女子中学校で恋をした

 女子中学に入学した私は、またも退屈な日々をおくっていた。

 それなりに友達はできたものの、瞳ちゃんがいない日々に耐えることができなかった。部活は演劇部に入ったけれど、先輩が怖くて、腹筋運動が嫌で入ってすぐに辞めた。

 その代わり、漫画やアニメの世界にずぶずぶとはまっていって、いつしか二次元の世界を好むようになっていた。アニメ研究部、通称アニ研に入部して、毎日授業が終わると部室に入り浸っては常に置いてある漫画やたまにキャラクターの絵を真似して描いてはおもしろおかしく過ごしていた。

 アニ研では、私と同じように年の離れたお兄ちゃんがいるというさっちゃんと意気投合して、常に一緒に少年漫画を読んではここがかっこいい、このシーンが素敵と語り合っていた。さっちゃんは幼稚園からずっと卓球をやっていて、卓球部も掛け持ちしていた。たまに他のアニ研の子と卓球の練習試合を見に行っては、運動ができるさっちゃんはすごいなと感心していた。


 中学二年になったある日、さっちゃんが入部希望の子を連れてきた。

 ぐいぐいと力強いさっちゃんに手を引かれてやってきたのは、長い髪を真ん中分けにして、小さな丸い鼻に小さな口、やけにおどおどとした暗そうな女の子だった。それが、その子の第一印象だった。

 名前は永崎華ちゃん。名前負けしてるじゃん、失礼だけれどそう思ってしまうくらい彼女は人見知りで、常にさっちゃんに手を引かれては渋々とアニ研に来ていた。

「あ、あの…。」

「わ、びっくりした。」

「ご、ごめんなさい。その、その漫画、おもしろいよね。」

 どこのアニメだ、といわんばかりに常にどもっておどおどと下を向いている彼女の存在が、はじめは鬱陶しくてしかたがなかった。

 これまで仲が良かったさっちゃんも、いつしか卓球に専念したいからとアニ研を辞めて、代わりに私がいつも華ちゃんの手を引いてアニ研に行くようになっていた。

「華ちゃん、いくよ。」

 クラスでも、同じようにおどおどしている華ちゃんに友達は一人しかいなかった。私は一度も挨拶をしたことはなかったけれど、席が前後で軽音部に入っている冴子ちゃんという子らしかった。冴子ちゃんは授業が終わるとすぐに部活に飛び出すそうで、華ちゃんは私が迎えに行くまで一人で静かに国語の教科書を読んでいることが多かった。国語の教科書に出てくる文学作品が、お気に入りらしい。

「ごめんね、ちょっとまってて…。」

 そう言ってもたもたと教科書を戻して部活に行く準備を整えるのにも時間がかかるため、私はいつもいらいらしていた。なぜ毎回声を掛けるまでに準備をしておかないのか、と真面目に言ってあげようかあげまいかと考えているうちにいつも準備が整って、部室へと足を進める。

 華ちゃんはいつも私の一方後ろに、隠れるようにして歩いていた。

 たまに意地悪してぶつかってやろう、と思ったこともあったけど華ちゃんも同じタイミングでぴたりと止まって、どうしたの?と話しかける。なんでもない、と言って私はまた歩き出す。そんな華ちゃんが嫌いで嫌いで仕方がなかった。

「貞子ってよばれてたの…。」

 前に一回、あだ名について聞いてみたらそんな答えが返ってきた。私はなんて返事をしたらいいかわからず、「めちゃ髪が長いもんね、羨ましい。」と足りない頭をひねって答えたことがある。たしかに、普段の彼女はホラー映画に出てくる髪の長い女の幽霊のようだった。同じ部活だったらぜったい声はかけないな、と思うくらい彼女は自分に自信がなくて、いつも人の顔色を窺っていた。それがまた、かつての甘えてばかりいた幼いころ自分を見ているようで、ますます彼女が許せなかった。

