骨拾い

火野佑亮

 祖母が亡くなった。享年九十四歳、あまりに呆気ない最期だった。数日前から引いていた風邪が災いし、つい先日息を引き取ったのだ。故人についてこのような形で語るのは躊躇とまどわれるが、この出来事から受けた感慨を簡明直截かんめいちょくせつに伝えることが私の使命であるという感に従い、これを綴っていこうと思う。

 私の祖母の家系は天理教であった。いわば神道の一派にあたる。

 天理教における肉体は神様からお借りした姿であるとされ、「出直し」の時、これをお返しするのである。その状態はまた新しい肉体が見つかるまで続き、そののち生まれ変わる。つまり断絶とはしばしの休息であり、なのである。

 天理教の通夜は初めに祓詞を奏上し、次いでみたまうつしの儀を行う。献饌けんせんがあり、玉串奉献がある。しずめの詞が唱えられ、斎員の列拝れっぱいがある。斎員とは、神式の葬儀における世話役のことである。そして遺族らによる列拝と玉串奉献に移り、撤饌てっせんを最後に一通りの儀式を終えるのである。告別式も完全にではないが、これとほぼ同じ手順を踏む。私は自分を天理教徒だとは思っていないが、この形式に従うことが祖母への弔いになるだろうと考え、列拝では二礼四拍手一拝四拍手一礼を守らせてもらった。


 通夜の数時間前、私と家族は或る近くのセレモニーホールの一室に来ていた。通夜と告別式は隣の部屋で行う。

 この日は秋だというのにやたらと暑かった。まるで忘れられた一日が、ここぞとばかりに押し寄せてきたかのように。私はスーツの袖で首元の汗を拭いながら、祖母との対面までの時間を過ごしていた。

 打ち覆いを外すと、そこには祖母の穏やかな顔があった。

 表情は心なしか微笑んで見えた。丁寧に施された死に化粧が華やかでさえある。苦痛に顔をしかめ、無常な生に耐えていた面影はそこにはなく、細かな皺の一つ一つさえも、丁寧に洗い清められているようだった。

 祖母は亡くなったというよりも、こうして新しく生まれ変わったのではなかろうか?——そんな取るに足らない思慮が脳裏に浮かんでは消えていく。この部屋は辺りを領している静寂によって、時間が止まっているかのようだった。

 ……その後の通夜は粛々と進められた。不寝ねずの番は、祖母の長男にあたる叔父の夫婦と私に予め決められていた。その夜は眠れず、布団にくるまりながら、私は清拭せいしきの時の、祖母の腕に触れた瞬間を思い出した。

 あの澄んだ鉄のような冷たさは、明らかに生きている人間のそれとは違っていた。死後硬直で手の表情が全く変わらないことが確かめられた時、自分の眼から涙が自然に流れてきていることに驚いた。

 あの時、確かに祖母は生まれ変わった。そう感じた。

 だが葬儀はまだ終わっていない。まだ私は何かを忘れている、だがそれが何なのかはとんと予測がつかない。

 何も分からない。私はそう小さく呟いた。そして眠れないだろうと思いつつも、冴えきっている瞳をそっと閉じるのだった。


 翌日は葬儀と告別式だった。火葬場へはバスで向かった。

 祖母の遺体が火葬室へ運び込まれる。あの棺に入れられた肉体が、花々が、指環が、火に投じられるのだ。それが一体どういうことなのか、この時の私は観念でしかそれを理解していなかった。

 ……これが喉仏です。これが膝のお皿です。これが腰の骨です。……係員がそれぞれの箇所の骨を説明し、各人が骨壺に入れていく。

 焼かれた後の骨は脆い。少し箸で突つけば簡単に崩れていく。もう少し硬質であってもいいだろうに。だがこれこそが、日常というもののもう一つの姿なのだ。

 物質が霊魂の実相ではないにしても、私が目にしている光景はあまりにも無惨過ぎた。と同時に、私の中の魂の観念が肉体に依存していた事実がはっきりと露呈した。

 私は祖母の顔に一種の美しさを見出していた。だがそれは我執ではなかったか。

 今目にしている、この光景こそがあの無明というものの実質ではなかったか。

 「これこそが本来の面目だ」という確信が生まれたまさにその時点で、心には既に我執の闇が蔓延っていたのではないか。

 私は思索のわだかまりを抱えたまま、告別式ののち荷を整え、帰路についた。

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