第1話 転生ナビゲーターは突っ込み屋?

「はっ……!」


意識がバッと戻り、目覚めた私は反射的に飛び起きた。しかし、そこは灰色のコンクリートに囲まれた部屋でその場には木製のテーブルと椅子、出入り口と思われる扉があるだけの何とも異様な場所だった。


「うん? うーん……うん」


死んだと思っていたが、体は至ってピンピンしている。

だけど、この状況に私はある既視感を感じていた。


「(なんかこの感じ、異世界転生系のアニメと同じなんじゃ――?)」


そう考えをまわしていると正面の扉が開き、一人の少女が入ってきた。その少女の年齢は私より若く、十代後半くらいで黒髪のロング、フリルのついた可愛らしい白色のスカートと水色のTシャツを着ていて、まるでアイドルの様な容姿だった。しかし、その手には容姿にはそぐわない黒のバインダーを手に持っていて、どこか真面目なそうな女の子にも見えた。


「始めまして、あなたの『転生ナビゲーター』をさせていただきます。ユキと言います。どうぞよろしくお願いします」

「え? て、転生――ああっ、は、はい!! は、はじめまして! よろしくお願いしますっ!」


転生ナビゲーターという単語を聴いて私は『自分が死んでしまった』と直感的に理解したが、同時にこれからの展開に心を弾ませた。


「(……これってさ、これってぜぇーったい、異世界転生フラグだよね!?)

  

アニオタの私としてはこんな展開は腐るほど見てきているからごくりと唾を呑み込む。もはや、自分が死んだという事実など何処かに飛び去ってしまった。


「とりあえず、椅子にお座りください」

「あっ、はい!」

「では、私も失礼して――ええっと……」


一方、私と対峙しているユキさんは落ち着いた様子で向かい側の椅子に座り、黒のバインダーの中身を見始めた。


「まず、確認からさせてください。あなたは鈴谷 エリカさん、24歳で間違い在りませんか?」

「はっ、はい! 間違いないですっ!」

「あ、ありがとうございます。えっと、ご自身が亡くなられたことは――?」

「知ってますっ!」

「え、あっ……そ、そ、そうですか」


私がハキハキと返事をするとユキさんは、そのテンションに動揺しながらもペラペラとバインダーの資料を捲る。


「あ~なるほど……そういうことか。エリカさんは凄くこちらの世界の方には詳しいようなので事細かい説明とかは省いても大丈夫そうですね?」

「は、はいっ! 私、モンスターでも勇者でも、何なら悪役令嬢とかでも何でもイケますよ!?」

「アハハ~そうなんですか~すごーい……。――な、なんかヤバい人のナビになっちゃったな、こんな人見たこと無い」

「そ、そうですかぁ~? えへへ、ありがとう!」

「いや、別に褒めてないからっ!」


ユキさんは冷や汗をかいているようにも見える。でも、自分がファンタジー世界に立てるのだと思うと心が躍って仕方がなかった。そんな私の気持ちを抑え込むようにユキさんは咳払いをする。


「んんっ! 失礼しました。よし、気をとりなおして……。エリカさん、あなたは病気で不幸にも命を落としました。本来の天命であれば60――いえ、80歳ぐらいまでは生きれる見込みでしたので、天界はあなたの命に対して『転生』という対価を持って補てんを行います。ですので、少しだけ質問をさせてください」

「はい! 何ですか?」

「あなたが望む異世界像。つまり、エリカさんが行きたいと思う異世界はどんな世界ですか?」


来た。転生に直結する話だ。けれど、私には特にコレといって望む世界像など無い。

強いて言えば『異世界であることを実感できる世界』であれば嬉しいなという程度だ。まぁ、でも小さい願望を挙げるなら――その……キリが無いけれど。


「私の望む世界か~うーん、やっぱり旅がしたい!」

「なるほど、旅を――」

「あっ、でも、腰を落ち着かせられる場所があるのもいいなぁ~? で、それで、異世界の食材を使って料理したり、ぺットを飼ったり! それから剣士とか魔法使いになって人の役に立ったり――あとあと!!」

「あっ、はーい~分かっ~りましたぁ! もう結構ですぅ~真面目に聴いた私が馬鹿でしたぁ!」

「えぇ~!? まだ言い足りないのに!?」

「いや、もう充分ですから!! てか、もう入れたい異世界要素を喋んな!! ホント、この人の相手してると調子狂うなぁ……」

「ええっ!? そうなの!? それがノーマルだとばかり――」

「これがノーマルな訳あるかぁぁぁ!!!!」


はぁはぁと息切れを起こしたユキさんを見て、面白い人だなと思って笑ってしまう。私にとってはこんな感じで転生へ導いてくれようとするユキさんとの会話すら、最早ご褒美だ。


