もし異世界で新型コロナウィルスに似た病気が流行ったら(後編)

 

 リカルドとオスカー率いる聖属性討伐部隊は、下町のスラムでの感染状況がひどいことに驚いていた。


「彼らを今から無事なものと感染しているものに分ける。明らかな重症者は近くの教会へ連れて行くように。では手はず通りに」


 リカルドの『真実の眼』で見ると、貧民街スラムではほとんどの人間が感染していた。

 それは彼らが距離を取って過ごすということが出来ておらず、マスクの配布も後回しにされていたからだ。

 そして元気なものは食料や薬を調達しようと奔走していた。

 それがかえって感染を広げていた。



 スラムの人々は教会が人を派遣するとは思っていなかったようだ。

 初めは遠巻きにされていたが重症者たちが次々に教会へ連れていかれるのを見て、家(かろうじて屋根があるようなところだが)にいる症状が出ているものを見てほしいと近寄ってきた。


 リカルドは症状ごとにテントに分けて治療しようと思っていたが、ここまでほとんどが感染していたら意味がなかった。


「我々は教会の者で君らを罰しないし、税金を払えとも言わない。ただ全員を治療しなくてはいけないのですべての人に出てきてほしい。赤ん坊や犬猫もだ」

「俺は元気だ!」

 家の中からこちらを見ていた男が叫んだ。


「この病の恐ろしいところは元気な人間の体にもくっついているのだ。むしろ元気な人間が動くことで病にかかっていない人間にうつってしまう。食料も予防方法もある。どうか信じてほしい」


 治療よりも人々を納得させることの方が難しかった。

 だがこのスラムの顔役の娘が感染していて、娘だけを治療しても周りがこれではすぐにまたかかると言われて従ってくれることになった。


 スラムにいるのは軽症者と中程度の症状の者だ。

「ソル」

(はーい)


 ソレイユはいつものひよこでも、30センチ程度の大きさではなく、1メートル以上の大きさになった。

 そして「聖なる光ホーリーライト」を身にまとって、スラム中を飛び回った。

 ソレイユの光を浴びると、黒い穢れは落ちていった。

 熱やだるさのあるものは体が軽くなり、咳やくしゃみが止まった。症状が治まったのだ



「おお、神の鳥だ」

 信仰などとうに捨てた人々だったが、ソレイユの光を祝福のように感じたのだろう。

 治療後、ほかのところに一人でも行って感染したらまた元に戻るため外出を禁止したが、みなソレイユを信じて言うことを聞いてくれることになった。

 やむ得ない場合だけ、出かける際のマスクと石鹸による手洗いの話をしたが食料さえあればみな絶対に出ないと言ってくれた。



 リカルドは改めて思った。

 はっきりとした指標があれば、人は一致団結できるということ。

 あいまいな情報でお茶を濁すより、ソレイユのような信じられる存在が必要なのだということを。



 食料の受け渡しなどのこまごまとした取り決めをして、聖属性討伐部隊はスラムを後にした。

「ソル、大丈夫かい?」

(ちょっとつかれたー。でもソルがんばったよー)

「偉いぞ、ソル」

 そういってリカルドはソレイユの喉元をなでながら魔力を渡した。


(あとでエリーのおかし、たべたいー)

「そうだね。エリー君に手紙を送って作ってもらおうか」

(うん!)



