青木ヒロシ

「起きろヒロト。いつまで寝ている」


 朝。


 そう。朝だ。


 僕、青木ヒロシが橘高きったかヒロトとして迎える二十七回目の朝。


 都内のマンションに一人暮らしの高校生。仕事は防諜エージェント。同居人は自衛隊から貸与されている備品である所の女性型アンドロイド。


 夢から醒めて迎えた朝の、これが今の僕の「現実」だ。

 二十七回も目覚めたのに、僕は繰り返しこの……なんと言うか、夢のある馬鹿馬鹿しい現実に直面させられている。そう。僕が僕の中二的嗜好と持てる雑学引き出しの全てを込めて執筆中のSF能力バトルライトノベル「デリリウム・デリュージョン」の世界、という現実に。


 地方スーパーの正社員。社歴九年目の三十一歳。築二十五年のアパートに一人暮らし。配偶者なし。彼女なし。飼ってるカメは二匹。できる社員としてバリバリという程ではないが、パートのおばちゃんたちとも出入りの業者さんたちとも事務所でスマホいじってばかりの店長とも、まあカドも立てずに卒なく振る舞い食い扶持を得て、休日には録画した特撮とアニメを観ながら趣味の小説を書いたり、ゲームをしたり、プラモデルやフィギュアで遊んだり、その様子をSNSにアップしたり。

 社会適応した現代のオタク。

 それが僕が本来この身を置いていた現実のはずだった。それが……。


「どうした? 顔色が優れないな。溜息なんかついて。具合でも悪いのか?」


 既に高校の制服であるブレザーとチェックのスカートに着替えた機械の美少女が心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。その普段クールでぶっきらぼうな物言いとは裏腹な態度に、僕は可愛らしさと愛しさを同時に感じてくらくらした。そりゃそうだ。彼女は僕の嗜好のパーフェクト詰め合わせパックなんだから。


 凛堂ロザ。


 自衛隊が試作した自律型多脚ドローン実用化計画「オーナメントシリーズ」の八番機。

 ……と書類上は記録され、予算が計上されているが、オーナメントシリーズは実は次世代機械化代替歩兵、即ち人型ロボット兵の試作運用実験計画だ。

 少子化を含む社会情勢が将来の自衛隊に深刻な志願者不足をもたらすだろうことが予想され、その不足部分を埋める人員を外国人に頼ることも出来ない自衛隊という組織が、その代替を機械をもって補おうと発想するのは理にかなっていると言えるだろう。しかし単に戦闘だけでなく、災害派遣や山岳・海洋救助、各種政府活動に付随する護衛や示威行動など、その硬軟織混ざる多彩な任務を想定するならば、代替歩兵に求められるのはライフルを積んだラジコンではなく、まさに人間そのもののインターフェースとそれを拡張強化した対応能力だった……という設定に僕がしたのだ。

 

 オーナメント8はその完成形。最新のクアンタミック・ブレインに仮想人格AIを搭載し、人間の感情までを理解しうる可能性を秘めた万能アンドロイドとして生み出された。だがそのヒトに近いながらヒトでは決してない人格ゆえに、実証実験で極端かつ不適切な判断や行動をとることが多く、計画は頓挫。該当試作機は危険な失敗作として封印されていたが、ある事件で主人公と出会い、以降、彼のパートナーとして行動を共に……ああ、我ながらなんてコテコテな……もうちょっとこう、工夫と言うか、他の作者さんや作品と差別化しないと読み物としてパンチが出ないぞみたいな意地や気概はないのか。


「やはり体調不良か? 熱を計測する。額に触れるぞ」

「いや、熱はない。大丈夫だよロザ。ありがとう」

「そうか。朝ご飯を作ってある。パンケーキとフルーツだ。コーヒーは今から入れよう」

「ありがとう。顔を洗ってくる」

「ヒロト」

「ん?」

「もしかして、いや。違っていたら謝るし、合っていたとしてもキミに恥ずかしい思いをさせるかも知れないから謝るのだが」

「なに?」

 彼女は僕に背を向けて、壁に向かって話し始めた。

「つまり、キミも年頃の青年だ。人間の年頃の青年というのは、その、身体機能と生理現象の相乗効果で強い性的欲求を抱き、それが充足されないことがストレスになることもあるという資料を読んだ」

「なんの資料」

「私は……機械だ。私のこの身体は人間の女性を模して造られてはいるが、当然生殖機能や性行為を行うための構造はない。だから……キミの持て余す性欲の捌け口になってやることはできない」

「持て余す性欲」

「しかしだ。人間の性行為には一般的に生殖器とされている部分以外の部位を使った愛撫や技術もあると資料に書いてあった」

「だからなんの資料」

「つまりだヒロト、もしキミの憂鬱が青年男子に付き物の欲求不満で、それに対して何か私ができることがあるならば、例えばそれが社会的に多少」

 僕はベットから立ち上がり、壁に向かって不思議な提案を語るアンドロイド少女を優しく抱きしめた。

「……ヒロト」

「大丈夫。気持ちはとても嬉しいし、ロザは僕にとって本当に魅力的な存在だ。いつかは……もしかしたら頼むこともあるかも知れないけれど、今は平気。ちょっと疲れただけで、青年期男子特有の事情を抱えて悶々としてるわけじゃないよ。ロザはそのままでいい。人間の女性に対してコンプレックスを抱く必要もない。確かに人間の女性にできて、君にできないこともあるけど、その逆のことの方がずっと多いだろ」

「私は……」

「大丈夫。僕は君に飽きたり、見捨てたりはしない。大好きだよ、ロザ」

「ばっ、なっ、なっ……」

「バナナ?」

「何を言い出すんだ朝っぱらから! キミのコンディション管理も私に与えられた職務の一環だ! 私がした提案は、単に青年期の男性にとって一定期間ごとの射精が性的能力維持のためとホルモンバランス調整のためにポジティブに働くという資料に基づいた保健学上のアドバイスであって、私という人格をキミがどう思っているかは関係ない!」

「しつこいようだけど何の資料」

「平気ならいいんだ。何かあったらまた相談しろ。コーヒーを入れてくる。キミは早く顔を洗って寝癖を直してこい」

「了解」


 ああ。凛堂ロザ。オーナメント8。君は本当に愛らしい。僕が思い描き、設計した通りに。だから、だから僕は君と向かい合うと複雑を通り越して胸が締め付けられるような心地がするんた。


 君の容姿も、体型も、性格も、君が抱く不器用だけどストレートな主人公への感情も。


 あまりにも、あまりにも、あまりにも。

 僕が考え、僕が望んだ理想の姿そのままなんだ。

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