事の終着

 玲音の言葉に今この場にいる全員が目を見開いた。

 何気ない空気によって、今伏山の立ち位置が変わったことに驚いたのだ。

 そして俺も同様で、みんなと同じように驚いて玲音を見る。


「陽キャとか陰キャとかそんな大事なのかな?」


 玲音の再びの問いかけに伏山はまた黙る。

 答えられないのだ。

 しかし、その時嘲笑うかのごとく富川が言った。


「黙れよ。淫乱女」


 突然強く出てきた富川に玲音が強張る。

 すると富川はなおも笑いながら周りに向けて言った。


「こいつら、気持ち悪いんだよ。放課後に屋上で二人、こそこそやってんだぜ? 不純異性交遊は校則に違反ですよー?」

「やめろよ」

「どうせヤってんだろ? このくそビッチが。

 学校では猫被りやがって気持ち悪いんだよ」

「やめろって!」


 俺が止めようと前に躍り出ると、富川は気に食わなそうに舌打ちをした。


「なんだよ。また殴られたいのかよ」


 関節を鳴らしながらどんどんと詰め寄ってくる。

 ヤバい。

 万事休すだ。


 せっかく玲音の言葉で風向きが変わり始めたのに、玲音の日頃の行いが仇となった。

 伏山も黙っているだけだし、柚芽に関しては何故か驚いたように何か一点を見ている。

 他の連中もそうだ。

 何故か全員一点を見つめている。


「……え?」


 みんなが見つめている先にいたのは玲音だった。

 それも悔しそうに唇を噛んでいる玲音ではなく、余裕の笑みを浮かべて富川を見つめる玲音だった。


「何笑ってんだよ?」

「いや、呑気なお馬鹿さんだなと思って」

「はぁ?」


 富川が俺への歩みを止め、玲音を睨みつける。

 その時だった。


「亜美ちゃーん! いいよっ」


 玲音の掛け声によって、人混みの中から一人の真面目そうな女子が出てきた。

 制服をピシッと着こなし、スカート丈なんて膝まであるような優等生。

 そんな彼女を俺たちは、知らなかった。


「「誰?」」


 俺や富川を含むその場にいる全員が一斉に声を漏らす。

 すると、亜美と呼ばれた女子は富川に向かって言った。


「お前は自分の彼女の顔すらわかんないほど馬鹿なの?」

「はぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げる富川。

 そして俺も目を見開いた。


 あれが、富川の、彼女……?


 だって違うじゃないか。

 俺が知っているあいつの彼女はあんな子じゃない。

 髪を染めて、制服は着崩し、スカート丈なんて、もうパンツ見えるんじゃないかって感じだった。

 それがどうした。

 なんだこの清楚系優等生は。

 これがあの頭の悪そうな女と同一人物だと……?


「富川ごめん。あたしも陰キャとか陽キャとかいらないと思うわ」

「な、何言ってんだよ? お前、あんなにいつもあんなだったのに」


 頭が回っていないのか、いつにも増して何を言っているかわからない富川。

 そんな彼に対し、彼女は冷酷に告げる。


「あたし別にあんたの事好きだったんじゃないよ」

「え?」

「急に好きだって言われて、さも断ったらいじめられそうな雰囲気醸し出してたから、しょうがなく付き合ってただけ」

「……は?」

「だってお前に何の魅力があるの? 顔は猿みたいだし」


 凄まじく暴言を浴びせ続けられ、顔を赤くする富川はまさに猿そのものだった。


「「フッ」」


「誰だ今笑った奴!?」


 全員が失笑漏らす。

 するとそんなものはお構いなしに富川の彼女は話を続けた。


「あたし大学行きたいからさ。勉強したいんだけど。だからさ、もう関わるのやめてくれる?」


 冷たい氷の刃を突き刺された富川が呆然として立ち尽くす。


「あとさっき玲音達のこと不純だとか言ってたけど、あんたの性欲の方が不純だよ?

 こいつね、毎日家に誘ってくるからね」


 とどめの一言を刺され、一周回って顔が真っ青になる富川。

 そして、飛んだ恥を晒した富川に玲音は言った。


「これで気は済んだかな?」

「うるせえよ!」


 叫び声を上げながら富川は教室を飛び出していく。

 そんな様子に俺は呆気にとられていると、玲音は優しい声で伏山に向かって言った。


「これでもわかんないかな?」

「……」

「もう私たち高校二年生だよ? 陽キャとか、陰キャとかさ、そんなので自分の感情押し殺して馬鹿みたいにじゃない?

 本当は依織くんのことまだ友達だと思ってるでしょ? そんな簡単に人の心なんて変わんないよ。

 また三人で遊べる日が来たらって思わない?」


 諭すような言葉に伏山は節目がちに呟く。


「でも、今更だろ。俺こいつにいろんなことしたし」

「まぁそうだね」

「「え?」」


 流れ的にそんな事ないと慰めるのかと思いきや、予想を裏切る青波玲音。

 そんな彼女は笑った。


「まぁ君が依織くんにしたみたいにさ、依織くんだって君を傷つけたこともあるでしょ」

「まぁ……」

「じゃあ別にいいじゃん。自分のこと散々傷つけてきた奴に何で気を遣わなきゃいけないの?」


 かなりぶっ飛んだ論理だが、確かにそれもそうだ。

 昔、俺はこいつと柚芽を傷つけた。

 何も言わずに町から去るということは、二人の心に大きな傷をつけただろう。

 例え、それ以外に方法がなかったとしても、紛れもなく彼らを傷つけたことに変わりはない。


「じゃあ仲直り! はい二人ともLINEの交換!」

「「いやそこは握手とかじゃないのか」」


 伏山とツッコミがハモった事に驚く。

 そして笑った。


「今までごめん。またよろしく」

「あぁ」


 極めて現代チックな仲直り。

 でもこれでいい。

 俺は何事もないように人混みに帰ろうとする玲音に言った。


「玲音。ありがとう」


 パァッと花が咲いたように笑う玲音。

 スマホを片手に笑う俺たちを見ながら嬉しそうにピースサイン。


「どういたしまして」


 俺は、最高の彼女を持ったらしい。

 今ここにきて、ようやくその事実をかみしめた。

 俺は玲音が好きなのだ。

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