第6-2話 宿敵―晶斗


必死に追ったのもむなしく、ヴァルはミーシャの肩をつかんでそのまま下の方に投げつけた。今まで順調に進んでいたはずのミーシャの体は一瞬で真っ逆さまになって、本人も今の状況を全く把握できていなさそうだった。



「まっじかよ。」



ヴァルはこんな状況でもしっかりと下の方を見て、中継地点に落ちることなくそのままぬるぬるの海に落ちるような軌道でミーシャを投げていた。


このままでは僕のせいでミーシャが脱落することになる。

それだけは避けたい僕はいったんコースから離脱して、トップスピードでミーシャを助けに行った。



「ミーシャ!」


僕が呼ぶ声に反応して、ようやく正気を取り戻したミーシャが僕の伸ばした手につかまった。ギリギリのところで手につかまったミーシャは、そのまま瞬間移動をして中継地点まで僕を戻してくれた。



「ありがとう、助かった。」



正直ミーシャをつかんだ後のプランを全く考えていなかった僕は、ミーシャを助けに行ったはずがいつの間にか助けられていた。一気に情けなくなってうつむくと、ミーシャは「こちらこそ助けてくれてありがとう」ともったいない言葉をかけてくれた。



「あの、ごめん。

僕のせいで…。」



僕がヒーローらしくもなく焦ってそう言うと、ミーシャは笑顔で首を横に振った。



「アレックスのせいじゃない。

大丈夫。」



優しい子だ。

どう考えても僕のせいなのにそれをせめることなく、ミーシャはまっすぐと上の方を見据えた。


「あれって、セヴァルディだよね。」

「うん。」

「前、うちのパーティーの子がね、

手柄奪われたの。

それだけじゃなくて、暴力まで振るわれてた。

許せない…。」



ミーシャは珍しく強い口調でそう言った。

他のプレイヤーに理由もなく暴力をふるうなんて、どう考えても規約違反だ。でもあいつはいつもばれない様にわざとじゃないってことにしてうまくごまかしたり、クエスト中の事故としてさりげなくそういう行為をしたりしているから、ギリギリのところで追い出されないらしい。



「絶対、負けない。」



僕たちがこうしているうちにヴァルはもうゴール近くまで行っていたけど、ミーシャはまだ闘志を燃やした目をしていた。


「ふふ。」

「え…?」


その姿が可愛くて思わず笑ってしまうと、ミーシャは不思議そうな顔をしてこちらを見た。


「ごめんごめん、

僕も同じ気持ちだからさ。」


こんな時にかわいいななんてのんきなことを考えているってのをごまかすために強い目をしてそういうと、ミーシャも力強くうなずいた。


「おいおい、二人とも俺のこと忘れてるだろ。」

「あ、シュウ。マジで忘れてたわ。」


その時まだ中継地点に残っていたシュウが、呆れた顔で言った。ミーシャもそこでようやくシュウに気が付いたみたいで、「あ!ごめん!」と慌てて言った。


「んで、どうすんだよ、あれ。」


シュウが指さした先には、余裕そうにぐんぐん先に進んでいくヴァルの姿があった。シュウの能力で僕らの足場を固めてもらおうと思ってチラッとシュウをみると、僕が言葉を発する前にシュウは首を横に振った。


「連れてってやりたいけど、無理。

もう自分の足元固めるくらいのMPしか残ってねぇわ。」

「だよな。」


シュウを頼ろうとした作戦が失敗して、僕はまた頭の中で作戦を練り直した。色々と考えてみたけど、実現可能そうな答えは、もう一つしか残されていなかった。



「ミーシャ、協力しよう。」



僕一人じゃ、ずいぶん先を行ってしまったアイツに追いつけそうもなかった。見てみたところ、最後の罠は今までのとは違ってとても硬そうで、ロケット作戦で突破できそうもなかったし、今まで使ってきたその他の作戦はどう考えても通用しない。


