第1話 つまらない私―美玖莉

本の中にはたくさんのファンタジーがつまっている。

私という人間の人生は本当につまらないものだけど、でも本を読んでいる間だけ私は私じゃない、色々な人物になれる。


「また新しいやつ読んでるの?」

「うん。これいいよ、読む?」

「美玖、私がそれで読みますって言った試しある?」


昔から本が大好きで学校でも時間さえあれば本を読んでいた私は、小さい頃はからかわれたりいじめられたりする対象だった。でも高校生になってからは私のことを気にする子もだいぶ減って、声をかけてくれる友達は同じクラスの杏奈(アンナ)ちゃんだけだった。


杏奈ちゃんはとてもかわいくて明るい子だから友達もたくさんいるのに、私にもなぜかこうやって毎日声をかけてくれる。友達なんていらないと本気で思っていた私だったけど、高校生になってから杏奈ちゃんと毎日話せるようになって、友達っていいものだなって16歳で初めて知った。


「美玖、次音楽だよ。」

「うん。行く。」


もし本にするのであればとてもつまらない私の日常だけど、私にとってはとても尊くて楽しくて、素晴らしい。今日もキラキラ輝くように笑っている杏奈ちゃんとの日常を過ごすために、私は音楽の準備をして音楽室に向かった。


「美玖、んじゃ部活行ってくるね。」

「うん、頑張ってね。」


杏奈ちゃんはかわいくて人気者なだけでなく、運動神経もいい。バレー部のエースとして頑張っているらしいから、毎日授業が終わるとすぐに体育館に向かう。


そんな杏奈ちゃんの背中を見送って、私は毎日図書館に行く。別にわざわざ図書館で本を読まなくても家に帰ってから読めばいいのかもしれないけど、でも本に囲まれて読むこと自体、私には意味がある。


「岩里さん、あの新作やっと入ったよ。」

「わぁ、嬉しいです。ありがとうございます。」


毎日行くおかげか、司書の先生は私のことをすっかり覚えてくれて、私好みの本が入る度に教えてくれる。そんな暖かい空気も私は大好きで、家に帰った方が楽とわかっていても、つい毎日図書館に来てしまっていた。


図書館では、毎日同じ席に座る。並んでいるテーブルの一番奥の端っこの席。何となくこの席が、一番本に囲まれている感覚になれて好きだ。別にその隣の席でも本に囲まれていることには変わりないのだろうけど、でもやっぱり端っこって何となく落ち着くから、いつもここは私の定位置だ。


うちの学校の近くには、市営の図書館がある。最近改装されたその図書館は、とても広くてキレイで勉強スペースも整っていることもあって、学校の生徒はほとんどこの図書館にはこない。たまに本を借りたり返したりしに来る生徒はいるけど、私のように通い詰めている生徒を見たことはない。


とはいっても、いつも本の世界に入り込んでしまっているから周りは全く見えてなくて、きっと誰かがいても気が付かないと思う。


誰がいてもいなくても私はきっと毎日ここにきて、今日も違う誰かになっている。すごく地味でつまらない生活に見えるかもしれないけど、でも私にとってはこれがバランスの取れた日常だ。




「ただいま~。」

「おかえり美玖。

今日ロールキャベツだよ。」


だいたい授業が終わって2時間くらい本を読んだら、毎日まっすぐ家に帰る。絵にかいたような理想の主婦って感じのお母さんの料理は、本当に美味しい。私も教えてもらって作ったことがあるけど、全然同じようにできなくてすぐに挫折してしまった。


どうして同じレシピなのにこんなに味が変わるのかってお母さんに聞いたら、「料理は愛だから。」っていう、何のアドバイスにもならない返答をされた。



―――いつか私にもそれが分かる日が来るのだろうか。



「ただいま~。」

「おかえりなさい!」


私が着替えをしていると、だいたいそのくらいにお父さんは帰ってくる。お父さんとお母さんは今でも本当にラブラブで、見ているこっちが恥ずかしくなる。でもそれがもしかしたら、お母さんの料理がいつでも美味しい秘訣なのかもしれない。


「美玖~!ご飯にするよ~!」

「は~い!」


ロールキャベツは、お母さんの料理の中でも私が好きなものベスト3に入っている。いつか私もお母さんみたいな美味しい料理が作れるようになることを夢見て、今日も美味しく食べようと思う。



