第30話 決戦を遊ぶ(6)

「なァ、反論の余地もないだろう? 私が優れていて、お前だちが劣っている。それだけが答えなのだから。結果こうして、君たちは私が来て欲しい、その部屋にやってきたわけだ! お疲れさん!」

「この……ッ」


 言いたい放題のゴルロワに、何か言い返そうとする。

 だが……その瞬間。


 ――ずしん。


 重々しい音とともに、この部屋に新たな者の姿が。


「グッヒッヒッヒッヒッ……グヒッグヒッ」


 ずしん。ずしん。

 人語の体をなさない声を発しながら、人の形をした巨大生物が現れた。


「な……んだこれは?」

「さあ、なんだったっけな。元の名前は忘れたよ」


 俺の問いに、ゴルロワは半ば興味がなさそうに返す。


「召喚系のギフトってやつをイチから作ってみたくてな。ヒトの形と知能を持った召喚獣を作れれば……ついでにそれがデカければ、最強だろうと思ったんだが」

「なんだと……?」

「肉体は作れたが、知能のほうはイマイチだったな。だが、お前らを掃除するには十分だ」


 ずしん。巨大生物はこちらを向いて止まる。


「コイツを暴れさせるために、愚かな貴様らにその広い部屋までご足労いただいたワケだ。私と戦えると思ったか? ざぁんねん」

「グヒッ……グヒヒーーーーッ!!」


 謎の召喚獣は太い両腕を振り上げる。巨大な身体のあちこちは鎧に覆われており、攻撃力、防御力ともに高いのだろうことがわかる。


「う……ううっ」


 俺の横で、ルカがぷるぷると震え出した。臆病な彼女は恐怖している……。

 だけでは、なさそうだった。


「うッ……くそぉ、あたしは、あたしは……不甲斐ないっす……!」


 視える。震えながら、キッと強い目線を、画面のゴルロワに向ける彼女の心の中が。

 申し訳なさと、悔しさ。無力感。

 ゴルロワはそんなルカの様子を見ると、いっそう楽しそうに付け加える。


「ハハッハハハ。お前が泣くのか、ルカぁ! ちょっと珍しいギフトを持ってる以外は、あらゆる点で劣っている愚図が。『持たざる』お前が、『持ってる』私に逆らってる時点でこうなるだろうに! そんな当たり前の結論で泣かれてもなァ!」

「う……ああああ……ッッ」


 横でルカが泣き出す。

 その時。俺は。


「――ゴルロワ」


 生まれて初めてかもしれない。

 本気で、人を、憎悪した。


 ――「神々の時計クロノスワークス」LEVEL.2〈オールフリーズ〉


 時が止まる。

 止まった空気の中をかきわけて泳ぐように俺は動く。

 行き先は……巨大な召喚獣の、鎧に覆われていないわずかな弱点――首。

 邪魔するものは何もない。あるはずがない。

 目的地に到達すると同時、俺は、ギフトを、解除する!


 パ ァ ァ ン !!


「「「――!?」」」


 俺の移動経路でかきわけられた空気が破裂する。

 その音に全員が反応し、エレナが、アリサが、ルカが、そしてゴルロワですら……ゼロ秒前に俺がいたほうを見る。

 だがもちろんそこに俺はいない。

 俺は巨体の首を前にして足を構えている。ゼロ秒の間にそこまで済ませている。

 あとはこの足を……全力で打ち込む、だけ!!


「グッッ…………ヒヒィィィーーーーーーーッッッ!?」


 ゼロ秒の「無限速度」から繰り出される破壊的な打撃。

 めしり、と重い手ごたえがあった。巨体が悲鳴をあげた。

 おそらく……こんな攻撃を受けることを、こいつは想定して作られていないだろう。

 普通なら、この巨体の、長い両腕による攻撃やガードをすりぬけて、鎧のない急所に一撃を叩き込むのは不可能だからだ。

 だが、俺はそれをやった。


「グ……ヒ……イ……ィ……」


 ずうん。

 力の抜けた巨躯が、床に沈み込む。K.O.だ。

 そこで。俺はあらためて、敵の名を呼んだ。


「ゴルロワ」

「な……に……!? 何だと!?」


 ゴルロワは最初、わずかに混乱したそぶりを見せた。あの巨人が一撃でやられるのは計算になかっただろう。


「やられた……か、そうか。クク……ハハハ。なるほど強いな!」


 だが、腹立たしいほどに優秀なこの経営者は、すぐに目の前の現実を受け入れた。

 そんな悪の親玉を、俺は睨みつける。


「ゴルロワ。『持たざる者』を――侮辱するな」

「ン? なぜかね?」


「エレナも。アリサも。もちろんルカも。いなけりゃ、シルバは突破できなかった。絶対に必要な俺の仲間だ」

「引退したポンコツと、アリーナ六位の凡人と、使えない泣き虫がか?」

「そうだ」


「そりゃあお前の目が腐ってるんだ。私の見たところ、お前らの中で『持ってる』のはせいぜいお前一人。まあ『天使』はまだ使いどころがあるが……。残りの『持たざる』ヤツらは、まあゴミだ」

「…………ッ!」


 怒りと混乱で目が回りそうになる。

 ――何一つ持たない「持たざる者エンプティ」だった俺の、からっぽの思い出が。

 俺の過去が。経験が、こいつを絶対に許してはならないと叫んでいる。


「『持たざる者』の中にも……蓄積が。経験が。人生があるんだよ」


 吐き出すように言葉をぶつける。


「何も持ってなかった俺がいまここに立ってるのは、すべてを諦めてたあの頃に、『眼』を養ったからなんだ。お前のいう『ゴミ』だった時代があったから……エレナと出会えた。そして俺は強くなれたんだ」

「…………シュウ」


 つい熱くなる俺を、後ろからエレナが見てる。

 どんな顔で見てるんだろう。でも今は、振り返る余裕がない。

 そして俺の名に、ゴルロワがこれまでと違う反応を見せた。


「……そうか。シュウ、という名。聞き覚えがなくもないと思ったら」


 パン、パンと、乾いた音。手を叩いて笑って……いる?


「アリーナで噂だった『エンプティ』君だな? ギフトを持たなかったとかいう。こいつはお笑いだ。そんな奴が、いま私の目の前にまで来てるのか!」


 ……っ、心が痛む。エンプティという名前はちょっとしたトラウマだ。

 でも。だからこそ。


「……そうだよ。そのエンプティがシルバを退却させて、そこのワケわかんない巨人も倒して、ここにいるんだ。だから」


 俺は、この言葉をこいつに伝えなきゃならない。


「『持つ』『持たざる』で人を決めつけるな」

「……ハァ。まあ骨子は理解したよ」


 ゴルロワはため息をついている。……まるで通じちゃいないか。


「納得はできんがね。まったく、劣った者はやかましい。面倒くさい」

「……そうかよ。だったら」


 やはり。結局のところ、こうするしかないのだろう。


「戦え、ゴルロワ」


 俺は怒りのままに、そいつに決着を申し入れた。


「この中で一番『持ってなかった』俺が、『持ってる』お前をぶっとばしてやる……!」

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