だからミーシャの能力が必要だった。

ミーシャには僕を連れて瞬間移動することに集中してもらって、僕がヴァルを蹴落とそうという作戦を立てようとした。


でもミーシャは僕を見て、なぜだか少し悲しそうな顔をした。



「ごめん、アレックス。

もうほとんどMPが残ってなくて…。」



どうやらミーシャもシュウと同じくここまでで相当MPを消費したらしく、協力したいけど出来るか分からないって顔をした。



「大丈夫。」



頭の中で立てた作戦を共有する前に申し訳ない顔をしたミーシャに、僕は笑ってそう言った。そしてミーシャが僕の言葉に返事するより前に、「ディヴィザー」とMPを分け与える魔法を唱えた。


「アレックス!そんなことしたら!」

「ううん、大丈夫。

僕はまだ余裕があるから。」


と、かっこつけて言ってみたけど、本当はそこまで余裕はなかった。

でもここで止まっていては二人とも負けることになる。僕は自分に必要最低限だけのMPを残して、残りは全部ミーシャに渡してしまった。


「でも…。」


まだ申し訳なさそうな顔をしているミーシャの両手を、僕は自分の両手でそっと掴んだ。


「ミーシャ、

僕をゴールまで一緒に連れて行ってほしい。

それ以外の煩わしいことは全部僕がやるから。」


そしてそのままミーシャの目をしっかりみて、僕は言った。するとミーシャは僕の目を見てすぐにうつむいてしまったから、やっぱり重荷を背負わせすぎかなって反省した。


「ごめん、連れてってなんて、

無責任なこと言った。」


人任せなことを言ってしまったのを反省して僕が謝ると、ミーシャは大きく横に首を振って、ようやく僕を見返してくれた。その目に決意がこもっていることを感じた僕は、大きく一つうなずいた。


「大丈夫、力を合わせればいける。」

「うん。」


僕たちはお互いの意思を再確認して、自然と手をつないだ。


ビックイベント中にまたご褒美イベントが発生していることにどこか動揺しつつ、ミーシャの真剣な横顔を見て僕はしっかりとヒーローの顔を作った。


「行くよ。」

「うん。」


僕がGOサインと出すと、ミーシャは模擬戦をした時とは比べ物にならないくらいほど繊細に魔法を使いこなして、ぐんぐん前の方に進んでいった。



すごい…。



僕はただただ目を慣らすのに必死だった。

自分で操作していないから気が付いたら目の前が真っ暗になって少しずつ移動していってってのをずっと繰り返していて、気を抜いたら酔ってしまいそうだと思った。



でも何も見えなければ妨害を受けた時に攻撃をすることも出来ない。

やみくもに攻撃するほどのMPがもはや残されていない僕は移動している間、目を慣らすことに必死になった。



必死になっていた僕の目がやっと慣れてきたころ、もう僕たちはさっきミーシャがいた場所らへんまで戻ってきていた。



僕はここまでただミーシャの手を握っていただけであって、これは完全にチート行為だった。どう考えてもヒーローらしからぬ振る舞いに自分で違和感を持ちつつも、こうするしかないって気を張っていると、あとゴールまで少しってところでついにヴァルの横に並んだ。



「仲良しごっこかぁ?お前ら。」



僕たちの姿を見て、ヴァルは相変わらず気持ち悪い目でニヤリと笑った。



まじできっもい!

近寄んな!こわい!