「さて。」



美味しくご飯を食べるまでが私の日常、と言いたいところだけど、その日常は数カ月前に変わった。待ちに待った"4Dアイマスク"が発売されたのだ。


一人っ子として育ってきて男兄弟もいなかったせいか、今まではゲームなんて興味を持ったこともなかった。でも発売が決まって違う自分になれるゲームだってCMを見てから、絶対に欲しくなってしまった。


発売日が決まってすぐお父さんにおねだりすると、初めて私におねだりされたことを喜んだお父さんがすぐに買ってくれた。お母さんはその時とても怒っていたけど、でもちゃんと成績を今のまま保つようにという約束をして許してもらった。


そのゲームが来て以来、私が違う人物になれるのが本の中だけじゃなくなった。


私は私らしく、別のわたしになる時間にも"1時間"としっかり制限をつけて、毎日ゲームを楽しんでいる。


「ミーシャさん、ちわっす!」

「ケン。今日はよろしくね。」


自分がまさかこんなにゲームにはまると思っていなかった。好奇心でお父さんにねだってみたものの、ちゃんと出来るのかもわからなかったけど、でも私は意外と負けず嫌いなところがある。最初はちんぷんかんぷんだったけどそれから一人で努力して、わからないことや出来ないことは、人に尋ねてみたりして進めているうちに、仲間がたくさんできた。


"美玖莉"の時はそんなこと絶対にできないけど、私は自分が自分でないことをいいことに人に話しかけることも出来たし、意味のない話をすることも出来た。なんでかはよくわからなかったけど、ゲームの中でなら恥ずかしいとか、変なことを言ったらどうしようとか、そういう感情を持つこともなかった。



"嫌われたらやめればいい"



多分そう思っていたからだと思う。

学校生活はそれが人生のすべてじゃないとしても、嫌われたらやめるのだって簡単ではない。でもゲームならやめたって前の自分の日常が戻ってくるだけだ。



そうやって割り切っていたから、いつもと全然違う私になれたんだと思う。



ゲーム内ではとても社交的で明るくすごしていたら、仲間がたくさんできたどころか、いつの間にかパーティーのボスになっていた。


本の中では妄想でいつも違う自分になっていた私が、ゲームの中では本当に全く違う自分になれたような感覚になれる。それが本当に楽しくて、現実の自分もこれだけ明るかったらいいのにな、といつも思う。


「俺、アレックスさんと一緒にプレイできるの

本当に楽しみなんすよ。」

「ふふ、ケンは会ったことないもんね。」


いつもゲームを楽しんでいる私だけど、でも今日は特に楽しみにしていた。

アレックスというのはみんなが憧れる5大ヒーローの一人で、本当に強くてかっこいい。その上人望もあって優しいのに、パーティーを作らずに戦い続けている。


私も生意気にもみんなにヒーローと呼んでもらっているけど、アレックスの足元にも及ばない。アレックスは一言話しただけでも惹かれてしまうような魅力があって、なのに言うことが本当に謙虚だった。

前から何度か一緒にクエストをしてもらったけど、その度私もどんどん彼の魅力に惹かれていって、




   ――――いつの間にか、本当に恋をしてしまった。




恋なんて、物語の中の話だと思っていた。

クラスの男の子たちはなんだか怖いし、うるさくて乱暴だとしか思えない。女子たちがかっこいいと騒いでいる人たちは確かにイケメンとは思っても、それが好きにつながることはなかった。


恋はどんなもんなのだろう。

私も一人の女子高生として気になってはいたけど、自分には一生そんな感情は分からないと、そう思っていた。


でもアレックスと出会って、その考えは変わった。

彼とクエストに行けるというだけで、前の日は寝れないほど楽しみだったし、話すだけでドキドキしてしまう。アレックスはゲームの中の人であって、私は彼の本当の名前もどんな顔なのかもいくつなのかもしらない。この人はアレックスであって、アレックスではないし、私だって本当は"ミーシャ"じゃない。



そんなことは理解していたつもりだけど、それでも恋をしてしまった。



杏奈ちゃんに言ったら気持ち悪いと言われてしまうだろうか。そう心配したところで恋する気持ちは止められなくて、私はたまにこうやってアレックスをクエストという名目で呼び出してしまっていた。



「ミーシャさん、あれじゃないすか?!」



興奮した様子のケンが指さした方を見ると、遠くの方からアレックスと友達のシュウ君が歩いてくるのが見えた。



やっと会えた!