「次の予定は?」

リカルドは側にいた聖騎士の一人に尋ねた。

「その……我々と最も相いれないところ、娼婦街です」

「歓楽街だ。あそこは接客業だ。ここ以上の感染者がいるかもしれない。急ごう」

「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」


「俺の役目はなさそうだな」

「いえ、オスカー殿。ほかの者はあまり女性の扱いに慣れておりません。

 市井でご活躍のオスカー殿に交渉をお願いしたのです」

「……俺だって一応戒律守ってるんだけどな。まぁ仕方がない」

「よろしくお願いします」



 リカルドが恐れていた悪魔の痕跡はなかったが、それでよかった。

 地道に感染者を減らしていく。

 そして治ったものを再感染させないようにする。

 これを続けていくことにした。




 ドラゴがエリーの元に帰ると調合室だった部屋はお菓子屋さんになっていた。

「どうしたの? このお菓子」

「クライン様からお手紙が来て、ソルちゃんが病気治療にすごく頑張ってるからご褒美のお菓子を作ってほしいっていうの。

他の皆様にもおいしいケーキを食べていただきたいから、いろいろ作ってるの」


 側で試食しているモカとミランダがとろけるような顔でケーキにパクついていた。

「さぁさぁドラゴ君も食べて。あっ、ちゃんと手を洗ってね」

 ドラゴは浄化を済ませていたが、エリーは食べるときはいつも手を洗うように言うのでそのまま従った。



 席に座るとあつあつのホットケーキにバターと蜂蜜がかけられたものが出てきた。

「さぁ召し上がれ」

 口に入れると味がおいしいのはもちろんだが、エリーの愛情がしみてきた。

「おいしい……」


「よかった。ほかのお菓子もあるからね。塩辛いのもあるよ。

 モカが『甘辛地獄』がいいっていうから」

「なにそれ?」

「甘いのと塩辛いのを交互に食べると止まんなくなるってこと」

 お菓子で口の中をもきゅもきゅさせながらモカが言った。


「モリー、今日は帰れないんだって。重症患者がとても多いらしいの。

 ソフィアも大丈夫かなぁ」

「タリスマンつけたら大分楽になったって言ってた。

 後で返すからおいしいお茶飲ませてって」

「返さなくてもいいのに。

 でもそうね、ソフィアを招いてお茶会しようかな。気の置けないみんなだけで」

「それいいね。ぼく明日も行くから」

「ありがとう、ドラゴ君」



 エリーは出来上がったクッキーやパウンドケーキを箱に詰め始めた。

「そんなにいっぱい送るの?」

「クライン様はいま娼……歓楽街にいるんだって。

 きっとたくさんの人がいるから余れば分ければいいと思うの」

 娼婦街と広く言われているけれど、娼婦以外の遊興施設もある。

 呼び名で差別の温床になるのでエリーも歓楽街というようになった。


「このポテチも入れよう。うふふ、リカルドも甘辛地獄なるかな」

 モカが嬉しそうに箱詰めを手伝っていた。



「ソフィアには送らないの?」

「教会には寄進が多いからすぐに食べてもらえないかもしれないの。

 日持ちするものだけど、どのくらい放っておかれるかわからないから」

 ドラゴの質問にエリーは残念そうに肩を落とした。


 それでもとエリーは思った。

 ソフィアやリカルドが前線で病魔と闘ってくれるおかげで自分たちが安全にしていられる。

 こうやって少しでも役立てることが嬉しかった。

 

 エリーはいつものようにヴェルシアに祈りを捧げた。

 いつもの感謝と共に、頑張っている聖属性治癒士たちや治安を守る兵たちの無事、そして病に苦しんでいる人の快癒を祈った。








「ジャッコ」

「おぅビリー、来てくれたか」


 ジャッコとビリーがいるのは王都のはずれにある下水道の入り口だった。

「ここにいるのか?」

「ああ、仲間を虐殺されていきり立っている」



 ジャッコの話はこうだった。

 従魔たちの様子を見に回っているうちに、下水道にいるアンダーグラウンドラットたちが毒で大量死した話を聞いた。


 下水とはいえ王都内で魔獣を虐殺できるほどの毒を使うのは禁止されているのだが、ある駆除業者が手間と金を惜しんでやってしまったそうなのだ。

 だがその中に特殊個体がいて、毒耐性を持ってしまった。

 そうして駆除業者に反撃。体内にあった毒を使って、新たな病気を作り出したというのだ。



 一番初めに死んだ旅人はこの駆除業者の知人だった。

 業者を訪ねてきたが怪我をして寝込んでいるので見舞いだけして他の宿を取り、病気を周りにうつしてしまったのだ。

 その業者も独り者だったので葬儀も行われず、ひっそりとベッドで亡くなっていた。


「遺骸と家は浄化してある。あとはアンダーグラウンドラットの特殊個体だが、俺が白虎のときに見つけてな。神気にあてちまって怯えさせてしまったんだ」

「わかった。俺が引き継ごう」



 ビリーはそのまま下水道に入って行った。

 人間が来たと思って、アンダーグラウンドラットの特殊個体は攻撃してきた。

 ビリーの指先に噛みついたのだ。

 噛みついて初めて相手が人間ではなく、魔王だとわかった。


 ビリーは指に噛みつかせたまま、そっとラットの体に触れた。

「お前がかたきを討ちたかった気持ちはよくわかる。あの駆除業者は死んだ。

 だからもう戦わなくていい」

 ラットは噛みついていた口を開いた。


「チュゥー」

「仲間がいなくなって寂しいな。どうだ、俺のところに来ないか?