「真由ちゃんは?」

「うーん、そのまま真由ちゃんか、まっぴとか、ながちゃんとか?」

「普通だね。」

「うん、普通がいちばんだと思う。」

 華ちゃんには年の離れた妹がいて、いつも学校から帰ると子守を任されるのが嫌だったそうでどうにか帰る時間を遅らせようと無理やり部活に入ったそうだった。仲良くなってしばらくして、その話を聞かされた時、私はもっと華ちゃんに優しくしようと思った。

「真由ちゃん、このまえのメガプリみた?」

「みた、櫻木様と蒼木君めちゃかっこよかったよねー。」

「私、櫻木様とけっこんしたい…。」

「うんうん、わかる!」

 しかし、いつしか華ちゃんとはアニメを通じて語り合える仲になっていった。そして人見知りな彼女が部員の皆と打ち解けて、周りに控えめな笑みを見せる頃には、私の嫉妬心がむくむくとその存在を膨らませていた。


 何がきっかけだったかはわからない、けれども私はある日突然、自分が華ちゃんに恋をしていることに気付いてしまったのだ。

「ねえねえ華ちゃん、これ食べてみて?おいしくない?」

「う、うん、おいしいね。」

「え、私には?」

「真由はだめー、華ちゃんだけ特別なの。」

「なんでよー。」

「華ちゃん可愛いもんねー。私が男だったらまじで彼女にしたいくらい!」

「あ、あの、そんなことないよ。」

「ほら、そこが可愛いんじゃん!リスみたい!よしよしー」

 ここは女子校で、これまで周りにはそういった子がいなかったからなのかもしれないけれど、その子が華ちゃんの頭を撫でる姿がなぜだか見たくなくて私は漫画に目を落とした。

 噂には、そういう、いわゆるレズの子がいたり、女同士で付き合ってる子がいたりするって聞くけれど、実際には見たことがなかった。多少、クラスにはスキンシップが激しい子がいたり、冗談で手を繋いだりノリでキスするような素振りを見せるような子はいたけれど、この子のようにストレートに表現する子はいなかった。

「華ちゃんだいすきー。」

 私は華ちゃんが困った顔をしながらも、嫌がる素振りを見せなかったことに勝手に腹を立てて、その日の夜、やっと自分は華ちゃんに恋をしていることに気が付いた。

 前までは正直嫌いで嫌いで仕方がなかったのに、気付けばその存在を探しているし、目で追っている。他の事と話していても、いつもクラスでどうしているかな、とか大丈夫かなとか華ちゃんのことばかり考えてしまう。

 一緒に遊ぶ約束をしても、妹のお世話もあってか三回に一回は断られてしまう。遊んでも、華ちゃんと休みの日に私服で一緒にいることが嬉しくて、いつも何をしたのか何を話したのか忘れてしまうくらい私の恋の病は重傷だった。


 華ちゃんは、兄がいるがさつな私とは違って、常に絵に描いたような乙女だった。私服はピンクか白の色が多くて、ふりふりのレースがついていたり、リボンがついている。鞄にも小さなクマのぬいぐるみがついていて、お父さんに買ってもらったものなの、と恥ずかしそうに教えてくれた。なにかプレゼントをもらった時でも、きちんと可愛らしいラッピングがされていて私はいつもそこに使われていた色とりどりのリボンを大切にいらなくなったクッキーの缶の中にしまっていた。

 華ちゃんはいつもその長い髪から、瞳ちゃんとはまた違った甘い匂いをさせていて、一緒にカラオケに行ったときはものすごく音痴で、それがまた可愛かった。

 彼女が何をしても可愛く見えてしまうくらい、私には華ちゃんしか見えなくなっていった。

「真由ちゃん、もう卒業だね。」

「あっという間だね。」

「高校は一回くらい同じクラスになれるといいね。」

「そうだねー。高校でもアニ研続けるよね?」

「もちろんだよ、逆にアニ研しか入れないかも…。」

「よかったよかった、じゃあ高校でもいっぱい語ろうね。」

「うん、たのしみ。」

 結局中学を卒業するまで同じクラスになることはなかったけど、部活がない日も彼女のクラスの教室に入り浸って、たまに一緒に校門を出るまで一緒に帰ったことも何回かあった。


 中高大一貫校だったその女子校は、この私の長い片思いをこじらせるにはうってつけの場所だった。


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