第14話 試練―晶斗


「お前、上位者マスターズクエストのこと知ってた?」

「うん。」


登校途中にシュウに聞いてみると、当然だろって顔をしてヤツは言った。なんだよと思って不服な顔をすると、「え、知らなかった?」と逆に聞かれてしまった。


「最近色々忙しかったから。」

「まあそうか。」


シュウはその一言で全部を察したって顔をして言った。


お前が生意気にすべて察するな。

そう思って僕は、持っていたカバンでシュウのケツをたたいた。



「お前も告白しろ。

ほんで振られろ。」

「振られるまでセットにすんな。」

「んじゃOKされるのかよ。」

「それはない。」



天音にはあきらめないって言ったけど、今後どうしたらいいのか僕にはまったく分からなかった。その八つ当たりをシュウにしてみたけどいい案が浮かぶわけではなくて、もう僕はお手上げ状態で学校へと向かった。



「会いに行きなさい。」

「お前…。」



天音はいい意味でも悪い意味でもはっきりしたやつだ。

昔からこういう性格だったから友達が多い反面敵も多くて、何度もしなくてもいいケンカしているのを見たことがある。

でもこいつが間違ったことを言っている時は、今まで一度もなかった。思い返してみればそうだなと思ってはみたものの、「わかりました!いってきます!」っていうほどの勇気はなくて、僕は盛大にため息をついた。



「辛気くっさ。

そんなんだから振られるんだよ。」

「ですよね…。」



いくら貶されても動く気になれなくて、僕は抜け殻のように椅子に座っていた。天音はそんな僕を見て僕より盛大にため息をついた後、追い打ちをかけるようにして「しょーもな」と言って、自分の席の方に去って行った。



1時間目は国語の授業だ。

抜け殻になりながらもその判断はかろうじてすることが出来たから、鞄の中から何とか教科書を取り出して、とりあえずどうしようか考えつつ授業を受けることにした。



「じゃあ、テスト返しま~す。」



かんっぜんに忘れてたけど、そう言えばそろそろテストが返ってくるころだ。

いつも国語の成績が一番悪いのに、なんでこういうメンタルの時に返そうとするんだ。僕は心の中で国語の若い女の先生にイライラしつつ、自分の名前が呼ばれるのを待った。



「はい、篠田君~。」



割と出席番号早めの僕は、身構える間もなくすぐに呼ばれた。シャキッとしない気持ちのまま受け取りたくないそれを受け取って、また冴えないだろう点数を確認しないまま席へと戻った。



「はあ…。」



もう見ないままシュレッダーにでもかけてやろうか。

そう思わなくもなかったけど、そんなことをしたら某アニメの主人公みたいに鬼みたいな母さんに怒鳴られる。


そっちの方がよっぽど憂鬱だって思いなおして、僕は渋々裏返して置いていたテストをひっくり返してみた。



「うそ、だろ…。」



僕の予想に反して、国語の点数は82点をマークしていた。

いつも平均60点くらいしか取れない僕に、この点数は快挙みたいなもんだった。


多分、岩里さんに教えてもらった(といっても天音たちに説明するのを盗み聞ぎした)おかげもあるんだろうな。さっきまでどんな顔をして会えばいいのか分からないって思ってたのに、急に会いたい気持ちが僕の中で育ち始めた。



「よし。」



僕ってまじでバカだな。

自分でも自覚できるほど単純だけど、テストの点がよかったことでテンションが上がった僕は、勉強会のお礼を言いに岩里さんのところに行くべきだって思った。

多分僕が行かなければ、振ったほうの岩里さんから来てくれることなんて絶対にない。


天音に諦めないって宣言しておきながら、何もできてないなんて情けないぞ!


僕の中のヒーローが顔を出してきて、僕自身にそう問いかけてきた。



そうだよな、アレックス。

今日図書館行ってくるわ!



誰に返事をしているか分からないけど、僕は心をおらさないためにも自分の中のアレックスにそう言って決意を固めた。




「天音、行ってくるわ。」

「お、頑張れ。」



放課後まで決意を折らなかった僕は、天音にも宣言をした。

これで絶対に逃げられないぞと自分に言い聞かせて、僕は意を決して席を立った。



決意を決めたはずなのに、僕の足取りは今までで一番と言っていいほど重かった。教室から図書館まではそんなに距離がないはずなのに、なかなか前に進まないせいかとても遠く感じられた。さっきまでスーパー前向きモードだったはずの僕は、嫌われたらどうしようとかしつこいって言われたらどうしようって考えていて、思考回路はどんどんネガティブな方向へと進んでいた。



こんなんじゃだめだ、とてもじゃないけど話しかけられない。

しっかりしろ!



