アラワレナイ・メイト

「アサミ」


 予定よりも早く同窓会の会場に着いてしまった亜紗美が、キョロキョロとケメ子の姿を探していると、唐突に背後から声を掛けられた。振り返ると世の大多数の女性が好むであろう、優しそうでキリッとした顔立ちの男が立っていた。しかし、亜紗美にとっては下心丸出しの、見た目だけを綺麗に着飾った中身の無い男としか映らない。


「誰?」


「酷いな。覚えてないのかよ?」


 親友のケメ子には毎日のように酷いと言われ、今は目の前に立つ見知らぬ男にさえ酷いと言われた亜紗美は、自分はそんなに酷い女だろうかと真剣に悩んだ。


「数週間前にもカフェで会っただろ?」


「あのさ、同窓会でナンパとかマジにウザいんだけど」


 最近行ったカフェで男と話した覚えは無い。男の慣れ慣れしい口調に対して、亜紗美はだんだんと腹が立ってきた。


「アンタ、来る場所を間違ってんじゃないの」


「間違ってないって。同じクラスだったトオノマモル」


 クラスの男子の名前など亜紗美はイチイチ覚えてはいなかった。ハヤシのように特徴のある者ならまだしも、彼以外のその他大勢で特に亜紗美の記憶に残っている男子はいない。当時の亜紗美が付き合っていたのは、近くの高校に通っていた三つ年上の男だった。そんな彼女にとって中三の男子などは興味の対象外でしかなかったのだ。


「トオノだろうがオオノだろうが、とにかく私はアンタを知らない」


「だからトオノだって。そんなにピリピリするなよ。まぁ、そりゃたしかに話したことは無かったけどさ」


 それならば話し掛ける必要は無いだろう、と亜紗美は思った。過去に話したことが無いのなら、共通の思い出で盛り上がる話などできやしないのだから。


「マモル! 何だよ、お前。急に無視していなくなりやがっ──おぉ、九条くじょう。女に磨きがかかったって感じだな」


 トオノの背後から巨人が現れて亜紗美は少しだけ驚いた。この巨人が間違いなくハヤシであるとはわかったが、記憶しているハヤシよりも眼前の男は遥かにデカイ。


「人間のハヤシだよね?」


「はぁ? 木が同窓会の電話をかけたり案内状を送ったりするかよ」


 ハヤシの言うことはもっともだと亜紗美も思う。


「ケメ子は? 一緒じゃないのか?」


「一緒じゃないよ。電話した時は凄い乗り気だったんだけど……後から来るんじゃない? あの子のことだから」


 そう言葉にしながらも、亜紗美はどこかで胸がざわつくのを感じていた。ケメ子はこういうイベントには真っ先に現れるタイプなのだ。


「おい、ヨシヒサ。お前から説明してくれよ。こいつ、おれのこと覚えてないって言うんだ。それでナンパか何かだと誤解されてんだよ」


「あのなぁ、マモル。お前がそんなこと言える立場か?」


 ハヤシがそう言うとトオノは苦い顔をして黙ってしまった。大方このトオノという男は、何も覚えていないうえに日頃からナンパも頻繁にしているのだろう、と亜紗美は察した。無言が肯定を雄弁に語っている。


「だいぶ集まってきたな」


 フロアを見渡してハヤシが言った。亜紗美が窓の外へ目をやると、新宿新都心のビル群に明かりが目立ち始めていた。


「おれはちょっと出席者名簿を見てくる。バー・ラウンジで好きなもの飲んでくれ」


 また後でと言ってハヤシは歩き去った。トオノと残されてしまった亜紗美は、手持ち無沙汰ぶさたを感じてバー・ラウンジの方へと歩きかけた。


「なぁ、アサミ。別に覚えてないならそれでもいいんだ。たださ、なんて言うか……」


 トオノと会話をする気はなかったが、呼ばれるままに亜紗美は足を止めた。


「なんていうか何? 愛の告白ならお断りだけど」


「いや──」


「マモルッ!」


 突然の大声に、呼ばれたトオノだけでなく、亜紗美までハッとさせられた。見るとハヤシが慌てた様子でこちらに近づいてくる。周りに群がるかつての同級生たちも、何事が起きたのかと好奇の視線をハヤシに向けていた。


「マモル! おかしい……絶対に有り得ないッ! クソッ、誰だよ、こんないたずら」


「落ち着けって。一体どうしたんだよ?」


 亜紗美から見てもハヤシの取り乱しようは尋常ではなかった。


「待てよ、待て待て! あの事を知っているのはおれとお前……でもあいつらは」


 ハヤシは一人でブツブツ呟きながら、手に持っていた紙を乱暴に広げた。ハヤシの手元がぶるぶると震えて、カサカサと紙の擦れる音が聞こえる。


「……来ていない。ケメ子もチエも」


 親友の名前がハヤシの口から漏れて亜紗美はドキリとした。ケメ子が関係しているのだろうか。


「おい、ヨシヒサ!」


 トオノの声でハヤシがビクッと顔を上げた。その瞳は焦点が定まらずに泳いでいる。トオノはハヤシが手にしている紙をむしり取った。トオノの目が素早く紙面を走り、しばらくしてある一点で止まった。


「ルリ……」


 トオノはそう呟いて固まってしまった。瑠璃るりという子に関する中学時代に起きた事件を、誰かから聞いたことがあるのを亜紗美は思い出しつつあった。

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