目覚め

「うわっ!」

 ボールが頭に直撃すると慌てたが思っていた衝撃はなく、代わりにベッドから自分が落ちていたことに何が起きているかわからなくなる伊織。

 慌てて周りを見渡してみると、子供の頃から住んでいた実家であることに気付いた。

 現在伊織が住んでいるのは、所属している球団の選手寮である。


 なぜ実家にいるのか?

 そもそも試合中だっただろ?


 混乱する頭で必死に考えていると、自室のドアの外から声が聞こえた。



「伊織、大きな音がしたけど大丈夫か? 今日は入学式なんだから早く起きろよ」

「う、うん。わかった。起きるよ」


 ますます混乱した。

 えっ、なんで父さんが起こしに来るんだ? 

 いまだかつて父さんが俺を起こしに来ることなんてなかった。

 しかも入学式? なんの入学式だよ。



「夢? にしては痛みもあるし質感もリアルすぎるし……。でも父さんが起こしに来たのも謎だし……。とりあえずこういう場合は目をつむって深呼吸だ」



 スーハースーハー



 深呼吸をして目を開けても当然何も変わっていない。

 だが少しだけ落ち着いたぞ。

 そして俺は何の気無しに自分の手を見て驚いた。


 野球選手の手の皮は厚い。

 何故ならバットを振ることによって手の皮が少しずつ厚く固くなってくるからだ。

 プロ野球まで進むような選手は大抵子供の頃からバットを振り続けているので、カチコチになっている掌が普通だ。

 もちろん伊織の手も例外ではなかった。


 しかし今見ている伊織の手は、すべすべでふにょふにょのとても野球をやっているとは思えないような手だった。

 少し落ち着いたと思っていた伊織だったが更に混乱することになる。


 駄目だ。考えてもわからん。とりあえず部屋から出よう。


 自室から出て階段を降りていくと、スーツ姿の母さんに声を掛けられる。

「伊織おはよう。昨日言ったとおり母さんどうしても外せない仕事があるから今日は先に行くわね。」

「う、うん。行ってらっしゃい」


 慌ただしく玄関の扉を開けて外に出ていく姿をみていたが、あまりに混乱状態が続いていて、専業主婦の母親が突然仕事に行くことに質問できなかった。

 もちろんスーツを着ている母親の姿も見慣れていなかった。

 気の抜けた顔でぼさっとしていると、父さんに声を掛けられる。


「ほらご飯出来てるから。冷めないうちに早く食べて用意しろよ」


 父さんが作る朝ごはんってなんだよ……。

 しかも普通に美味い……。

 もうどうでも良くなって食卓につくと、いつもの朝の情報番組が目についた。

 各国のニュースがやっているのを見ているとやはり明らかにおかしい。


 日本の首相。

 アメリカの大統領。

 みんな女だけど……。


 そう思ってみると、いつもの女子アナのポジションに男子アナウンサーがいる気がする。

 おかしいおかしいとは思っていたが、極めつけはスポーツニュースを見たときだ。


 伊織が高校生の間はいつもスポーツニュースが終わってから家を出ていた。

 そうするとちょうどいい時間に学校に着くのでいい時計代わりになっていた。


 そして伊織の目に飛び込んできたのは、男性アナウンサーにインタビューされる、女性のプロ野球選手だった。

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