 お前の家族はいないが、ほかのラットたちもいるし、さっきのでっかい虎も仲間になるぞ」

「チュウ~」

「デカすぎるって? ああ、それは許してやってくれ。

 でも仲間になれば襲ってこないし、お前は新しい家族も作れるぞ。どうだ?」

「チュ」



 アンダーグラウンドラットの特殊個体はビリーの元に来ることに決めた。

「名前は……アンダーグラウンドラットだから、アグだ。どうだ?」

「チュウー!」

 こうしてまたビリーに新しい仲間が増えたのだった。




 みんなの努力の結果、この新しい病の流行はおさまった。

 原因を解明したかったが、はっきりとした発生元が分からなかった。

 でも手洗い・マスク・距離を取るという誰にでもできる方法でかかりにくくなるし、症状が出たら国が直ちに薬を供給してくれる。

 聖属性の治癒も効果あるので重症化する前に治せば命の危険もない。

 

 これ以上恐れる必要はないと王による終息宣言が出され、王都は活気を取り戻した。






 終息宣言が出たことで、エリーはソフィアを呼んでお茶会をすることになった。

 ただし、気の置けない間柄だけでは出来なかった。

(おかしい……、どうしてこうなった?)


 エリーのお茶会にソフィア以外に、リカルドやサミーが来るのはまだいい。

 初めて会うオスカーという祓魔士ふつましまで来た事に驚いた。



「俺はオスカーという。レオンの友人で、クリスの叔父だ」

「エリー・トールセンと申します」

「ああ、堅苦しくしないでくれ。俺は、今はただの祓魔士だ」

 エリーはリカルドの方に理由を尋ねるように顔を向けた。



「オスカー殿はエリー君の送ってくれたお菓子がたいへんお気に召したそうなんだ。とくにポテトチップスがね」

 モカが忍ばせておいたものだ。


「甘い中にあの塩味がたまらなかった。絶妙な配分だ」

 そういってオスカーは破壊力のある笑顔を向けてきた。


「キューン」

 モカがメロメロになってぺっちゃんこになっていた。いわゆるキュン死だ。

 オスカーの言葉が嬉しかったのだ。


「恐れ入ります」

 エリーはモカの手柄ですと言いたかったが、ドラゴ以外にそんな自発的行動をとれる魔獣がいることを隠したかったので黙っておいた。



「では始めましょう。

 今日は従魔たちも頑張ってくれたので席につきますがお許しください」

 ソレイユ、ドラゴ、モカ、ミランダ、モリーの席もしつらえておいたのだ。


「もちろんかまわない。

 彼らの尽力がなければ終息はもっと遅かったかもしれないしね」


 リカルドがこういったので、エリーは心置きなくお茶会を進行していった。



 こうやってマスクなしで会える、話ができる、笑いあえる、一緒に何か食べられるだけでなんと幸せなことか!


 普通に暮らせるということが、実は奇跡の連続なのだと今回の病気のおかげで気づいたエリーは喜びを噛みしめた。




(300万PV感謝記念SS

「もし異世界で新型コロナウィルスに似た病気が流行ったら」   終)



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 新型コロナウィルスによる感染についてはこちらの記事を参考にいたしました。


 https://news.yahoo.co.jp/byline/minesotaro/20200421-00174406/


 私は理系ではないので完璧な理解とはいいがたいです。

 新型コロナウィルスはネズミから発生したとは解明されていません。

 ペストがネズミだったのでモチーフとして使わせていただきました。


 ドブネズミは英語でbrown ratだそうなんですが、ブラウンラットじゃ魔獣っぽくないのでアンダーグラウンドラットにしました。


 これはあくまで異世界の話でフィクションです。

 現実世界と同じではないので、混同しないでくださいね。


 あと私は理系ではないし、医療関係者でもないので、科学的根拠に基づいてお話を書いていません。

 設定緩いと思います。


 皆様のお暇つぶしの一つとして書いたものですので、どうか暖かい目で見てくださいませ。


 どうぞよろしくお願いいたします。





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