先輩に小突かれた。だから何で心が読める?
「いえ? 何とも?」
僕はそんな内心を適当にごまかしておく。
それにしてもどうしたものか、なかなか困る。あの時ちゃんとガイダンスを聞いておけば良かった。あの時に何を言っていたのかが分かれば今回僕たちがやるべきことも自ずと見えてくるのに。
まぁ、これこそ本当の『後の祭り』なのだが……
「あ、その手があったか」
僕は気づいてしまった。
いるではないか! わりと仲の良い知り合いに1人そのあたりのことに詳しい人が!
「どうしたのシャル君? ひょっとしてガイダンスで踊るとか言わないでしょうね?」
ガイダンスだけに? 寒いわ!
ていうか先輩ってこんな寒いダジャレを言わない人だったような……
「うーん、シャル君が本気で踊るというのなら私は止めないけど、ぶっちゃけシャル君はダンスが下手だからやめた方がいいわよ?」
何故僕が踊る前提?
「踊りませんよ? 僕は、誰に何と言われようとも。自分でダンスが下手なことくらい分かってますから」
「えー」
何故か先輩は不満そうな表情。僕は絶対に踊りませんよ?
「割とあのシャル君の致命的で、見ている私も恥ずかしいレベルで下手なダンスをもう1回見たかったのだけど」
先輩は結構本気で残念がっていた。
やめてくれ踊っている僕も恥ずかしいわ、あれ。
「絶対に二度とあれは踊りません!」
少しキツめに先輩に言っておく、そうでもしないと延々とこの人は言い続ける。
そうして最終的にはガイダンスで踊らされる羽目になるだろう。
「何がともあれ、僕が思いついたのはですね……」
僕は深呼吸をする。これこそ僕の超重大ですよアピールだ。
そのアピールに気づいたのか、先輩は居住まいを正した。
「……聞いてみれば良いんですよレオノール少佐に」
「は?」
先輩は固まってしまった。それこそ正しい姿勢でお人形さんのように。
「レオノール少佐にどの辺まで後輩達に説明してあるのか直接聞いて、それから何するか考えれば良いんですよ」
我ながら名案だと思う。先延ばしともいうが。
「え? ベルティエに聞くの? マジ? せめて他の人にしない?」
そんなにレオノール少佐が嫌いなのだろうか、先輩は。本気で嫌がっている。ていうか、もう呼び捨てしている時点でダメだと思うのだが。
「……あっはい、もしもし、私です。ローランです。はい、ご無沙汰してます。いやー、あの今度
隊長が誰かに電話をかけた。まぁ誰かは大体わかるけど。
「シャルル、ジャンヌ、ベルティエ少佐のアポ取れた。明日の14時に国防大学を行って来なさい。切符はまぁ、明日でもいいだろ」
先輩の表情がみるみる青くなってゆく。
「ねぇ、なんで、なんでよりによってベルティエなのよ!」
青い顔で先輩が叫ぶ。
「こら、ベルティエ少佐だろ?」
隊長が注意する。
「ねぇ、シャル君、なんとかならない? シャル君1人で行ってきてよ」
どうやら隊長の言葉は耳に入っていないようだ。
「ダメです。先輩も行くんです。良いじゃないですか、これを機に仲直りすれば」
「無理よ! あんな年増と!」
あんな年増って……酷い良いようだ。
チラッと隊長の方を見ると、匙を投げるように首を振った。
「先輩、これ以上騒ぐようなら、鎮静魔法使いますよ? ああ、当日騒いだとしても無駄です。鎮静魔法使います。拘束魔法で拘束して急行列車じゃなくて僕の運転で連れて行きます。なんせ、こういう精神干渉魔法は僕の得意なのでね」
僕は最終手段を使うことにした。若干早いような気もするがこうしなければ我儘公爵令嬢様は言うことを聞いてくれない。
「んぬぬ、行けば良いんでしょ! 行けば! あーあ明日風邪引かないかなー」
むむ、先輩は風邪を引くつもりなのか?
ならば、あれを使うか。
「先輩、ちょっとこっち向いて貰えます?」
先輩が僕の方を向いた。
そして向いた瞬間に僕は杖を取り出し、先輩に魔法をかける。風邪予防の魔法を。
「はい、先輩に風邪予防魔法をかけておきました。これで先輩はもう逃げられません」
僕はわざとらしく腰に手を当てて自信満々に言った。
ふふふ、どうだこれで。
「ふええ、酷い酷すぎる。鬼と会わせるなんで極悪だ」
先輩は半泣きだ。普段だったら僕はここで折れる。だが今回ばかりはそうもいかない。
「お好きにどうぞ」
その日、先輩は1日口をきいてくれなかった。
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