竹取り物語 ~大学に入りて竹を切りつつよろずのことにつかひけり~

リアム

第1話 緑の人と出逢った

「キャンパスライフ」



それは子どもから大人へと移り行く4年間であり、卒業と同時に世間の荒波へと漕ぎ出していくことを考えれば、社会への最後の猶予期間と言えるだろう。



幼稚園を卒園し、小学校を卒業し、中学校を卒業し、気付いたこと。それは理想と現実は違うということだ。



理想では、小学校入学と同時に友達100人を作り、お山の上でピクニック。部活ではエースを務め全国大会出場。高校では、麗らかな異性との青春の日々を過ごす。



しかし、友達は100人には届かなかったし、部活の最終成績は地域予選の初戦敗退。異性と一定以上の進展はみられなかった。



卒業、入学の節目に過去の自分を、「幼稚な万能感を持ちやがって」とバカにし、「これからは身の丈にあった目標を持つぞ」と意気込んできたが、それも3回目となればいささか自己分析能力に欠陥があるのではないかと心配にもなる。



しかし、キャンパスライフに関しては期待を抱かずにはいられなかった。




「キャンパスライフは人生における夏休みだぞ。」




進路を決めるに当たって大変お世話になった恩師の言葉である。夏休み。なんとよい響きであろうか。この言葉を聞くだけで、夏休み前最終日、持ち帰る荷物の重みと比例したようなワクワク感が胸に湧いてくる。



キャンパスライフが人生の夏休みということはつまり、今までの人生は4月から7月までの3ヶ月間、生まれ落ちてから、人間らしい生活を身に付けるまでのチュートリアルのようなものと言える。



なるほど、これからが本番だと考えれば今までの人生でうまくいかなかったことも誤差の範囲内であった。



大学進学するに当たって、中学2年の妹が下に控えていることもあり、実家から地元の私立に通うか、費用のかさまない国公立なら一人暮らしも可能という二択を与えられた。夢の一人暮らしに向かって猛勉強した結果、地方国立大学の青丘大学に合格した。



青丘大学は、北に山々が位置し、南は太平洋に面した、自然に恵まれた大学である。キャンパス内には人文学部、教育学部、理学部、農学部があり、それに伴って多くの学生が在籍している。自然に恵まれ、多くの人との出会いがあるとなればそれはまさに理想の環境であると言えるだろう。



進学先が決まり、下宿先が決まり、引っ越しの日程も決まり、あと決まっていないのはキャンパスライフにおける目標だけとなった。



今までの目標を鑑みると明らかに高いハードルを設けてしまっていた。目標というものは達成可能だからこそ目標というのだ。そこが満たされなければ、ただの理想でしかない。



そのことに気付いてからは考慮に考慮を重ねた。また、それを練りに練って、煮詰めた結果「大学デビューする。」という端的な目標が出来上がった。



今まで達成されなかった、すべての目標はここに収束するするといっても過言ではない。



そうしてささやかな目標を掲げた竹田達郎は栄光のキャンパスライフを過ごしていくのであった。





というのが、引っ越し前まで思っていたことだ。


今現在は、次の授業へ向かいながら、この学校における環境的な問題点を脳内でまとめている。




その1、広すぎる


受験に来たときはむしろ、高校とのスケールの違いに好意的な受け取り方をしていた。キャンパス内の移動距離が非常に長い。山の斜面に位置しているせいで階段が多いため、まるで山奥の寺へ通う修行僧のような気分が味わえる。




その2、周りに何もない


キャンパスの近くにスーパーやコンビニはあるが、それ以外は田んぼが広がっている。娯楽の一切が排除されており、映画やカラオケ等を楽しむためには自転車で30分ほど漕いで都市部に移動しなければならない。俗世を離れ隔離された空間に身を置く修行僧のような気分が味わえる。




その3、虫や野性動物が多い


校内の至るところに、注意喚起の看板がある。マストなのは野性動物出没注意と蜂の巣注意の看板だ。奥地に行くと熊とかいるらしい。シンプルに怖い。自然と一体となり、悟りを開こうとする修行僧のような気分が味わえる。