まだちっちゃいちっちゃい豆粒みたいにしか見えないのに、私の気持ちはもう踊っていた。となりですごく興奮したケンがずっと騒いでいたけど、本当は私の気持ちの方がもっと騒いでいた。


その証拠に、アレックスがまだ少し遠くのところにいるにもかかわらず、知らないうちに私の口はアレックスの名前を呼んで、知らないうちに私の腕はブンブンと振られていた。


それに冷静に手をあげて応えてくれる彼が、すごくすごくかっこよく見えた。


「ミーシャ、久しぶりだね。」

「うん。またSランク倒したって噂きいたよ。

さすがだね。」


Sランクのモンスターは、本当は一人や二人で倒せるものなんかじゃない。私みたいにたくさんの人数でパーティーを組んで、やっと倒せるものなのに、アレックスとシュウさんは二人で倒してしまったらしい。

その噂はすぐにゲーム内で広まったおかげで、アレックス人気は最近またどんどん高まっている気がする。


「んじゃ、早速行く?」

「うん。そうしよっか。」


もっともっと話を聞きたかったけど、私にも時間制限があるからしょうがない。本人に会ったら全然話さなくなったケンもつれて、私はパーティーの皆に声をかけて今日のクエストに向かうことにした。


「シュウ君、また強くなってる。」

「ミーシャちゃんもね。

ほんとすごいよ、パーティーもどんどん大きくなって。」

「そんなことないよ…。」


私のパーティーは確かにゲーム内でも大きい方で、どんどん人数も増えていた。でもその中には実はアレックスとクエストに行きたいがために入っている人もいたし、ただ有名だからという理由で集まっている人もいて、とてもじゃないけど私の人望でここまで大きくなったなんて、自信をもって言うことが出来なかった。


「アレックスとシュウ君でパーティー作ったらいいのに。」

「ん~僕たち集団行動は苦手なんだ。」


二人がパーティーを作るなんて言い始めたら、1日足らずで私のパーティーの人数なんて越してしまうと思う。そう思うけどアレックスにパーティーを作る気はさらさらないらしい。そんな一匹狼なところもかっこよくて、私はますますアレックスに惚れていた。思わずボーっとその横顔を見ていたら、シュウくんが私の方をみてニヤッとしたから、彼にはもしかしたら私の気持ちがばれているのかもしれない。


「さ、ここだね。」


この暗くていかにもモンスターが出そうな森には、ヴィペラという蛇に手足が生えたようなモンスターが出るらしい。そいつが最近周辺の街を荒らすから退治してほしいというのが、今回のクエストの内容になる。


Aランクのモンスターだからパーティーのメンバーだけで倒せないこともなかったけど、友達のパーティーのボスはやられてしまったという話を聞いて、私はすぐにアレックスに助けを頼んだ。



っていうのはただの口実で、本当はただ、会いたかっただけだった。



そんな不純な理由で彼を呼び出すのはよくないだろうか。分かっていても何度も呼び出してしまうから、恋って本当に不思議なものだと思う。




「んじゃ僕についてきてね。」




誘ったのは私なのに、アレックスとシュウくんは率先してその暗闇の中を進んで行った。


男の子ってたくましいんだなぁ…。

今まではうるさいとか乱暴だとか、そういう印象しかなかった男の子がこんなにたくましいと感じるのは、やっぱり恋をしているからだろうか。今まで恋を描いた本もたくさん読んできたけど、理解できなかった女のめんどくさい感情みたいなのを抱えてしまっている自分が、なんだかもどかしくて怖くて、でも止められなかった。



「アマンダ。明るくしてくれる?」

「もちろん。」



そんな気持ちを抱いてしまっている私は、アレックスの力にすこしでもなれるよう、光属性の能力を持つアマンダの力を頼ってしまった。


「ありがとう、アマンダ。歩きやすくなったよ。」


アマンダの光の魔法をみて驚いたアレックスの嬉しそうな横顔をみて、私は満足してフッと一息ついた。でもそれと同時に、なんとなくモヤモヤする気持ちもどこからか湧いてきた。



――――これが嫉妬、ってやつか…。



パーティーのボスとしてふさわしくない気持ちを一生懸命しまって、私もアマンダにお礼を言った。少し緩んだ気持ちを引き締める意味でも持っている剣を強く握って、転ばないようにしっかりと一歩一歩歩みをすすめた。



ギャーーーーーーーー



しばらく歩いていると、不気味な声が奥の方から聞こえた。それと同時に姿を現したモンスターは、評判通り蛇に手足が生えたみたいな気持ち悪い見た目をしていた。おまけに羽も生えていてよく見ると産毛みたいな毛もはえていて、出来ることなら近づきたくないと本気で思った。