僕の心はそう叫んでいたけど、ミーシャにチートさせてもらっている手前そんなことを言うわけにはいかない。

僕は自分が出来る一番強い顔をして、ヴァルの攻撃に備えた。



「怖い顔しないでさ、

俺も仲間入れてくれよぉ~。」



ヴァルはそう言って、罠を口から出した液体で溶かしながら僕たちの方に近づいてきた。



うっわ、きたねっ。



ヴァルの能力は、"毒"だ。

その能力はとことん磨き上げられているから、知らないうちにやられてしまうやつもいると思う。


去年まではちゃんとこいつの能力を理解してなくて、僕は最終決戦でこいつに負けた。分かってはいたものの久しぶりに見るとやっぱり気持ち悪くて、僕は"ミーシャ酔い"も相まって吐きそうになった。


とはいえ、ゲームの中だから吐くこともない。



突風ラファル!」



1年間こいつの対策をしてきたと言っても過言ではない僕は、今回めちゃくちゃお世話になっている風の魔法で奴が僕たちに近づけない様にした。



「うわぁっ、やめろっ!






って、言うとでも思った?」



ヴァルはそう言いながら僕の起こした突風を片手で軽々と握りつぶした。



うっそだろ。


内心通用しないとは思っていたけど、足止めくらいは出来るかなと思っていたのに全く意味がなかった。やばすぎて笑いすら出てきたけど、のんきに笑っている場合ではないことは確かだった。



氷壁シーブルムーロ!」



ヴァルはもっと近づいてきて今度は僕たちに向かって毒を吐こうとしているのがわかったから、僕はとっさに氷の壁を作った。


僕が壁を作ったほんの少し後、ヴァルは口から毒を吐き出して、それが壁をいとも簡単に溶かした。



重力グラビタ!」



溶かされたとはいえ、壁はもう少し残っていた。

僕はとっさにその壁に重力をかけてヴァルに落としてみたけど、当然それはヤツの毒で溶かされた。



本当は致命傷を与えられれればいいのだろうけど、こんな満身創痍の状態では攻撃すら当たるか危うい。少なくとも攻撃が当たらない様に防御をして、出来れば時間を稼げればそれでいい。



僕は自分の中のハードルを最大限にさげて、ヴァルの攻撃を回避し続けた。




そうしているうちに、ゴールは目と鼻の先まで迫ってきた。




いける、勝てる。




僕は心の中で少しホッとしそうになる自分の気持ちを何とか引き締めて、ヴァルの度重なる攻撃からミーシャを守り続けた。




やばい、MPが…。




もうMPは本当に少ししか残っていなかったけど、出し切ってしまってもゴールにつけさえすればいい

最後の力を振り絞って防御する決意を固めたところで、ヴァルがそんな僕を見てまた笑った。



「ギリギリだなぁ、ヒーロー。」



ヤツの言う通りなんだけど、ここで「そうだよ」なんて間抜けなことを言うわけにもいかない。僕は「お前もな!」と最大限強がって、もうこれが最後だと言わんばかりに、今まで出した中で一番太くて大きな氷の壁を作った。



そこで前を見てみると、ミーシャがもうゴールに向かって手を伸ばしていた。




どうかこのまま行ってくれ…。




そう思っていると、僕の目の前に黒い影が通り過ぎるのが見えた。




そして次の瞬間、僕の耳元に、




「自分のせいで彼女が脱落するのって、

どんな気分だろうな。」




っていう、気持ち悪い声が響いてきた。




「ミーシャ!」



ミーシャが危ない!

そう思ってミーシャの方を見ると、すでにミーシャの背後にヴァルの姿が見えた。



これはやばい、やばすぎる!



ヴァルはミーシャの後ろで足を大きく振り上げて、ミーシャを蹴落とそうとしているみたいだった。



こいつ!絶対モテない!

私生活でも絶対モテてない!



自分だってモテてないのにこんな場面で謎の嫌味を心の中で言いつつ、僕は咄嗟にミーシャの手を離した。



「痛かったらゴメン!」

「え?ええ?!」



ヴァルに蹴られて下に叩き落されるよりは、僕が蹴り上げた方がマシだ。本当はヴァルの後ろに回り込んで逆に攻撃を与えたかったけど、罠がある手前後ろに回れるかもわからなかったから、僕はその場で足だけに重力と風を集中させた。



「いっけぇええ!」

「きゃああぁああ!」



そしてヴァルがミーシャを蹴り落とす前に彼女の足の裏を出来るだけ狙って、思いっきり蹴り上げた。僕の思惑通りミーシャは打ち上げ花火みたいにゴールのはるか上空まで飛んで行って、なんと1位でゴールにたどり着いた。



「な、なんと第一ステージトップは!