何度も途中で方向転換したくなる気持ちを何度も自分で立て直して、僕はようやく図書館へとたどり着いた。



「よし。」



図書館のドアを前にして、僕は小さく一言声を出して気合を入れた。

そして少し呼吸を整えたあと、勢いよく、でも静かにドアを開けて、彼女が座っているであろう席の方に向かった。



久しぶりに会う司書の先生と、ふと目があった。

僕が静かにぺこりと頭を下げると、先生はにっこり笑って「来てるよ」と言った。



やばい、もう学校全員にバレてるんじゃないか。



そんなはずないけど少なくとも先生には僕の気持ちがばれていそうで、やっぱり走って戻ってしまおうかなと考えた。

でもバレてたからってここで引き返したらまじでかっこ悪いだろ。僕は僕の小さなプライドで何とか足を前に進めて、彼女のいる席の方を覗き込んだ。



…いる。



先生が来てるって言ってたからいる事はわかっていたんだけど、実際その姿を目にするとやっぱりドキドキする気持ちと、"好きな人がいる"って言われた気持ちが同時にあふれてきて、キャパシティの少ない僕の心臓は爆発しかけた。



図書館が静かなせいもあって自分の鼓動が耳の奥まで響いてくるようで不快だったけど、僕はそんな心臓を何とか整えつつゆっくりと彼女のもとへと向かっていった。



僕が近づいていくと、岩里さんはゆっくりと顔を上げた。

目が合った瞬間岩里さんはびっくりした顔をして、そしてそのまま少し気まずそうに小さく僕に向かって礼をした。


心の中はもうぐちゃぐちゃだったけど、僕は出来るだけ冷静な顔をして彼女の礼に片手を上げて答えた。



「ごめん、邪魔して。」

「ううん、大丈夫。」



そうは言ったけど、岩里さんはずっと気まずそうな顔をしていた。

やっぱり来るのが早すぎたかな。

後悔してみたけど、もう会いに来てしまったんだから取り返すことも出来ない。とりあえず伝えたいことは伝えなきゃと、僕はもう一回気持ちを作り直した。



「国語のテスト、

20点も上がったんだ。」

「すごいね!おめでとう。」

「ありがとう。

岩里さんのおかげだよ。」



はっきりそう言うと、今度は少し照れた顔をして岩里さんは「私は何も…」と言った。確かに僕は直接質問したわけじゃないからその言葉は正しいのかもしれないけど、ためになったのは確かだって思って「それでもありがとう」と言った。



「私も、ねっ。」


すると岩里さんは少し勢いよくそう言った。

まさか彼女から何か話してもらえると思っていなかった僕が、驚きつつ「ん?」と言うと、また少し恥ずかしそうな顔をしていた。


「篠田君に教えてもらった問題が

テストで出たの。

ちゃんと正解できたよ。」

「そっか。」



僕が教えるまでもなく岩里さんなら正解を導きそうな気がしたけど、そう言ってもらえたことは素直に嬉しかった。



「ありがとう、私も。」



それに話しているうちに、お互いの間に流れていた気まずい空気が少しずつ溶けていく感じがして、今日こうやって話に来てよかったって思った。



やっぱり天音は、いつも正しいことを言うやつだ。




「あの、さ。」



でも今日僕が一番言いたかったのは、テストのことじゃなかった。


岩里さんには、このまま気まずい気持ちを抱え続けてほしくなかった。それはもちろんまだあきらめてないからってのもあるけど、せっかくなかよくなれたのにこれで終わりなんて、なんだか悲しい気がした。


振られた方が言うセリフではないのかもしれないけど、僕はここで僕たちの関係を終わらせるわけにはいかない。そう思って慎重に次の言葉を探した。



「こないだは突然、ごめん。

こんな風になっちゃったけど…。

前みたいに、本は貸してほしいんだ。」



多分岩里さんは僕のこと好きって感情はなくても、本の感想を共感できることは少しは嬉しいって思ってくれてたはずだ。それに僕が本を借りていたのは、彼女のことを好きだからってだったんだって思われたくなかった。


確かに岩里さんとの距離を縮めたくて借り始めたってのは嘘じゃないんだけど、借りたおかげで本当に本が好きになりかけてるんだってことが伝えたくて、僕は僕の持っている語彙でそれが伝わるように精いっぱい言葉を紡いだ。



「うん。

こちらこそ、お願い、します。」



僕のその気持ちを汲んでくれたのか、岩里さんは気まずそうな顔をちょっと笑顔にして言ってくれた。



よかった。笑ってくれた。



それだけで僕は心底安心して、心の底からの「ありがとう」を彼女に言った。



「それじゃあ、行くね。」



あまり長居しても僕の心臓も持ちそうになかったから、僕はそそくさとその場を去ろうとした。すると珍しく入口の方から少しガラの悪そうな男4人組が図書館に入ってきて、岩里さんの前の前くらいの席に座った。



「ここならいいだろ。」

「そうだな。

お前はやく見せろよ、その女!」



何を話しているか分からないけど、どう考えても物騒な話を、男たちは図書館に似つかわしくない大きな声でした。しばらくしてもそのおしゃべりは止まることがなくて、岩里さんは見るからにソワソワし始めた。



