第三章 現在への帰り方/根本的な勘違い

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『みなさん、下校の時刻となりました。校内に残っている生徒は、すみやかに下校してください』



 七年前から戻ってきて、十五分くらいが経っただろうか。


 田辺と一緒に廊下で待っていたのだが、部室の扉は開かず、渡瀬が出てくる様子もない。



「今日は妙に遅いな。いつもなら完全下校の放送が流れる前に戻ってきていたが」


「ったく、しょうがないやつだな」



 こうなればもう、こっちから迎えに行くしかないだろう。

 今はサトミのことで頭がいっぱいなのに、面倒な。


 扉に手をかけ、無造作に回す。


 しかし、その感触は固い。


 拒絶するような低い音を立てるドアノブは、ほとんど回らなかった。

 そのまま押しても、開かない。



「あれ? 開かない」



 もう一度試すが結果は同じ。

 まるで最初から鍵はかかったままだったかのような態度だ。


 嫌な予感が背筋を凍らせる。



「田辺、これってもしかして……」


「ああ、恐れていた事態が起こってしまったのかもしれない」



 窓にもたれていた田辺は、同じようにドアノブを掴み何度か回そうと試みる。

 けれどやはり開かないままだ。



「渡瀬が過去に置き去りになってしまったようだ」


「そんなバカな……どうして?」


「わからない。放送があったから時間は六時前か。タイムスリップには時間も関係しているのだろうか? いや、考えている場合ではないな」



 そう言って、田辺はドアノブから古ぼけた鍵を抜き取ってしまう。



「おい、それがないと渡瀬が戻ってこられないんじゃないのか」


「どちらにしろ現在は行き来できないと考えるべきだ。条件はわからないが、明日の放課後になればまた通じる可能性もある。鍵は確保しておくべきだろう」



 あの鍵が文字通りタイムスリップの鍵となるのであれば、ここに置いていくことはできない。


 誰かに回収されて行方がわからなくなれば、それこそ渡瀬の帰還は絶望的になってしまう。



「それにいつまでもここに残っていることもできない。渡瀬には一晩、七年前で過ごしてもらわざるをえないな」


「ああ……」



 田辺の冷静な言葉に救われる。


 オレたちはずいぶん久しぶりに二人で帰路につくことになった。



「今までは、なんとなくで片付けてきたがこうなってしまってはそうもいかない。早急にタイムスリップの条件を突き止めなくてはならないだろう」



 田辺は手帳を開き、つぶやく。



「確認しよう。今まで、過去へタイムスリップするときはいつも渡瀬が先頭だった」


「ああ、たしかに」



 あいつが河村に会いたがるから、その順番だったのだ。



「ってことは、過去へ行くには渡瀬じゃないといけないのか?」


「休日に実験したかぎりでは、そのような関連性は見つからなかった。だが順番に関係はあるのかもしれない。戻ってくるときはいつも麻倉、キミが先だった」


「あいつ、帰る直前まで未練がましいところあったからな」


「入った順番、出てくる順番。そういうものも条件の一つなのだろうか? しかし……」



 手帳をめくりながら、田辺の眉間の皺は深くなる。



「渡瀬は今日うちに泊まったことにする。ご両親にはおれから連絡しておこう。一晩くらいならごまかせるはずだ」


「それならオレも一緒に」


「いや、キミは帰ったほうがいい。なにがあったのかは知らないが、ひどい顔をしているぞ。帰ってしっかり休むべきだ」



 そう言われて、オレは手で自分の顔に触れる。


 それでどんな顔色なのかわかるわけもなかったのだが、無意識の行動だった。



「……いつも悪いな。面倒なことを押しつけて」


「気にすることはない。では、また明日。あまり気に病むな」


「ああ」



 田辺と別れ、一人になる。


 すぐそばにいる幽霊のことを考えると気が滅入るので、渡瀬のことを考えた。


 あいつ、大丈夫だろうか。

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