ミーシャだぁああああ!!

これは番狂わせな結果だぁああ!」




その瞬間、ミーシャの後ろでヘンテコが興奮して言った。

ミーシャは何が何だか分からないって顔をして僕を見ていて、僕はやけにはっきり見えるその光景をボーっと見つめつつ、「ああ、よかった」と安心していた。





「いや、よくねぇだろ!」




ミーシャを思いっきり蹴り上げた僕は、その反動でどんどん下に落ちていた。




やばいやばいやばい!!

これじゃあ脱落するっ!!



自分を犠牲にしてミーシャを助けるっていう本当にヒーローみたいなことを成し遂げてみたはいいけど、だからと言って脱落したいわけではない。




初戦かっこ悪いシーンばっかりだったけど、やっとヒーローらしいこと出来たな。




心の中ではまだ間抜けなことを考えつつ、僕は罠を必死でつかんでなんとかそのゾーンには残る事に成功した。


そこでようやく冷静にゴールの方を見てみると、今日一番の得意げな顔をしてヴァルがこちらを見下ろしていた。


「2位はぁ~!

セヴァルディ選手ぅ!

人気順と同じく2番目でのゴールお疲れ様でぇす!」


そのセリフでキレたヴァルが、ヘンテコに襲い掛かろうとしているのが見えた。



バカかよ、ヘンテコ。



心の中で思いっきり馬鹿にしてみたはいいものの、客観的に見たら自分の状況の方がバカとしか思えなかった。

あのままミーシャを見捨てていれば、僕はすぐにでもゴールできた。

自分のことだけ考えればそれでよかったのかもしれないけど、それでは僕の"ゲームマンシップ"に逆らうことになる。現状は決していいとは言えなかったけど、僕は少なくともあとから思い出したときに誇らしいと思えることは出来たと、自分で自分を励ました。




まだいけるぞ、自分。




「っていってもな…。」



罠の上でくつろいで冷静に物事を考えていた僕だったけど、ゆっくりしていたらそのうちに他のプレイヤーに追いつかれると、急いで体を上げた。


とはいえ、もう僕にはMPがほとんど残されていなかった。

最終ゾーンには残れたけど納豆よりねばねばしているこの罠からは、なんらかの魔法を使わないと抜けだせそうにもなくて、これはいよいよ積んだな。と思った。


シュウに助けを求めてみようかと思ったけど、シュウもそれどころじゃなさそうだった。ゴールしたプレイヤーが競技中のプレイヤーを助けるとどちらも失格になってしまうから、ミーシャに助けを求めることもできない。



「もう登るしか…。」



これはもう、地道に登るしかない。

かっこ悪いけど、脱落するよりはマシだ。



僕が覚悟を決めて罠から立ち上がろうとしたけど、なかなか体から離れなくて、このまま地道に登っていたら上位者闘争マスターズバトルが終わってしまうなと思った。



「MPの残りは…。」



そこで冷静にMPの残量を確認してみた。

でもどう考えてもいくつも魔法を組み合わせながらゴールまでたどり着けるほどは残っていなくて、僕はそこで頭を抱えた。


そうしているうちに、何人かのプレイヤーに先を越された。


まだ32人までは程遠かったけど、やっぱりこのまま地道に登るのでは負けてしまう。それに他のプレイヤーに負ける前に、あのぬるぬるの海に飲み込まれるのが先かもしれない。

なんとかこの残り僅かになっているMPを活かして登る方法を編み出すべく、僕はない脳みそを必死で働かせた。



「やっぱり積みか…。」



どう考えてもこのねばねばを回避しなければ、僕は海に追いつかれるか他のプレイヤーに負けるかするしか想定出来なかった。しばらく脳みそを働かせたせいかなんだか少し疲れてしまって、僕はいやっていうほど青く輝く空に向かって「フゥ」と息を吐いてみた。