もしかしたら、世間一般ではこのような環境を「自然に恵まれた環境」と言うのかもしれない。私はノーサンキューだ。



「森の小道」と表現したくなるような、道を抜けると学内の真ん中にある大通りへと出た。新入学のシーズンだけあって人がたくさんいる。明らかに新入学の人や、新入生に話しかける上級生、人混みに顔をしかめる壮年の男性、山登りの格好をしたおばさん。無秩序な人の群れを見ると、まるで祭りのようで少し心が踊った。



まぁ、環境はいずれ慣れるものである。


大事なのは、ここで「どんな人と出会うか」だ。


大学生ともなれば、皆が人間的な成長を遂げて、それぞれが独自の考え方、価値観を持ち始める。そうした人との関わり合いの中で、自分の成長を感じたり、生涯の友や、場合によっては将来の伴侶も見つけられるだろう。と、恩師も言っていた。


きっとこの青丘大学は、そうした出会いに溢れていることだろう。



「~~♪~~♪~~♪」



人混みを進んでいくと歌が聞こえる。どこかで聞いたことがある懐かしさに引かれて、人混みを声の方へ進む。



「~~♪~~♪~~♪」



ああ確か、小学校の時だ、小鳥が歌って緑が茂る牧歌的な歌詞と、サビの響きが好きだった歌だ。



「!?」



なぜか人の密度が高い一角を抜けるとそれらはいた。



彼らが歌う曲の題名に違わず、緑色の体をした男達が腕を組んで踊り、楽しげに歌っている。


狂人の類いだと思い、後ろに引き返そうとしたが、圧力が強く跳ね返されてしまった。


この一角だけ人の密度が高いのは、皆が一様に「関わらないようにしよう」という一心で強固な壁を作っているからに他ならなかった。



跳ね返されてしまった私は必然的に緑色の男たちの目の前に躍り出ることとなってしまった。


男たちは全身が緑のタイツに包まれており、顔まで緑色に塗っている。何かの部族かと思ってしまうが顔は日本人だ。


男たちは私を見て歌うのを止めた。そして、ゆっくりと私に近づき、




「大丈夫ですか?」



「今、跳ね返されてましたけど…」



「いやー、この時期は人がたくさんで危ないねぇ。」




普通に話しかけてきた。見た目だけだったら異種属間交流だが、日本人らしい思いやりがそこには感じられた。



「へっあっあ、だいじょうぶで、です。」



だが見た目は依然、緑色の変人達なので、こちらまで挙動不審になってしまった。




「新入生?」



「俺らもこんな頃あったな…」



「いやー、初々しいねえ。」




緑A緑B緑Cが和気あいあいと話している。この隙に立ち去ろうと思ったとき緑A


に見つかってしまった。



「あっもし良かったらビラだけでも持って行ってよ!今週末にちょっとしたイベントもやるからさ!」



そう言って緑Aはビラを渡してきた。その場で突き返したいところだが、そんなことよりも今は一刻も早くここから去りたかった。


いくらか圧が弱まった人混みに戻り、授業の教室を目指す。後ろは決して振り返らなかった。もしも、また彼らと目が合ったら望まぬ繋がりが生まれてしまいそうだからだ。



初回の授業が終わり、下宿へと帰る。足がパンパンだ。卒業の頃にはカモシカのような足になっているに違いない。


炊飯器から米をよそい、スーパーで買ってきたコロッケを食べる。惰性でつけたテレビではローカル番組が知らない町を紹介している。足を揉みながら視聴する。



知らぬ間に二時間ほど過ぎていた。



初日の疲れもあり、眠気が襲ってくる。早く入浴して寝よう。


寝る前に明日の支度は済ませておこう。


今日の支度を取り出すと、教科書の間に紙が挟まっていた。


誰かに見られるのが嫌で雑に突っ込んでしまっていた。改めて見てみると宗教の勧誘ではなく、サークルのメンバー募集だった。



「竹林整備サークル グリーングリーン 竹林整備や竹細工の活動をしています!興味があるかたはぜひ!毎週月曜木曜13:00より」



緑色を崇拝する宗教でなく、竹に関するサークルだった以上あれは竹のつもりだったのか…絶対伝わらないだろう。


謎がひとつ解けてスッキリした。


まぁ、どちらにせよこれから関わることもないだろうとビラを丸めようとしたとき、ふとした違和感が有った。なにかも見落としているような…



ビラをもう一度見返すとそれがわかった。




「今週末、タケノコパーティー開催!タケノコ取り放題!食べ放題!奮ってご参加ください。」




実は私は食べ放題が大好きなのであった。

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