第12話 クリスマスイブの約束

「可愛いなオマエ、野良か?行くとこがないならウチに……」


 源田が言い切らないウチにあたしはヤツの手を振り払って飛び退く。


「なんだ。オマエ、急にどうした。ホラ、おいで。こっちへおいで」


 逆だよ、オマエさんがこっちに来い。


 人間には「眼は口ほどに物を言う」という言葉があるらしいけど、悪魔の眼はそれ以上だ。相手を誘い込む。あたしは源田の心に呼びかける。


「コイ、ゲンダハジメ、コッチヘコイ」


 源田は辺りをキョロキョロ見回したりしたがそのうちにまたあたしの眼に魅入る。


「コイ、コッチヘコイ」


「オマエが、私を呼ぶんでるの……か?」


 神秘家ってヤツらは吞み込みが早くて良いね。普通ならなかなか犬に呼び掛けられてると思わないよ。


 あたしは歩いては止まり歩いては誘いを繰り返し、源田を人気のない所まで誘い出した。源田はフラフラとゾンビの様に着いて来る。


 あたしは適当な暗がりに入ってことの第一段階に入ることにした。しかし犬がしゃべくり出すのも間抜けだし、かと言っていきなり悪魔の姿じゃ、やっこさんもちびるだろうに。


 そこであたしは、昨晩源田を蹴飛ばしたムッチィマウスの女を思い出した。


 あたしは地獄に願う。


『変化の歌〜ゲットショーティ〜』


『マルバスおいで歌っておくれ。金銀財宝お宝も良いが、人を躍らす魅力をおくれ。呼ばれていったパーティでだって、いつでも主役にさせてくれ。誰もが振り向く花にして。機嫌よく踊った後でなら、命も決して惜しくない』


 あたしは頭からつま先まで昨晩の道化女にすっかり化けてやった。


 ちょうどその時、フラフラと誘われた源田があたしの姿を見つけた。夢心地でぶっ飛んでるやっこさんがあたしを見た時の目。今でも忘れないね。


「キミは!なんで‥いや昨晩は‥どうしてこんなところに‥」


 取り乱しちゃって取り乱しちゃって。カワイイもんだね。


 あたしは暗がりでタバコを燻らせながら静かな口調でこう言った。


「昨日はゴメンなさいねセンセ。急だったからビックリしちゃったの。本当はもっと……センセと一緒に過ごしたかったのよん」


 あたしは源田の顔に煙を吹きかける。


「ゲェッホッゲェ‥いやキミは大層に怒っていたからなあ‥いや、まさかだよ!嬉しいなあ」


 源田は喜びと煙にむせ返って、涙まで流し始めた。


「イヤだわ。オンナはいつだって、本当の事は顔に出さないものなのよ。特に素敵なオトコの前ではね」


 そう耳打ちしてやった。


 こういうのは殆どお袋からならった技術が多い。なんたってお袋は地獄イチの淫売ビッチだからね。


 源田は平常を装っていたが頬を赤らめていたし鼓動も早くなっていたから動揺は隠せない。


「なんだかよく分からないけど、キミの様な若い娘さんにそんな風に思ってもらえて嬉しいよ」


「ねえセンセ。あたし、またゆっくり二人でお話したいの。今夜すぐにでも」


「え?今夜かい?今夜はクリスマスイブだからねえ‥遅くならないと身体は空かないんだが」


 カルト宗教の儀式に優先順位で負けるのは流石に嫌だね。


「そんな予定とあたしのお願い、どっちが大事なんですセンセぇ」


「ええ?クリスマスイブだよキミ?予定ないの?変わった娘さんだな……まあ良いや、じゃあ夜11時くらいに待ち合わせしよう。またお店に行けば良いかな?」


 店には本物の道化女がいる可能性がある。偽物と本物がかち合うのはマズい。だってあたしの方が魅力的だからね。向こうがあんまり可哀想だ。


「お店はイヤよ。ムードが無いもの。もっと静かなところが良いわ。例えばそうね‥センセのお部屋とか?」


「ワシの部屋かい?んー散らかってるからなあ……まあでも、今夜は説教が終わった後なら信者たちもあまり居ないし良いだろう。じゃあ11時に私の教会に来なさい、場所は……」


「アソコのバカデカい教会の一番てっぺんでしょ」


あたしはうっかり即答する。


「ばかに詳しいんだね。そうだよ。裏口の鍵は開けておくから上まで登ってくると良いよ。今日はクリスマスイブだから信者たちも少ないんだ」


「承知しましたわセンセ。では今夜。また後ほどね」


 そう言ってあたしは源田の無精髭だらけでザラザラしたアゴを撫で、タバコの煙を吹きかけてやっこさんがむせてる間に姿を消した。


 あたしは一層の気合いと共に、雪の降る街で約束の時間になるのを待った。


 そして、人間の灯りが落とされ雪明りだけが街を照らす時間帯やってきた。全ての喧騒を雪が吸い込み静寂が訪れる。


 そして大きな時計の鐘が、重々しく、きっかり11回鳴り響いた。


続く

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