上を見上げると同時に、ミーシャがまだ心配そうにこちらを覗いている姿が目に入ってきた。もし僕が脱落したら、多分ミーシャが罪悪感でいっぱいになってしまうだろうな。


ミーシャのためにも何とか通過しなくてはとしばらくその姿を見つめていると、模擬戦で"全身タイツ"姿になっているミーシャの顔が浮かんできた。



あれはおかしかったな…。



こんな時に何を考えているんだろう。こんなの思い出してる場合じゃないのに。

走馬灯みたいに思い出したラッキーイベントを何とか胸の中にしまって作戦を考えようとしたけど、なぜかピンクミーシャがずっと頭の中から僕を見ていた。



「おい、やめてくれミーシャ。

もっかいピンクにするぞ。」



僕は周りに誰もいないことに、もう泣きそうな顔で僕を見つめているミーシャに言ってみた。



「ピンクに、する?」



そうか。

そこで僕はようやくひらめいた。罠が見えないからこのまま突き進んだら色々なところに引っかかって進むのに時間がかかってしまいそうだけど、罠さえ見えればその隙間を飛んでいくくらいのMPは残ってる気がする。



最後まで飛べるかどうかなんて正直やってみないことには分からないけど、僕に残されたのはその道しかない。覚悟を決めた僕は、最初は"いつ使うんだよ"と思っていたその魔法の2度目をそこで唱えた。



塗料ファルベ!」



目くらまし位には使えるかなと思って、実はあれから塗料ファルベを少し強化しした。その成果もあってコース全体に広がったピンクのペンキは、罠の形をくっきりと浮き出させた。





ヘンテコがしている解説を聞き流しつつ、僕は残っている魔法を少しずつ使いながら、飛行オッフルを使って上の方に登り始めた。



いや、最初からこれ使えばよかったかな。



そう思ってみたものの、僕だけじゃなく他のプレイヤーにも罠が見えるようになっていたから、みんな我先にとゴールへと向かいだして、やっぱり使わなくてよかったと思いなおした。


MPに余裕があれば、こんな魔法使わなかったかもしれない。


でもまったく余裕のない僕は他のプレイヤーのことなんてもう考えている余裕がなくて、なんとか必死にゴールへと向かった。



「あとすこし…っ!」



そして少しずつだけど着実に僕はゴールに近づいて行って、手を伸ばせば届きそうな距離まで来た。


「よっし!」


行けた!

そう思ってゴールに手を伸ばしたその時、一気に飛行オッフルが解けるのが分かった。



やっべ!もうMPが!



魔法を使わずゴールにたどり着かなくてはいけなくなった僕は、残りの体力全てを使って咄嗟にその場でくるりと一回転をした。



正直、体育の中でもマット運動が一番苦手だ。

球技やマラソンなんかはなんとなくやっているふりをしておけば過ぎていくけど、マット運動は自分の恐怖とか限界とかに向き合わなければいけない気がする。


だから昔からハンドスプリングとかそういうのも出来たことがなかったけど、アレックスになっている僕はいとも簡単に空中で宙返りをして、ゴールへと何とか着地した。



やれば出来るじゃん。



そう思ってみたものの、これが出来るのは多分アレックスの時だけだ。

それでもここまでたどり着けたことにひとまず安心していると、へんてこが「うぅおおおおおお!」と雄たけびをあげた。



「さすがヒーローアレックスぅう!

ミーシャを助けながら少ない魔法で

ゴールへとたどり着いたぁぁあ!