「な、なにをこの状況で笑ってるんですか?」

「いや、ごめんごめん。ユキさんって面白いな~って。ほら、もう私って死んでるじゃん? だから、楽しくて楽しくて」

「ああ~そうですか、そうですか。それはようございましたね? ったはぁ……それじゃ、最後にサラッと転生後の事について説明しますよ?」


ユキさんは疲れ果てたようにジト目で私を見ながら説明を始めた。


「転生ですけど、死んだ人間を生き返らせるという意味で『転生』という言葉を使ってますけど、正確には『転移』になります。要は人生のやり直しみたいなものです。ですので、今のエリカさんの体型と記憶はそのままで異世界に入る形になります」

「うん。分かった! 別に他人になりたいとか思っていないしね! それは願ったり、叶ったりかな!」

「それであれば良かったです……。――もし、そんなの嫌だって言われてたら一発殴っていたところです」

「ん? ユキさん、今、なんか言った? この距離でもしっかり大きい声で話さないと聞こえないよ?」

「あっ、いえ、なんでもないですよ? それで……転生に際して、3つだけ持込みが出来ますが、どうしますか? もちろん、持ち込み無しっていう事も出来ますが?」

「持ち込みたいっ! 持ち込みたいけど……うーん」


さて、どうしたものかと私は少しの間、悩む。この選択次第では天にも地獄にも変わりそうな気がする。だけど、一つ目は既に決まっていた。それはやはり、何も知らない世界で生き抜くために必要になるアレだろう。


「じゃあ、ユキさん。まず一つ目は、異世界で使える多額のお金で!」

「キリっとした目で言う割に抜け目ないですね……?」

「いや。だって、お金なかったら何もできないじゃん!」


言いたくないが、最後はお金がモノを言うのは世の中の常識。

それは異世界でも現世でも変わらないはずだ。


「2つ目は……そうだなぁ~? じゃ、無限に収納できるインベントリーかな? なんか、こう『インベントリーオープン!』とかで呼び出したり、閉まったりできるようなやつが欲しい!」

「今度はインベントリーですか? また随分とマニアックなモノを……」

「そう? 割と普通だと思うけどなぁ~? 持ち運びが楽になりそうだし!」

「ん……? ソレ、ただ単にエリカさんが荷物を持ち運びするのが面倒くさいだけなんじゃ?」

「フュ~フュ~? しょんなことないよぉ!?」


私の考えを射抜くなんてユキさんは案外、凄いのかもしれない。私は掃除とかが苦手なタイプなのだ、インベントリーがあればでうまいこと荷物を収納できるし、知らない世界でお金を持ち歩くのも楽になる。


「あ! じゃ、じゃあ、最後の三つ目! 三つ目は異世界で他の人と交流できるだけのコミュニケーション力が欲しい!」

「え? エリカさんってもしかして、他人と話せないタチなんですか? でも、それを改善するのはちょっと無理が――」

「うっ、確かに昔はそうだったけど……って! そ、そうじゃなくて異世界で使われている言葉を理解して、文字を書くことができるみたいな基本的な能力のことを言ってるの! ユキさん、ちょっと私を馬鹿にしすぎ!」 

「ああ~なるほどですね。要は会話とかで苦労すると面倒だから知識をくれと?」

「うぅ……もう、ひと言多いよぉぉぉ!」

「そうでしょうか? まぁ、何はともあれ、三つ揃いましたね?」


顔を膨らませながらユキさんに目を向けると引きつったスマイルを返された。

その心の内が分からないからちょっと怖い。


「では、いよいよ転生――もとい、転移を始めましょうか!」

「待ってました!(異世界に行ったら魔物を倒して、おいしいご飯を食べて、お酒を呑んで可愛い服を探して自分のいい様に過ごすんだ~えへへ、ヌフフフフ……)」


この時点でもう妄想が一人歩きをしていた。それは表情にもでてしまっているだろうか。ユキさんが少し退いているようにも見える。


「じゃ、じゃあ……その、エリカさん? 知らない世界で色々、大変だとは思いますが、その……どうかそのままでいてください……」

「むぅぅ……ユキさん、絶対、私のこと馬鹿にしてるでしょ!?」

「ど、どうですかね~? はーい。じゃあ行きますよ! さようならっ!」


ユキさんがそう告げると私の体は光り輝き、温かく心地よい感覚の中、意識が落ちていく。いよいよ私の異世界生活が始まるのだ。意識が薄れているのにドキドキが止まらなくて、今にも心臓がはじけそうなくらい期待に満ち溢れていた。

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