「ちょっとお前!早くしろって!」

「はははは、なんだよこのブス!」



図書館には珍しく僕たちの他にも人が来ていたけど、人が少ないことには変わりなかった。その男たちは人が少ないのをいいことに大声をあげて話し続けて、ついには椅子じゃなくて机の方に座ったり、図書館内では禁止されている飲食を始めたりした。




注意した方がいいかな。

その方がいいんだろうけど、司書の先生もいるし大丈夫か。



そう思って先生の方をみると、なぜか席には先生がいなかった。



うっそだろ、こんな時に。



そのまま放ってかえっても僕には害はないんだろうし、岩里さんに害を与えそうでもないからそのままにしておけばいいのかもしれない。僕ってやっぱり情けないなと思ってふと岩里さんの顔を見ると、すごく不安そうな顔をしながら立ち上がろうとしていた。



え、もしかして注意しようとしてる?



僕はこんなに情けないのに、意外と勇敢な岩里さんに驚いた。でも岩里さんは立ち上がろうとはしているけど、どう見ても不安そうな顔をしているし、手も震えていて、もう見てられないって思った。



なんなんだよ。



人生で一番かかわりたくない人種だった。

同じ高校とはいえ、関わるのを避けている人種だし、これからだってできれば目も合わせたくない。



でもそんな人種と岩里さんを残して、ここを去れるのか?

こわがってる岩里さんに、注意させるのか?



こんなとこでヒーローとしての自分が出てくるのは本当にやっかいだったけど、出てきた正義をまたもとに戻す方法を、僕はまだ知らなかった。



嫌だなと思いつつも僕の正義は僕の足をどんどんそいつらの方に向けていて、気が付けばそいつらのすぐ後ろまでたどり着いている僕がいた。



「何?」



僕に気が付いた男が一人、そう言った。

上靴の色を見てみるとそれは1学年下ものもだってのだけ分かって、怖いって思っていた気持ちが少し和らぐ感じがした。



情けないな、と思った。



「ここ、図書館だよ。」

「うん。」



だから?って顔で、1年生がこちらを見た。

だから?じゃないから。僕は気持ちだけでも強く持って強い目線でそいつをみた。



「他の人もいるんだから、

図書館では静かにしようよ。

お菓子もここは禁止。」

「え~?」

「他にも空き教室あるでしょ?」


はぁ、殴られたらどうしよう。

僕はアレックスみたいに音だって聞こえないし、動きだって鈍い。

よけれなくて殴られたら余計ダサくない?


もう、なんで?

何で僕ばっかりこんな試練が?



こないだ振られたばっかなんだよ、僕。

この辺で勘弁してくださいよ、ほんっっとに!!!




心の中では情けないことを考えたけど、表情だけは崩さなかった。これはアレックスの時に培った能力で、まさかゲームが日常生活で役に立つと思っていなかった僕は、そこで初めてセヴァルディに感謝をした。


しばらく男たちも僕の方を怖い顔をしてみていて、僕たちは分かりやすくにらみ合っていた。すると一瞬緊張の糸が途切れた後、そのうちの一人が「いいじゃ~ん」と言った。



「ダメ。

ルールは守ろうよ。

その方が絶対楽しいよ。」



アレックスモードになっている僕は、アレックスの言葉を借りて言った。するとあまり僕がしつこかったからか4人組は「行こうぜ」と言って、あっさりとその場を去って行った。



ぷはぁああ~~~~っ。



なぜか息が出来ないような気持になっていた僕は、そこで大きく息を吐いて気持ちを落ち着けた。



な、殴られなかったぁぁああ。

こわかったぜぇええっ!



まだ少しびくびくしつつ岩里さんの方を振り返ると、彼女はとても驚いた顔でこちらを見ていた。



僕って、そんなに頼りなく見えるかな。

いや、確かに頼りないわ。



びっくりされても仕方ないかって思ったけど、あまりに岩里さんが動かないもんだから、ちょっと心配になって彼女の顔を覗き込んだ。すると僕の顔を見て我に返ったのか、岩里さんがハッとした後動き始めたから、「大丈夫?」と聞いてみると、「うん」と言ってくれた。



「よかった。

それじゃあ、また連絡する。」

「うん。」


まだ少し動揺してそうだったからここにいた方がいいかなと思ったけど、僕がいても気まずいかと思って去ることにした。僕は僕だけに降りかかり続ける不幸を嘆きつつ、入口の方に向かった。



「あの…っ。」



すると僕が見えなくなるギリギリのところで、岩里さんに呼び止められた。反射的に振り返ると、岩里さんは立って少しもじもじしながらこちらを見ていた。



「あの…っ。」

「ん?」

「い、いや…。

あ、ありがとう。」

「ううん、全然。」


彼女からのありがとうをもらえるなら、怖い思いをして注意してよかった。僕は複雑な心の中とか怖がってた気持ちとか、全部その一言で忘れてしまって、ちょっと弾んだ気持ちのまま家まで帰った。



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