これはかっこいいぃい~!」



そうだろ、かっこいいだろ。

そう思いつつモニターの方を見てみると、闘技場で多くの人が盛り上がっているのが見えた。気分がよくなった僕はこぶしを作って片手を突き上げて、「どうだ」って言わんばかりにアピールをした。



「お前、まじでかっこいいな!」



先にゴールしていたシュウが、珍しく僕を褒めながら言った。僕は上げていた手をシュウの肩におろして、「だろ?!」と得意げに言った。



「アレックス…。」



順位は15位とめちゃくちゃ微妙だったけど、とりあえずゴールできた安心感に浸っている僕に遠慮がちな声が響いた。

興奮したまま振り返ってみると、今にも泣きそうな顔で立っているミーシャの姿があった。



「私、ホントに…。」



1位でゴールしたって顔には見えない落ち込んだ顔で、ミーシャは僕に目を合わせる事なくうつむきながら言葉を発した。


ミーシャが悪いことなんて何もない。

むしろ僕とヴァルの低レベルな争いに巻き込んでしまったのは僕の責任だ。そう思ってミーシャに謝れる前に謝ろうと思ったけど、1位を取った人にかける言葉の第一声が「ごめん」になるのは、なんか違う気がした。



「ミーシャ。」



"巻き込んでゴメン"って言葉はいったん胸にしまって、名前を呼んだ。するとそこでやっと顔を上げてくれたから、僕はミーシャに自分の手のひらを見せた。純粋にその行動に疑問を持ったのか、首をかしげるミーシャはやっぱり可愛くて、勝たせてあげられて本当に良かったと思った。



「ほら。」



首をかしげているミーシャの手を、僕は無理やり上げさせた。

そこで僕が"ハイタッチ"をしようとしていることに気づいたやっとミーシャは、ハイタッチなんてする気分じゃないって顔でまたうつむいた。

それでも僕が上げた手をそのままにしてくれていたから、僕は自分の手を思いっきりミーシャの手にぶつけてみた。



「1位、やったね!」



僕の行動に驚いたミーシャは、やっと顔をあげてくれた。

そして僕を見て少し照れた顔をした後、「ありがとう」と小さい声で言った。




「いや~、ヒーローは違いますなぁ。」




僕たちが青春の一ページみたいな爽やかことをしているのに、後ろからまた気持ち悪い声が聞こえた。僕が思わず力を込めて振り返ると、ヤツはやっぱりニヤニヤと余裕そうに笑っていた。



「お~お~、怖い怖い。

ヒーローがそんな顔していいのぉ?」



僕は観衆に見られていることを思い出して、モニターを見てみた。どう考えてもカメラは僕の方を見ていたから、きっと会場では僕たちが向かい合っている姿が見えているんだと思う。

あんまり汚い言葉もはけないなと思いつつ僕は冷静になるためにも「フゥ」と息を吐いて、いつの間にヤツをにらんでいた目の力も緩めた。



「2位、おめでとう。」

「思ってもないこと言うなよ。」



僕があまりにも爽やかな顔で言うのにむかついたのか、ヴァルはムッとした様子で言った。



こいつすぐ挑発に乗るな。



思ったより簡単だって思ったらさっきまでむかついていた気持ちがスッと収まる感じがして、僕は思わず笑ってしまった。



「次も、お前は2位になる。」

「よく言うよ。

去年は手も足も出なかったくせに。」



ヤツの言ってることに間違いはない。

僕は去年までこいつの能力を知らなくて、決勝戦までせっかくたどり着いたのに、あっけなく負けてしまった。

僕がヴァルの言葉に素直に「そうだな」というと、ヴァル自身もミーシャも驚いているみたいだった。


「ま、頑張るよ。」


ここで何を言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえない。事実こいつは今年も2位という高順位で初戦を突破している。


正直こわかったし気持ち悪くてもうヴァルの顔も見たくない僕は、振り返ってミーシャの手を取ってその場を去った。



今年は絶対負けない。絶対に。



初戦負けたことで、闘志がもっと燃え始めた気がする。

僕は心の中で"絶対に負けない"と繰り返して、次のトーナメントに備えることにした。

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