第31話 付き人ウェジー

 かくして混沌に包まれたライブは無事に終わり、あたしとタケルはリリスの楽屋テントを探すことに。


 タケルは悪魔たちと別れ際に硬い握手を交わしていた。奴らに言葉はなかったがその眼差しが熱い別れの挨拶だったようだ。


 これがクソアホな歌のファン同士の絆じゃなければどんなに感動的な場面だったろうか。


 タケルはテントを探す途中こんな事を言っていた。


「俺、リリスタンに会ったら一番に言いたい事がある。今夜、最前列で踊っていた連中は貴女の一番のファンなんですよって。それだけでも伝えたいんだ。良いだろメフィスト」


「ご自由にどうぞ」


 そんな話をしていたらどこから懐かしい声に肩を叩かれた。


「おいお前ら、ここら辺は関係者以外立ち入り禁止区域だ。出ていかねえと頭ふっ飛ばすぞ!」


 振り向くと、小柄で浅黒い肌の優男がド派手なストリートファッションに身を包んで立っていた。ジャラジャラと貴金属で着飾っていて、身体の隅々まで色彩豊かなタトゥーが刻まれている。


「ん?なんだ?なんでスタッフパスをぶら下げてんだ?てかそっちのお前……人間か?」


「ウェジー!久しぶりじゃないか!!」


 あたしが名前を呼ぶと、ウェジーは訝しげな顔をする。


「その声……ひょっとして、おい嘘だろ!?メフィストか!なんだよお姫さん!こんなとこで何してんだ!」


「お前こそ!まだリリスの付人ローディやってんのかよ!?」


「まあな。相変わらずさ」


「この野郎。自分がどんだけ天才か分かってのかよ。『リル・ウェイン』が付人なんてやるんじゃねえよ」


「そういうな。お前こそなにやってんだ?」


 あたしとウェジーの会話にタケルが割って入ってくる。


「おい。イチャイチャするのは後にしろ。早くリリスタンの所へ行くぞ」


「リリスタン?」


 ウェジーがいよいよ訳がわからんという顔をしたので、あたし説明を切り出す。


「ウェジー。こちらあたしのご主人様。契約主のタケル様だよ。タケル様。コイツはウェジー。天才アーティストの『リル・ウェイン』こと、リリスの付人であたしの古いツレです」


「おお!なんと!リリスタンのスタッフか!そうなると話が早い!今すぐリリスタンに会わせてくれないか!?」


 いきなりがぶり寄るタケルを相手にウェジーは大して嫌がる素振りも見せず微笑んでみせる。


「なんだよお前、差し入れ持参で遊びに来たのか?随分と気の利くんだな。リリス様と喧嘩でもしてんのか?」


「いやまあ、そうじゃねえんだ。それに言ったろ?この人と契約してる。差し入れじゃねえ。この人がリリスに会いてえって聞かねえんだよ」


「ふーん」


 リリスのテントまで歩きながら、あたしはウェジーと久しぶりの再会を喜んだ。


「しかしメフィスト。お前なんだよその格好。人間のオンナみてえだ。匂いは悪魔そのものだけど、ここはヴァルプだぜ?もちっとマシな格好したらどうだ?」


「仕方ないだろ。ご主人様をチビらせるわけにはいかないんだよ。しばらくはこのままさ」


「なんだメフィスト。お前の悪魔の姿はそんなに醜いのか?」


 タケルが失礼な発言をしたのであたしはからかってやることにした。


「そりゃあもう。人間が目にすれば精神に異常をきたすくらいおぞましい姿ですよ」


「そ、そうか。俺の前でそのままでいろ。命令だ」


「アイアイサー」


 ウェジーがクスクスと笑っている。


「しかしウェジー。お前もいつまで付人なんてやってんだ。すぐにでも独立して曲を発表しまくれよ」


「そうしたいんだがな。でもリリス様の付人を申し出たのは俺だし。それにホラ。事情があってだな」


「真名か……」


「そういうこと」


 ウェジーはお袋に弱みを握られていた。あたしはそれも含めてお袋のアーティストとしての顔が気にくわない。


「でもさ!悪いことばかりじゃない。念願叶ってようやくステージデビューが決まったんだ」


「マジかよ!?いつだ?」


「今日さ。このヴァルプで」


「ウェジー!」


 あたしたちは抱き合って喜んだが、一方でタケルはえらく不機嫌な顔だ。


「おいイチャイチャするな。早く案内しろ。まったく。発情悪魔どもめ」


 あたしはタケルをシカトする。


「でも、あくまリリス様のフィーチャリングさ。一曲だけ。イベントの最後にやるアンコールタイムでやるんだ」


「それでも凄いさ。いよいよ『リル・ウェイン』のお披露目ってわけだな。おい、バックDJは決まってんのかよ」


「それなんだがな。誰に頼むか迷ってたところでお前にバッタリだ。こいつは運命だよ。成功する運命さ。メフィスト、バックDJをやってくれるか?」


「くれるか?だと?こっちから頼むよ!歴史的な瞬間に立ち会うんだ。光栄なことだ」


「ああ!ありがとうメフィスト!最高のパフォーマンスを約束するぜ!」


 話が最高潮に盛り上がったところで、ウェジーは足を止めた。


 そこは乱立するテントの中でも一際悪趣味なショッキングピンクに染められた馬鹿でかいテントの前だった。


「ついたぜ。ここがリリス様のテントだ」


 中からはお袋が醸し出す特有の甘ったるい体臭と、人間の血肉が出す強い臭気が混ざった嫌な香りが漂っていた。


「今リリス様を呼んでくるよ。中はそちらさんにはちとキツいだろ?」


「サンキューウェジー。気が利くな」


 あたしはウェジーのこういう優しいところが大好きなんだ。悪魔にしちゃ優しすぎる。


 ウェジーが中に入ると、タケルがガチガチに緊張し始めた。


「い、いよいよリリスタンに会えるのか。ファンとして、こんなに光栄なことはないな」


「そんな大袈裟ですよ。たかが悪魔なんだから。もっとリラックスして」


「馬鹿野郎!俺はな、あの会場にいた悪魔どもの代表なんだ。ファン代表として、奴らの想いも一緒にここまで持って来てるんだ」


「へいへーい」


 あたしは何だか面倒臭くなって話を流した。ファン代表ね。ファンはリリスを敬愛するけど、お袋にファンを想う気持ちがあるだろうか?


 その瞬間、あたしはテントから飛び出してきた甘ったるい体臭のババアに抱きつかれ地面に倒れ込んだ。


「あ〜んベイビちゃ〜ん♡今日のライブ見てたぁ?んもう最悪ぅ!なにあの一番前にいた奴ら。ホント毎回ちょーキモい!!キモい!キモい!キモーーい!アナタがいてくれなかったらアタシ最後まで歌えなかったわぁ。特にあのいっつもいる蝿がマジでイヤ!早く死んでくれないかなアイツら」


 世の中そんなに甘くないというか上手くいかない。


 タケルは放心状態で顔が真っ青になっていたが、あたしはようやく正気に戻れた気がした。


「ああ。あたしもキモいと思うよ」


 あたしはニヤニヤとタケルを見ながら答えた。


続く

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