「ヴィペラね!みんなかまえて!」



でも私はここではパーティーのボスだ。ボスは後ろに隠れて震えてなんていられない。

それを少なからず自覚している私は、率先して剣をかまえてこれからくるヴィペラの攻撃に備えた。



「よっし!俺もアレックスさんみたいになるんだ!!」



私がボスとしての覚悟を決めた次の瞬間、前のめりになりすぎたケンがヴィペラに向かって飛び出していった。そしてそれを見た仲間が数人、同調するように勢いよく走り始めた。



「待て!」



それを見たアレックスは私より先に隊員を止める声を発したけど、でももう手遅れだった。ヴィペラの口から発射された光線はその数人の隊員を、跡形もなく消してしまった。




うそでしょ、ビーム出すんだ…。




その光景をみて一瞬動揺してしまった私だけど、でもひるんではいられない。

ボスなんだもん。


「みんな、落ち着いて!

とりあえず体制を整えましょう!」


自分を落ち着ける意味でも大声でみんなに指示をだして、もうこれ以上犠牲が出ないようにみんなの動きを静止させた。


ビームを出すなんて想定もしてなかった私は、一気に考えを巡らせた。それでもゲームの経験が豊富なわけじゃないのでまともな案が浮かばなくて、内心どうしようと心の底から焦っていた。今まで何かのリーダーなんてやったことがなかったけど、こんなに大変な仕事なのかと思うと、これまで私のリーダーをやってくれていた人たちに感謝したくなる。


「ヤツの弱点は背中の中央あたりにあるクリスタルだ。

そこを全員で一斉に攻撃しよう。」


私が動揺している間に、アレックスはいたって冷静にそう言った。

その姿は私よりもよっぽどボスらしくて、やっぱりパーティーを持つべきだと本気で提案しようかと思った。


「でも、近づいてまたビームを出されたら…。」


アレックスの案は合理的で、そうするしかないと理解できた。

でもやっかいなのはヴィペラが出すビームで、下手したら多くの犠牲をだしてしまいかねない案でもあった。一応ボスなんてさせてもらっている私だから、みんなの命は守りたい。そう思って不安な顔でアレックスを見上げると、彼は優しい顔でニッコリを笑った。


「大丈夫。僕がおとりになるから。」


なんてかっこいいんだろう。

私はしばらくアレックスから目が離せなくなった。ゲームでなかったらきっと私の頬は真っ赤に染まっている。ゲーム内で本当に良かったと、私は本気でそう思った。

きっとそう思っていたのは私だけじゃなくて、アレックスのそのセリフでパーティーのメンバーたちが少し歓声を上げた。私もそんなことしてもらったことがないのに、やっぱりヒーローはすごい。


「でも…。」


そうはいってくれても、でもやっぱり申し訳ない気持ちでいっぱいになった。私が誘ったんだから、私がそういう役をやるべきではないかと。でもわたしなんかおとりにもなれない可能性も高いし、ただ犬死するよりは絶対アレックスがやったほうがいい。そんなことは分かっているのだけど、それでも任せてしまっていいのかとっていう疑問で私の気持ちはいっぱいだった。


「心配してくれてありがとう、ミーシャ。

でも僕たちなら大丈夫だから、

出来るだけ早くクリスタルを破壊できるように頑張ってほしい。

パーティーのメンバーをまとめられるのは

ミーシャだけだからさ。」


心配でいっぱいになって凍ってしまいそうになる気持ちを、アレックスの言葉一言が一気に溶かした。

温かさでいっぱいになった胸がなぜか苦しくて、切なくて、でもとても愛おしかった。


「みんな!聞いてた?

私たちは私たちの仕事をしましょう。」


アレックスの気持ちを無駄にしてはいけない。

私はその一心で今日一番大きな声を出すと、パーティーのみんなはこんな頼りない私の声にこたえてくれた。私はボスとして本当に素質がない人間だけど、でもみんなの声を聞けば頑張ることが出来る事だけは出来た。一回そんな話をケンにしたら、それはお互い様だと言ってくれたから、それから私はピンチの時こそ出来るだけみんなに声をかけるようにしてる。


パーティーの良いところは、みんなで励まし合えることなのだから。




「「飛行オッフル!」」



私が決意を込めて一つアレックスにうなずいてみせると、同じようにうなずいたアレックスとシュウくんは飛行の魔法で勢いよくヴィペラの目線まで飛んだ。思惑通り二人に気を取られたヴィペラは、アレックスとシュウくんにあのビームで攻撃を続けた。


