惚れっぽい幼少期

 朝、起床してほかほかのご飯と納豆を食べて足早に駅に向けて歩き出す。今日一日のスケジュールを夢の中で考えながら四十分電車に揺られて、職場に出勤する。すると開店早々なにやら慌てたように男性が入店する。

「すみません、プレゼントを探してまして、人気のものってありますか?」

 通勤途中なのだろうか、首からタグをぶら下げた男性が目を泳がせながら私に問いかけてくる。すぐさま適当なストールの棚に案内し、プレゼントを受け取るであろう女性の情報を聞き出す。

「仕事ばかりしているような人でして…。」

 そして落ち着いた色合いのストールを勧めて、僅か数秒で男性は紺色のものをレジに持ってきた。

「ありがとうございます、助かりました。今日記念日で、さっきまで忘れてたんですよ。」

「そうだったんですね、きっと喜ばれると思いますよ。ありがとうございました。」

 記念日だなんて羨ましい、そう思いながらも私は去り際に目にしたタグに書かれた見覚えのある名前を頭の中で検索していた。あいにく今日は暇な日で、私の検索機能が答えを出す頃にはすっかり夕方になってしまっていた。

「まさくんだ。」

 そう一人呟いた私は、すかさずスマホを手にした。杉田正則、SNSはやっていないようだった。しかしあの困ったような顔は幼いころからなにも変わってはいなかった。


 まさくんは、私と幼稚園と小学校が一緒だった。幼少期、私は惚れっぽい性格だった。デブゴンでありながらも、乙女心は一人前にあって、いつも絵本を手にしてはおとぎ話に出てくるような白馬の王子様を夢に見ていた。幼い頃は優しくて、かっこよくて、面白い子がだいすきだった。


 家では、甘やかしてくれるお兄ちゃんとお父さんが大好きだった。しかし、家族とは結婚できないことがわかると私はひどく落ち込んだ。その代わりを探すかのように、幼稚園に通っていた頃、私には好きな人がいっぱいできた。

 引っ越しちゃったともやくんに手紙も書いたし、家が近所だったたっくんにはチューまでしたような気がする、お調子者のみっくんも好きだったし、すぐ泣くあっくんも可愛くて好きだった。背が高いよしきくんも好きだったし、しゅっとした顔のたつやくんも好きだった。

 まさくんは、誰よりも背が小さくて、幼稚園にいた頃はいつも周りの子にからかわれていた。けれど小学校に上がってからは、身長も年々伸びて、勉強ができる頭のいい子になっていた。私のことを、幼稚園の時はまゆちゃんって呼んでいたのに、小学生になると永倉さん、って気難しそうに呼んでいた。そしていつも私や他の女子が「名前で呼んでよー、」といじけると、困ったような顔をして笑っていた。そんな姿がまたかわいくて、好きだった。

 そんなまさくんが、大人になって、声も低くなって、あまつさえ彼女がいて彼女のためにさっきまでプレゼントを探していた。私は勝手に一人ショックを受けていた。


 それに比べて私はどうだろう、プレゼントをあげるのはいつも女友達か家族しかいない。デブゴンではなくなったけれど、中身はなんにも変わっていない。夢に夢見る幼稚園児のままだ。どうにかしないと。漠然とした不安に襲われながらも、遅晩出勤してきたアルバイトの吉村さんに引き継ぎを行う。

 吉村さんは店の近くにある大学に通う学生さんで、ぱっつん前髪に長い髪を毎回きっちり巻いてくるお洒落な今時の子だ。私よりもずいぶん大人びた考えを持っていて、私が吉村さんと同じ大学に通っていたら絶対話をすることもなかったであろう、とても存在感のある子だ。

 今朝起きた出来事を彼女に話すと、彼女は呆れたような顔をしてこう言い放った。

「忘れるくらいの記念日なら、作らなきゃいいじゃないですか。」

「ごもっともです。」

 吉村さんには年上の彼氏がいて、ただ、その彼氏がフリーターなためにここでアルバイトをはじめてもう三年になる。今は就職活動の真っ最中だそうで、最近髪の毛の色が落ち着いた黒色に変わった。けれども中身はいつもの吉村さんのままだ。

「急に買った趣味の合わないストールを渡されるよりかは、一緒にご飯にいったり一緒に過ごしたほうが私は嬉しいですよ。」

「へえー、そうなんだ。」

「だいたい、記念日ってよっぽどメモしてないとすぐに忘れません?誕生日ぐらいでよくないですか?」

 そして最近何かあったのか、珍しくお喋りになった彼女の記念日論に相槌をうちながら私は今日帰ってからなんの動画を見ようかと考えていた。

「そうだ、永倉さんアプリやってます?」

「え?」

「最近みんなマッチングアプリで彼氏とか探してるんですよ、永倉さん出会いがないっていつも行ってるじゃないですか。出会いを探してみたらどうですか?」

 私の従妹もこれで結婚したんですよ、さらっと聞き捨てならない情報も言いながら、彼女のスマホが差し出された。そこには最近よく電車の吊り広告で目にする大手企業のマッチングアプリの画面があった。あらゆる年齢の男性の顔写真がずらりと並んでいる。

「へえー、いろんな人がいるんだね。」

「男性は会費制なんですけど、女性は無料なことが多いんですよ。よかったらどうですか?」


 退勤して、私は早速電車の中でアプリをインストールしてみた。軽い個人情報を入力して、写真を送れば会員になれてしまう。そしてそこには出会いがないという、同じような目的を持った男性陣の顔写真がずらりと、ネットショッピングかなにかのように並んでいた。レビューの代わりにハートマークの数が、その人が何人から行為を持たれているのかということを知らせてくれる。


 ぴこん、とさっそく私にもハートマークが一つ出現する。相手を確認すると、五十代のおじさまだった。私はすぐさま他のアプリを起動して、今日の動画はどれにしようかと頭を働かせた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る