第11話 目覚めし「神」アリーナを無双する(3)

 ――アリーナ。

 運営によって設置された公式の闘技場。

 K.T.Oキルタイムを遊ぶプレイヤーの中でも、特に戦闘に自信のある者が集まり、腕を競い合う場所だ。

 個人戦やチーム戦など様々なレギュレーションがあり、ルールごとにランキングも設けられている。上位の者にはかなりの賞金が与えられるという話だ。

 ここでの試合は各所で配信され、ファンは試合内容に白熱したり、推し戦神ストライカーの勝敗に一喜一憂したりしている。


 興行としての側面も大きい。

 まさにメジャースポーツ、一大エンターテインメントなのだ。

 かくいう俺も、ログインしない間もアリーナの配信は欠かさず見ていた。

 ……ゲーセンの仕事サボりながらだけど(母さんゴメン)。

 やっぱゲーム好きとして、どうしても気になっちゃってさ……。

 ともかくも、アリーナとはそういう場所だ。

 見るのは散々見てきたが、実際に立つのは初めて。

 だというのに。


「いきなり戦場に放り出されるとは……」


 目の前には、個人戦のステージが広がっていた。

 円形で障害物のない、まっさらな闘技場。それほど広くはない。

 周囲は観客席で覆われ、物好きなギャラリーでにぎわっていた。

 その中には、エレナやアリサの姿もある。


「さあ、シュウ。あなたの力を見せつけるのよ!」

「ふん、せいぜい馬の骨っぷりを晒すがいいですわ」


 アリサは、いきなり俺と直接対決はせず、「このわたくしに挑戦する価値があるかどうか、まずは見極めさせてもらいますわ」と言っていた。

 まあアリサも「天界の掃除人ヘブンスイーパー」と言われる上位ランカーだ。そう言うのもわからんではない。

 しかしエレナにアリサ、有名人が二人並んだことで、観客席はざわつきつつあった。


「なんだあの新人……」

「『不可視の天使インビジブル』に『天界の掃除人ヘブンスイーパー』……! そんな連中が注目してるのか?」

「ものすごい逸材なのかも……」

「いやいや、ド新人だろ? 『シュウ』って、聞いたことないぞ?」


 ……うん、イヤ~な感じに目立っちゃってるな~。

 いや、そもそもエレナって狙われてる身だから、目立っちゃマズイんじゃないの?

 俺はちゃんと最初にそう聞いたのだ。

 実際、エレナはアリーナに着いたあたりまでは、変装もしていた。

 ミステリアスな白いローブを着て、フードで顔まで隠していた。

 が、彼女は客席に着くなり、よりにもよってそのフードを脱いでしまったのだ!


「ちょ、ちょちょちょっとエレナ?」


 当然、徐々に周囲がざわつき始める。しかし彼女は動じなかった。


「いいの。……奴らも、アリーナで仕掛けてくるほどバカじゃないわ」


 エレナは声をひそめて、そう言った。


「ここは腕自慢が集う、戦神ストライカーの聖地よ? こんなとこで暴れたら、彼ら全員を敵に回すことになるわ」


 まあ、なるほど、と思う。


「それに……私の名前があったほうが、あなたも話題になりやすいじゃない?」

「そ、それは別によくない!?」

「――いいえ」


 彼女の表情は真剣だった。


「シュウ。あなたがここでのし上がることは、私たちチームにとって意味のあることだから。……頑張ってね。信じてるわ」


 エレナはそんな調子でいつものように強引に、俺を送り出したのだった。

 はあ、と俺は息をひとつつく。

 女神様にそう言われたら、頑張らないワケにもいかないなあ。

 まあ注目されたら緊張で戦えない、なんて言ってたら戦神ストライカーはつとまらない。

 まっすぐ前を見る。ギィ、と音をたてて対角の門が開く。

 対戦相手の、登場だ。

 ――見覚えのある、顔だった。


「……お~やおやァ?」


 腹の立つその声も、覚えがある。


「『不可視の天使インビジブル』お気に入りの新人っていうから誰かと思えば……」


 その男は、大げさに両手を広げて、観客席に聞こえるように言った。


「何十回やっても俺に勝てなかった『持たざる者エンプティ』くんじゃないかァ~~!」

「はは。久しぶり……」


 彼の名はタクマ。俺と同時期にK.T.Oキルタイムを始めたプレイヤー。

 相変わらず、よくしゃべる奴だ。

 あの時も――。


『倒す? お前が、俺を?』

『どうやって?』


 まったく見事に、俺の心を折ってくれた。


「エンプティ……? どっかで聞いたような?」

「ホラけっこう前に噂になったじゃん、ギフトなしで挑戦する無謀な奴」


 コイツの声は客席にまで届いていたようだ。雑談が聞こえてくる。

 どうやらエンプティのことは「無謀なバカヤロウ」として噂になってたらしい。


「普通誰だって一勝くらいはするのに、全敗だったとか。そりゃやめるよな」

「で、そいつを『エレナ』が連れてきた……。勝算があるのか?」

「いや無理だろコレは……。そこいらのザコが相手ならともかくさ」

「だよな、運が悪いよ。対戦相手が、あの――〈スマッシュ〉のタクマじゃな」


 エレナたちもこの組み合わせには思うところあるようだった。


「確かに……シュウにはああ言ったけど、まさかこんな高ランクが相手だなんて。いきなり難しい試練になったわね……」

「ふん、無様を晒すのが早くなっただけですわ」


 エレナは心配そうに見つめ、アリサはそれが気に障ったように目をそむけた。


「シュウなら勝てる……と信じたいけど――」


 客席からの噂話は、闘技場にいても耳に入る。

 うーむ、俺が勝つと思ってる人間はほとんどいなさそうだ。

 すると目の前のタクマがニィッと笑った。


「気づいたか、エンプティくん? 俺様も今や有名人でなァ」


 奴は大柄なアバターの腕をグルグル回しつつ、


「ザコ野郎と違って立派なギフトがあるからよォ、あれから勝ち上がったワケだよ。俺様のアリーナ順位を教えてやろうか? チビって帰りたくなるぜ?」


 そう言うとタクマは得意げに、指を三本立てた。


「――三十位だ」


 オオッ、と、客席から声があがる。


「このアリーナ全体で、個人戦三十位! どうだァ? もう降参したくなったんじゃないかァ~~!?」


 ギャハハハハ、と笑うタクマ。合わせて客席の一部からも笑いがあがる。

 ぐっと、胸を押さえる。昔の俺なら確かにこれで心折れてたかもしれない。

 だが。今の俺は違う。


「三十位か。すごいな。信じられない世界だよ。……でも」

「アァ!?」


 言葉が「でも」と続いたところで、タクマは一気に不機嫌な顔になった。


「順位だけで勝負は決まらないよ」


 ――正直、本当にアリーナ三十位は凄いよ。この大流行してるゲームの三十位。

 以前の俺じゃ、どうやっても届かなかった高ランク。

 でも、俺は幸運だ。今の俺には「元一位」がついてる。ギフトも手に入れた。

 あとは。勝つだけだ。


「そうかァ……降参せずに直接ボコられることを選んだのは……褒めてやるよォー!」


 タクマが獰猛な構えをとる。

 まもなく試合開始だ。

 視界のド真ん中に「READY」の文字が浮かび上がる。

 そして――

 その文字が「FIGHT!」に変わると同時。

 俺とタクマは、地面を蹴って動きだした!

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