「さすがですね…。」


ヴィペラは大きい割にとても動きがすばやかった。尚且つあの威力のビームを出すから本当にやっかいな敵だったけど、でもアレックスとシュウくんはそれをものともせず素早く飛び回って逆にヴィペラに攻撃を加えていた。


「さ、私たちも行くよ。」


本当に二人はすごい。

無駄のないきれいな動きはいつまでも見ていたくなるようだったけど、でもそうもしてはいられない。私はパーティーを2つに分けて、両方向からヴィペラの背後に回り込めるように指示をだした。私だって二人に負けてはいらいれないのだから。


「よし、ついた。」


ヴィペラは相変わらず、二人への攻撃で手いっぱいに見えた。私たちは順調にヴィペラの背後に回って、両チームとも攻撃が出来る体制を整えた。


「合図を出したら一斉に行くからね。」


私はそう指示を出して、一番いいタイミングを見計らった。そしてヴィペラの注意が最大限にそれている時を狙って、「今よ!!!」と合図をかけた。


指示した通り、チームの半分は飛行の魔法を使って上の方から、そして半分は下の方から一斉にクリスタルにめがけて攻撃を仕掛けた。近づいてみるとクリスタルは思ったより大きくて壊れるか不安だったけど、私も持てる力を振り絞ってクリスタルに向けて攻撃を放った。



パリーーーン



ガラス玉が割れるようなあっけない音をだして、クリスタルには大きなヒビが入った。そしてその日々はどんどん広がっていって、ついに細かく砕けた。



ギャーーーーーーーーーー!!



それと共に、ヴィペラは頭が割れそうになるほどの大声をあげて倒れていった。



――――やった…。



こんなに大きなモンスターを倒したんだ。私はぼんやりそんなことを考えながら、ヴィペラがゆっくりと倒れていく姿をじっと見ていた。


「…え?」


こんな大きいモンスターを倒せたんだ。

かみしめながらヴィペラを見続けていると、次の瞬間、目が合った気がした。そしてその後私の思考回路が追い付く前に、ヴィペラの口の中からビームが発射されるのが見えた。




逃げなきゃ…。




そうはおもってみたものの、こういう場面になると体が動かない。


でも隊員が攻撃されるより私がされたほうがいいか。

そう思う冷静な自分もいるほど光景はスローに見えたけど、それでも私の体は全く動かなかった。




「ミーシャ!!!」




私の中に流れるスローな空間に、アレックスの声が響いた。スローな動きのまま声が聞こえた方を見てみると、すごく必死な顔をしてこっちに向かってくる彼が見えて、ああ、なんてかっこいいんだと思った。



ドンッ!!!



何かが地面に落ちる音で、私の世界は一気に現実に引き戻された。

それと同時に音のする方を見てみると、すでに地面に倒れているヴィペラがキラキラと消え始めていて、そして私は、




 ――――アレックスの腕の中にいた。




うぉーーーーーーー!



私がそれを認識すると同時に、パーティーのみんなが大きな歓声を上げた。それがヴィペラが倒れた喜びなのか、アレックスに対する称賛なのかはよくわからなかった。でもすごく恥ずかしいはずなのに、なぜかアレックスから目が離せない自分ががいた。



「大丈夫だった?」



アレックスはそんな私を優しく地面に降ろしながら、少し照れた様子でそう言った。それが本当にかっこよくて輝いていて、私はさらに目が離せなくなった。


「ごめんね、私…。」

「いいんだよ、結果勝てたし。」


パーティーのボスのくせに、気を抜くなんて本当に恥ずかしい。女子のわたしから一気にボスのわたしに気持ちを戻して謝ると、やっぱりアレックスはとても優しい言葉で返してくれた。


でもなんだかちょっと恥ずかしそうな顔をしている気がして、それが少し可愛くも思えた。


「それじゃ、僕たち先に行くね。」

「ミーシャちゃん、またね。」


その後私たちが後片付けをしている間に、それを待たずに二人はそそくさと去ってしまった。


「アレックスさん、ほんとかっこいいね。」

「うん…。」


アマンダは唯一、私がアレックスのことを好きだと知っている。本当は杏奈ちゃんにもその話をしたいんだけど、ゲームの中の人を好きになってしまったなんていったら嫌われてしまいそうで言えていない。

でもいつかは勇気を出して相談してみたい、私も普通の女子高生みたいに恋の話を友達としてみたい。そう思えるほどに、このゲームは私を前向きにしてくれていた。


私はそのままふわふわした気持ちでゲームをログアウトして、いつものつまらない私に戻ったけど、その後しばらくアレックスのことが頭から離れなかった。

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